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転生少女と聖魔剣の物語  作者: じゅんとく
第九章 魔界の門
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病室の女史


 不気味な門の出現に、国境の砦だけではなく、純白城もまた目に見えてざわめき始めていた。

 ノディムという男は、あまりにも容易く大広間へ現れた。

 これまで魔族が城へ侵入した例はない。城を覆う結界は、王国が誇る最上位の防護術式であり、魔族どころか高位の闇術師でさえ、正面から破ることは不可能とされていた。

 そのため、城付きの術者たちはすぐさま結界の点検を行った。

 大広間、祭壇、外壁、通路、城門――術式の流れをひとつずつ確かめていったが、結果は誰にとっても意外なものだった。

「結界に乱れはありません」

 年嵩の術者が告げる。

「損傷も、侵食の痕跡も見当たりません。術式は正常です」

 別の術者も続けた。

 その報告に、高官たちはざわめいた。

 ジャルサもまた、険しい顔のまま黙り込む。

「……ならば、なぜ魔族がこの城に立った」

 誰かが低く漏らした。

 だが、術者たちは首を横に振るばかりだった。

「結界は完璧です。魔族どころか、闇の魔術師でさえ、簡単には打ち破れません」

 答えになっていない。

 だが、それ以上の答えを持つ者はこの場にいなかった。

 結界は破られていない。

 それでも、敵は現れた。

 その事実だけが、白い城の奥に冷たい棘のように残り続けた。

 それから数日後。

 騎士団長へ昇格したロムテスは、遠征に出る前に王立病院へ立ち寄っていた。

 供をしているのは、レトラと数名の騎士たち。

 彼らを廊下に待たせたまま、ロムテスはひとつの病室の扉を開く。

 窓辺の寝台には、ラーネがいた。

 ルミティの襲撃があった翌朝、過去の記憶を取り戻した直後に倒れ、そのまま病院で静養していた女である。

 ラーネはロムテスの姿を見ると、少しだけ目を細めた。

「久しぶりね、ロムティ」

 その呼び方に、ロムテスの視線がわずかに揺れる。

 だが、彼はすぐに平静を取り戻した。

「体調はどうだい」

「ええ、何とかね」

 短い応答のあと、ロムテスは寝台のそばまで歩み寄る。

 今度は微笑みを消していた。

「魔族の村が崩壊した」

 真っ直ぐに告げる。

 ラーネの表情が固まる。

「……そう」

「だが、騒動は終わっていない。アスレイウ様、リーミアちゃん含む騎士団等が全員行方不明だ」

「そんな……!」

 思わず漏れた声は、作ったものには聞こえなかった。

 だがロムテスは、その反応すら静かに受け止める。

「それ以上に、僕には引っかかることがある」

「引っかかること……?」

「あの日、光花の宿舎に立ち寄った時だ。ひとりの少女が、僕を“ロムティ”と呼んだ」

 彼はラーネを見つめる。

「その呼び方をする相手を、僕は多く知らない」

 ラーネは黙った。

 視線が、わずかに伏せられる。

「君だったんだろう」

 ロムテスは続けた。

「君はルミティという少女の姿で光花に入り込んでいた。そして、城にいたラーネは本当の君じゃない。ルミティが成り代わっていた――そう考えれば辻褄が合う」

 病室の空気が重く沈んだ。

「魔の森消滅のあと、皆が凱旋してきた時もそうだ。あのアスファードが広場で聖魔剣の所有者に反応したのも、場に“何か別のもの”が混じっていたと考えれば納得できる」

 長い沈黙ののち、ラーネは小さく息を吐いた。

「……鋭いのね」

「否定はしないんだな」

 ラーネは苦く笑う。

 そして、観念したように目を閉じた。

「ええ。あなたの推測は、外れていないわ」

 ロムテスは何も言わない。

 ただ、その続きを待った。

「私は一時期、ルミティの姿で光花の近くにいた。逆に、城にいた“ラーネ”はルミティだった」

 ラーネは静かに認める。

「全部を今ここで話すつもりはないけれど……少なくとも、あなたの考えは間違っていない」

 廊下の向こうで、騎士の靴音が小さく響いた。

 だが病室の中は、妙に静かだった。

「なぜそんなことをした」

「それは、今のあなたに話しても混乱させるだけよ」

 ラーネは目を伏せる。

「それに……あなたはもう、ここで立ち止まっている場合じゃないのでしょう?」

 その言葉に、ロムテスは眉を寄せた。

「何が言いたい」

「門よ。私も噂を聞いたわ」

 ラーネは窓の外へ目を向ける。

 その声は弱いが、はっきりしていた。

「山岳部に現れたという、あの不気味な門。あなたはそのために来たのでしょう?」

「……ああ」

「なら、急いだ方がいい」

 ラーネは言う。

「城の中にも気になることはある。でも、今すぐ国を呑み込むのは、そちらじゃない」

 ロムテスの目が細まる。

 ラーネはその視線を受け止めながら、さらに続けた。

「結界のことも、ルミティのことも、いずれ暴かれる時が来るわ。けれど今は違う。優先すべきは、外から迫ってきているものよ」

 ロムテスはしばらく無言だった。

 やがて、小さく息を吐く。

「……君は、何か知っているな」

「知らないわけじゃない」

 ラーネはかすかに笑った。

「でも、それを追うのは今じゃない。あなたも、本当は分かっているはずよ」

 図星だった。

 ロムテス自身、胸の奥ではすでに答えを出していた。

 城には確かに歪みがある。

 ルミティとラーネの入れ替わりも、結界を巡る違和感も、放っておいていい話ではない。

 だが今この瞬間、国境の向こうには、目に見える脅威が姿を現している。

 迷っている時間はなかった。

 ロムテスは踵を返す。

「レトラ」

 扉の外へ声をかける。

「はっ!」

 すぐに返事が返る。

「出るぞ。病院を離れ次第、辺境の門へ向かう。先行隊との合流を急げ」

「了解しました!」

 廊下が一気に慌ただしくなる。

 ロムテスは扉の前で一度だけ足を止め、振り返った。

「ラーネ」

「なに?」

「君のことは、戻ったら改めて聞く」

 ラーネは寝台の上で静かに頷いた。

「ええ。それでいいわ」

 ロムテスはそれ以上何も言わず、病室を後にした。

 階下へ向かう足音は速い。

 白い廊下を抜け、兵たちを従え、彼はそのまま城門へ向かう。

 中庭ではすでに馬が引き出されていた。

 空気は張りつめ、兵士たちの顔にも疲労と緊張が濃く浮かんでいる。

「騎士団長! 砦から伝令です!」

 駆け寄ってきた伝令兵が、息を切らしながら叫ぶ。

「申せ」

「山岳地帯に出現した門の周辺で、赤黒い靄がさらに拡大しています! 砦の見張りからは、門の奥で“何かが動いた”と!」

 ロムテスの表情が引き締まった。

「馬を出せ。全隊、出立する」

 低く命じる。

 騎士たちが一斉に動き出す。

 鎧の擦れる音、馬のいななき、革紐を締める音が、早朝の城内に鋭く響いた。

 ロムテスは鞍に手を掛け、最後に一度だけ純白城を振り返る。

 結界の謎。

 ラーネの告白。

 ルミティという存在の違和感。

 胸に引っかかるものは多い。

 だが今は、それらすべてを脇へ押しやるしかなかった。

「……まずは門だ」

 誰に聞かせるでもなく呟き、ロムテスは馬上へ飛び乗る。

 次の瞬間、騎士団長となった男を先頭に、王国の一団は門へ向けて駆け出した。

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