3兄妹、思い出を語る
回想の部分の会話は『』になっています。
しばらく、クリスと言い争っていたディアンだったが、不意ににやりとした。
「そう言えば、親戚の人達に何回か会ったよ」
「げ」
アレン達は、一斉に顔を顰める。
「親戚?」
「ああ、聞いてなかったのか。アレン達のディクス家は、たまに親戚一同で集まるから、大概は顔見知りなんだ。40人以上いるから、結構賑やかで面白いよ」
「それはまた…」
仲が良い一族だ、とクラウスが感心していると、ユリアが口を開いた。
「私達のこと、ばれてた?」
「ばれていたね。何人かは大会を見物していたらしいし」
「うわー…」
「次に会ったら、笑われるだろうねぇ」
「そんなに知られてたのか…」
アレンが額を押さえる。同じように頭を抱えているクリスに、クラウスは先程から疑問に思っていたことを訊ねた。
「"勇者"になったと知られると困るのか?」
「いやだって、うっかり賞金に釣られて、うっかり変な役目を押し付けられたって、絶対笑われますよ!」
「…そうか」
随分変わった一族である。クラウスは反応に困った。
「面白い人達だよね。一族のほとんどが用心棒で、そうではない人も何らかの形でその道に関わっている。しかも、しょっちゅう人助けをしているし」
「お人好しばっかりだからなぁ」
「ケチなようで実はお金に無頓着よね」
「基本的に貧乏だよな、うちの連中」
3兄妹はけらけらと笑った。
ふと、クリスが首をかしげた。
「王族なのに、どうしてあんなところで倒れてたんだ?」
「逃げてきたから」
「は?」
10年ほど前、当時の王太子が王城から姿を消したのは、そろそろ王位をゆずる、と父王に言われたからだった。
以前から王太子という立場を疎んでいて、能力も弟の方が上だと感じていたディアンは、それを機にさっさと逃げ出したのである。
「つまり、厄介事を突然弟に放り投げたってことよね」
話を聞いていたユリアに、身も蓋も無い言い方をされ、ディアンは言葉を詰まらせた。
「悪かったとは思っているよ。後悔はしてないけど」
「まあ、なんだかんだで、うまくやってますからね」
クラウスの言葉に、アレン達はディアンを見る。
「弟はできた性格なのに」
「兄はこんな奴なのね」
「しかも腹壊して倒れる」
「腹が立つから、3人で順番に言うのはやめなさい。あと、クリス、いつまでその話を引っ張るつもりかな?」
ディアンが青筋を浮かべ始めたので、クラウスは慌てて口を挟んだ。
「一体、どうしてそんなことになったのですか?」
「ああ、それはね」
ひとまず怒りを鎮めたディアンは、決まりが悪そうに頭を掻いた。
「父上が追っ手を差し向けてきたから、慌てて国外に逃げたんだけど、食料が尽きてしまったんだ。そこで、目に止まった木の実を口に入れたんだけど」
それが、生では食べることができないクコの実だった。ただでさえ弱っていたディアンは、腹を壊したことによって、その場で倒れていたのである。
「そこを通りかかったのが、俺達だったんですよ」
アレンが口を挟む。ディアンは頷いた。
「気付いたら子供が3人覗き込んでいたから、驚いたよ」
その時、意識を失っていたディアンは、3人分の話し声で目が覚めた。
『う…』
『あ、起きた』
目を開けると、幼い子供が3人、こちらを見下ろしていた。その丸い耳を見たディアンは、ここは自国ではないことを思い出す。
と、一番幼い、7、8歳の少女が口を開いた。
『おにーさん、魔族?』
『…!』
正体に気付かれたことを驚き、慌てて耳に触れると、いつの間にか変化が解けている。
『しまっ…』
力が入らない体を無理矢理動かし、必死で離れようとするディアンを、子供達は慌てて押さえつけた。
『お兄さん!待って!』
『何もしないから!落ち着いて!』
『し、信じられるか…!』
ディアンは立ち上がろうとするが、
3人の力がやたらと強いせいで動けない。そこに、新たに声が掛かった。
『何してんだ、お前ら』
『おとーさん』
少女の呼び掛けにぎょっとして顔を上げると、短い赤毛の男がこちらを見下ろしている。がっしりとした体つきのその男は、ディアンの尖った耳を見ても片眉を上げただけだったが、そばに落ちていた木の実を見ると顔を顰めた。
『あんた、クコの実を食ったな?腹壊したんだろ』
やれやれというように溜め息をついた男は、腰に付けた袋から、丸薬らしき物を取り出し、ディアンに差し出してきた。
『ほれ、飲め』
『………』
顔を背けたディアンに、男が苦笑する声が降ってきた。
『ただの薬だよ。腹下したままじゃ苦しいだろ?』
『人間の言うことなど信用できな…うわ!?』
『お兄さんに拒否権はない!』
『ない!』
『なーい!』
一番年上の少年に頭を掴まれ、残りの2人に体を押さえられたディアンは、逃げる間もなく薬を口に放り込まれた。吐き出そうと足掻いたものの、鼻を摘ままれた拍子に飲み込んでしまう。
『よし、飲んだな。アレン、顔は離していい。クリスとユリアはまだ捕まえてろ』
『はーい』
嬉しそうに返事をするのは、クリスと呼ばれた子供だ。
なんとも楽しそうな親子を見て、ディアンはますます身の危険を感じた。
「…あの時はどうなることかと思ったよ」
「単なる親切だったんだけどね」
あっはっは、と笑い合うディアンとアレンを見て、クラウスはなんとも言えない気持ちになったのであった。