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転生少女と聖魔剣の物語  作者: じゅんとく
第九章 魔界の門
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探索


 ロムテスとレトラ率いる騎士団は、北西の山岳地帯へ向けて進軍していた。

 王都を離れるにつれ、道は次第に険しさを増していく。切り立った岩肌、細く曲がる山道、足元に転がる砕けた石。冷たい風が谷間を抜けるたび、馬たちが落ち着かなげに鼻を鳴らした。

「これほど魔力が濃いとは……」

 先頭近くを進んでいたレトラが、小さく呟く。

 ロムテスもまた、前方を見据えたまま無言で頷いた。

 遠くに見える稜線の向こうから、空気そのものが重く淀んでいる。門が現れたという方角からは、目には見えぬ圧迫感が絶えず流れ込んできていた。

 やがて一行は、砦の見張りが報告していた山腹の街道へ差しかかる。

 そこで彼らは足を止めた。

「……いたぞ」

 前衛の騎士のひとりが、声を強張らせる。

 岩陰。崖の裂け目。枯れた針葉樹の根元。

 そこかしこに、黒い影が蠢いていた。

 魔物だった。

 狼に似た四足獣。節くれだった腕を持つ猿のような異形。地を這うように進む、甲殻に覆われた虫型の群れ。

 どれも山岳地帯では見たことのない種ばかりで、赤黒い靄をまといながら、低い唸り声を漏らしている。

「数が多すぎます……!」

 若い騎士が叫ぶ。

「怯むな! 陣形を崩すな!」

 ロムテスの声が飛んだ。

「前衛は盾を合わせろ! 後衛、前に出過ぎるな! 門までの道をこじ開けるぞ!」

 その号令と同時に、魔物たちが一斉に動いた。

 ガァッ――!

 獣じみた咆哮が山道に反響する。黒い影の群れが、雪崩のように騎士団へ襲いかかった。

「来ます!」

「迎え撃て!」

 剣と牙がぶつかる。槍が突き出され、盾が軋む。

 細い山道では数を活かしきれないはずの騎士団だったが、それ以上に相手の勢いが異常だった。

 一体を斬り伏せても、すぐ次が飛びかかってくる。倒れた死骸を踏み越え、別の魔物が爪を振るう。

 まるで門の周囲に集まっていたものが、まとめてこの山道へ押し寄せてきたかのようだった。

「くっ……!」

 レトラが短剣で獣型の喉元を裂き、そのまま体を捻って後方の虫型を蹴り飛ばす。

 だが次の瞬間、横手の岩陰から別の魔物が飛び出し、彼へ爪を振り下ろした。

 キィンッ!

 間一髪で、近くの騎士が盾を差し入れる。鋭い音が響き、火花が散った。

「レトラ隊長、ご無事ですか!」

「助かった! だが油断するな!」

 ロムテスもまた、前線で剣を振るっていた。

 重い一撃で猿型の魔物の肩口を断ち、その返す刃で後ろから迫った獣を薙ぐ。だが、斬っても斬っても道が開けない。

 視界の先、山の上方には赤黒い靄が揺れている。

 おそらく門は、もう近い。それなのに、その手前でこれほどの数に足止めされていた。

「団長! 右側が押されています!」

「二列目を回せ! 負傷者を下げろ!」

 返事をする間にも、騎士のひとりが悲鳴を上げた。

 足元から這い上がってきた虫型の魔物が、鎧の隙間に脚を差し込もうとしている。

「う、うわあぁっ!」

 騎士は剣で振り払おうとするが遅い。さらにその背後から、狼型の魔物が大きく跳びかかってきた。

「危ない!」

 レトラが叫ぶ。

 間に合わない。

 そう見えた次の瞬間だった。

 ――ザンッ!

 鋭い斬撃音が、山道に走った。

 跳びかかってきた狼型の魔物が、空中で真っ二つに裂ける。鮮血が岩場へ散り、重い死骸が地に叩きつけられた。

「な……!」

 襲われかけていた騎士が、その場にへたり込む。

 さらにもう一閃。

 横合いから迫っていた猿型の魔物の首が宙を舞い、遅れて胴体が崩れ落ちた。

「誰だ!」

 ロムテスが鋭く叫ぶ。

 その声に応えるように、岩場の上からひとつの影が軽やかに飛び降りた。

 砂利を踏みしめて着地した男は、剣についた黒い血を軽く払う。

 どこか力の抜けた立ち姿。

 だが、今の二撃だけで分かる。ただ者ではない。

 レトラが、はっと目を見開いた。

「……まさか」

 見覚えがあった。

 元光花にいた頃、一度だけ顔を合わせたことがある。それに、アルファリオからも何度か聞いていた。

 妙に掴みどころのない男。

 普段は怠け癖があって、ふらふらしている。だが、いざという時だけは妙に頼りになる。

 まさに、そのままの姿だった。

 男は片手をひらりと上げる。

「よう、お久しぶり」

 陽気な声だった。

 張りつめた戦場に似つかわしくないほど気安い。

「セフィー……!」

 レトラが思わず声を上げる。

 その名を聞いた瞬間、ロムテスの眉がぴくりと動いた。

 もちろん、彼も覚えている。忘れるはずがなかった。

 魔の森で、この男が連れてきた異国の剣士――アスファード。

 底の見えない実力と、あの場の空気さえ塗り替えるような存在感。思い返すだけで、胸の奥に小さな苦味が残る。

「……お前か」

 ロムテスは低く言った。

 セフィーは肩をすくめる。

「おう。そんな嫌そうな顔すんなよ」

 軽い調子のまま、足元へ這い寄ってきた虫型の魔物を踏みつけ、刃を突き立てた。

「助けに入った相手にする顔じゃないだろ」

「助かったのは事実だ」

 ロムテスは剣を構え直す。

「だが、お前がいると碌なことが起きない印象もある」

 レトラが思わずそちらを見る。

 あのロムテスにしては、ずいぶん棘のある言い方だった。

 セフィーは一瞬だけきょとんとしたあと、すぐに苦笑した。

「あー……もしかして、アスファードの件、まだ引きずってるのか?」

「引きずるなと言う方が無理だ」

 ロムテスは即答した。

「お前が連れてきた助っ人は、あまりにも規格外だった」

 セフィーは「そりゃ悪かった」と言いながら、まるで悪びれた様子もない。

 その間にも、横手から飛びかかってきた獣型の魔物を振り向きざまに斬り捨てる。

 レトラは短く息を吐いた。

 やはりこの男は変わっていない。

 気の抜けた顔をしているくせに、剣だけは妙に冴えている。怠け者だの、胡散臭いだの、アルファリオが半ば呆れながら語っていた理由がよく分かる。

「相変わらずですね」

 レトラが言う。

「ん?」

「普段は締まりがないのに、こういう時だけは本当にやれる人です」

 セフィーはにやりと笑った。

「褒めてんのか、それ」

「半分だけです」

 そのやり取りの最中にも、前方の靄の中から新たな魔物の群れが姿を現す。

 空気が再び張りつめた。

 セフィーは剣を肩に担ぎ、山の上方を顎で示した。

「門の近くはもっとひどいぞ。こいつらは外に溢れてる連中だ」

 少しだけ声の調子が変わる。

「上には、まだ本隊がいる」

 ロムテスの目が鋭くなる。

「見たのか」

「ああ。近づけるところまではな」

 セフィーは答える。

「一人で突っ切るには面倒な数だった。だから、下まで降りてきた」

 ロムテスは短く頷いた。

 私情を挟んでいる場合ではない。目の前にいるのは、少なくともこの状況で剣を預けられる男だ。

「セフィー」

「なんだ?」

「案内しろ。門まで最短で行ける道を」

「任せろ」

 即答だった。

 その軽さが、かえって頼もしく見える。

 ロムテスは周囲を見回し、声を張る。

「全員聞け! 前衛を立て直す! この男が先導する。突破口を開き、門へ向かうぞ!」

「おおっ!」

 騎士たちの声が重なる。

 沈みかけていた空気が、わずかに持ち直した。

 セフィーの先導のもと、ロムテスたちは山道をさらに上へと進んだ。

 赤黒い靄は濃さを増していたが、先ほどまでのように無数の魔物が押し寄せてくることはなく、代わりに数は少ないものの、ひと目で分かる強敵が行く手を塞いでいた。

 最初に現れたのは、岩肌に溶け込むような灰黒色の巨躯だった。

 全身を石のような皮膚に覆われた魔物は、騎士たちの槍を真正面から受け止め、そのまま拳を振るって前衛を吹き飛ばす。

「下がるな!」

 ロムテスの声が響く。

「足を止めたら押し潰されるぞ! 左右へ散れ、側面を取れ!」

 騎士たちが陣形を変えるより早く、その巨躯が再び腕を振り上げる。

 だが、その横合いから飛び込んだセフィーの刃が、魔物の膝裏を鋭く裂いた。

 わずかに体勢が崩れる。

 その隙を逃さず、レトラが低く踏み込み、脇腹の継ぎ目へ剣を突き立てた。

「硬えな……!」

 レトラが歯を食いしばる。

「でも、通らないわけじゃない!」

 セフィーが叫ぶ。

 次の瞬間、ロムテスの重い斬撃が真正面から叩き込まれた。

 鈍い音とともに巨体に深い亀裂が走り、魔物は崩れるように膝をつく。

 さらに門の手前では、赤黒い靄をまとった獣型の魔物が数体、岩陰から飛び出してきた。

 通常の個体より一回り大きく、動きも鋭い。

「今度は速いぞ!」

 前衛の騎士が叫ぶ。

 細い山道での乱戦になった。

 騎士たちは傷を負いながらも一歩ずつ進み、ロムテスの指揮のもとで連携を崩さず、セフィーとレトラが前をこじ開けていく。

 やがて最後の一体が岩場へ転がり落ちると、山の上に不意の静けさが戻った。

 荒い呼吸だけが、その場に残る。

「……着いたか」

 ロムテスが前を見上げる。

 その先に、それはあった。

 山肌を切り裂くようにして立つ、歪な巨大門。

 離れた砦から見えた時以上に異様だったが、近づいてみると、なお奇妙なことに気づく。

「何だ……?」

 レトラが眉をひそめる。

 門の中心部――本来なら通路があるはずの場所は、黒でも闇でもなく、まるで巨大な壁のようなもので塞がれていた。

 岩とも金属ともつかぬ鈍い質感で、わずかな継ぎ目も見当たらない。

「閉じてる……のか?」

 騎士のひとりが呟く。

 ロムテスは答えず、門の前まで歩み寄った。

 剣の柄に手をかけたまま、その異様な表面を睨みつける。

 セフィーもまた軽口を叩かず、門全体を見上げていた。

 普段の気安さが薄れ、その横顔には珍しく警戒が浮かんでいる。

「さっきまで、下にいた連中はこれを守ってたってことか……」

 レトラが低く言う。

「守っていたのか、待っていたのか……」

 ロムテスはそう返し、門の左右へ視線を巡らせた。

 だが、周辺に祭壇も陣もない。あるのは岩肌と、赤黒い靄の名残だけだった。

 しばらく探索したあと、騎士のひとりが携行していた地図を広げる。

 風に煽られる紙を押さえながら、現在地を確認していたその手が、ふと止まった。

「……団長」

 声が少し強張っていた。

「どうした」

 ロムテスが振り向く。

 騎士は地図の一点を指で押さえた。

「ここが、今いる山岳部です。そして、このまま南東へ下れば――」

 指が地図の上をなぞる。

「辺境の砦を越えて、そこから先は……」

 彼の喉が鳴った。

 レトラも隣から覗き込み、息を止める。

「一直線、か……」

 彼が低く呟く。

 山岳部。辺境の砦。その先には、エルテンシア城。

 余計な地形の遮りがほとんどない。この門が本当に何かを通すためのものなら、その進路はあまりにも分かりやすかった。

 ロムテスの顔つきが険しくなる。

 これはただ山奥に現れた不気味な建造物ではない。進む先が、最初から定められているかのようだった。

「砦へ急報を出せ」

 ロムテスが即座に命じる。

「防備を増やし、山から城へ続く街道の監視を強化する。門の前に陣を敷き、交代で見張れ」

「はっ!」

 騎士たちが一斉に応じる。

 セフィーは地図を覗き込みながら、小さく息を吐いた。

「嫌な位置にあるな。偶然にしちゃ、出来すぎてる」

 ロムテスは門を振り返る。

 閉ざされた壁のような中心部は、何も語らないまま山の上にそびえていた。

 今は沈黙している。

 だが、その沈黙こそが不気味だった。

 風が吹き抜け、門の周囲に残る赤黒い靄がわずかに揺れる。

 誰もが無言のまま、その異形を見上げていた。

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