9.オークと森の人
翌朝、私は寒さを全く感じずとても心地の良い目覚めを迎えた。ただし、若干の窮屈感を感じる。
横向いて寝ていたのは、わかる。
だが、後ろから抱き着かれた状態は、理解不能だ!
「な、なんじゃこりゃ」
緑の太い腕が私を抱きしめている。
何故こうなった?
「あ、エーレちゃん。おはよう」
昨日背負ってくれたゴブリンの気だるいような声が後ろから聞こえてくる。
否!耳元だ!
「キャーーーーー!」
あ、私も可愛い声出るんだ。
悲鳴を上げたわりに冷静に自分のことを分析してしまった。
「エーレちゃん!どうした?何かがいたのか?虫か?」
イケメンゴブリンは私を気遣ってくれるが、そこではない!虫はいない!いるのは、お前だ!!
「だ、抱きつかれて!えっと、離して!!」
しどろもどろに希望を述べる。
「ん?苦しかった?ごめんね」
素直に謝ってくれるが、論点がずれている。
「えっと、一応私は女の子なの。だから、抱きつかれるというのは、ちょっと……」
まずいでしょう。純潔な乙女だからね。変な噂が立っちゃうとお嫁にいけないじゃない。……いや、私、人間界から逃げたから身分も減ったくれもないか。
でもね、やっぱりこういうのは良くないと思うの。前世でも今世でも、こんなシチュエーションなかったからさ、心臓に悪いわけよ。お願いだから、私を殺さないでくれ。
「あ、エーレちゃんは人間の女の子だったね。ごめんね。つい俺達と同じ対応していた。寒そうに見えたからね。あ、ゴブリンだったら寒いとは感じないか」
はははと爽やかな笑みで謝罪してくるゴブリン。これはもしかして、集落を分割する際は長になるのではないだろうか。イケメンだけに。
「ご理解いただけたら、いいよ。私も寒さ対策とか何も考えてなかったから悪いんだし」
とりあえず、自分にも非があったからね。この問題は次回に生かすことにした。
朝ごはんも昨日と同じ果実を食べた。
なんというか、物足りない。
何故?
「エーレちゃん、眉間に皺寄ってるよ。どこか具合悪い?」
イケメンゴブリンが心配そうに声を掛けてくる。
「大丈夫。いつも朝は弱くて」
ということにしておこう。
「本当に?ならいいけど……。今からまた森に入るよ。今日は少し北に向かって、オークの村で話を聞こう。森の人の情報が聞けるかも」
確かに、今むやみに歩き回ったとて森の人に出会えるとは限らない。それなら話を聞いた方が言いに決まっている。
「わかりました。あ、森に入ってちょっと顔を洗いたい」
本当は体を拭きたいところだけれど、我慢かな。
「いいよ。エーレちゃんは綺麗好きだね。森の人と同じだ」
爽やかスマイルで見える歯は真っ白だ。歯磨きなんてしていないだろうに、どうしてこんなにもきれいな歯なのだろうか。
焚火はもうすでに火が消えているが、そのままにしていくのはよろしくないので綺麗にならして森に入った。やはり空気が異なる。何が違うのだろうか……。
「エーレちゃん、水、ここから出てる」
ゴブリンに声を掛けられ、滴り落ちる水を掬う。とても冷たくてきれいだ。サッと顔を洗い、口もゆすいで口の中をすっきりさせようとした。だが、歯に果実が挟まっているみたいで、気持ち悪く感じる。斜め掛けバックから小さく切られた布を一つだし、指に巻いて歯を擦っていった。そしてもう一度ゆすぐと挟まったものが取れ、口の中は平穏を取り戻した。挟まったものが気になって、舌でそれを何とかしようとして疲れちゃうし、他人から見たらとても変な顔をしているものだからね。一応、女の子だからさ。気にするのよ。
「エーレちゃんは、本当に綺麗好きだな……」
ゴブリン達は私の一連の見繕いを見て感心している。
「人間はいろいろと弱いから。すぐに虫歯にもなるので気にしてるだけだよ」
「虫歯?虫?と、歯?」
あ、ゴブリンには虫歯とは縁遠いのかな。うらやましい。
「あ、人間はいろいろあるってことだよ。それより、先を急ごう。何日もかけて森の人を探すわけにいかないから」
ゴブリン達に説明するのも面倒なのでサラッと話を流して行動を促した。はあ。早く帰って、なんちゃって珈琲でもいいから飲みたい。
私達は、ひとまず一番近いオークの集落の近くまで森を進むことにした。
森の奥に進むと魔獣や魔虫が出てくるから、できるだけ森の外との際を進むらしい。大体二時間ほど経っただろうか。ゴブリンが外に出ると声を掛けてきた。
初のオークだ。心が躍る。彼らはいかつい猪みたいな風貌だろうか。ゴブリンはいい意味で期待を裏切ってくれたから、若干の期待をしてしまうのは許して欲しい。
いや!イケメンに弱いわけではないのよ。ほんのちょっと爽やかスマイル見せられて心躍ったのは否定できないけれど、好きになったわけじゃないし。前世でもアイドルを見て綺麗な顔だとは思ったけれど、それ以上の感情なんて持たなかったしね。ただ、見た目がいいというのは、いいよね。
森を出て、集落の入り口らしきアーチを見上げて少し思考を停止させてしまった。だって、アーチには動物の頭蓋骨らしきものがぶら下がっているんだよ?らしいというか、ね。戦闘種族って感じが滲み出てるよね。ということは、人間の私って、格好の餌食なのでは?
「エーレちゃん、背負っていいかな。オークたちに狙われるといけないから」
やっぱり!私は狩られるかもしれないんだ!
「お、お願いします」
少し返事する声が揺れたのは、十歳だから許して。
「大丈夫。俺たちに任せて」
ゴブリン!なんて紳士なの!もう、ついて行くから!
そうして、私とゴブリン達は不気味なアーチをくぐり、オークの集落の中へ進んで行った。
「おー!ゴブリンじゃん!久しぶり。今日はどうした?」
「久しぶり!今日は森の人に会いたくてね。今、どこにいるか知らない?」
ん?何?なんていうか、仲良し?フレンドリー?他種族って、普通はいがみ合ってるものじゃないの?
「森の人なら隣の集落にいるよ。ほら……、ちょっとやらかした奴らがいてね。ちょっとお叱り受けてると思うんだ」
「あ……、聞いてる。森の人、怒ってるって?」
「うん……。かなりね。おかげでここの集落からも少し雪山に行かされるんだよ……。とんだとばっちりだ」
「ああ……、大変だね。俺たちは雪山には行けないから手伝えなくてごめんね」
「いいよ、俺たちは寒さに強いからさ」
うん。仲良しなんだね。
それにしても、オークたちの見た目……。
期待を裏切らない風貌だった!
いかつい顔立ち、筋肉のついた体躯。
イメージ通りだった!
うんうん、いいね。
筋肉が特に!
太っとい腕と太もも、肩のあたりも盛り上がってるし、何と言ってもお尻が四角くていい!
顔は猪だけど。
「お?その後ろに抱えているのは?」
オークが、私に気が付いてしまった……。
これは手土産だと思われるだろうか。
私はふくよかではないから、きっとおいしくないと思うんだけど……(汗)
「あ、この子はエーレちゃん。人間界から来たんだ」
うん。そうだね。でも、オークたちが聞きたいのは違うことじゃないかな(汗)
「お!人間界から!まだ、小さいな……」
そうだよ!まだ小さいの!だから、食べてもきっとおいしくないから!
「小さくてかわいいだろ。森の人に似てて」
「確かに似てるな!だから森の人に会いに来たのか?」
「それもあるけれどね。成人の儀式の供物、ちょっと足りなくてね。魔虫からいただいていいか聞きたくてね」
前にも、森の人に似ていると言われた。ということは、食べられる可能性が低いのでは?それに、森の人に会いに来たんだから、ここで食べたらだめだよ!
「ふぅん……。森の人に挨拶、ね……」
オークが顎に手を当て、私の顔を覗き込む。
「綺麗な目、してるな」
まじまじと目を覗かれる。
ただそれだけなのに、ごくりと息を飲んだ。
「それに、いい匂いがする……」
鼻をクンクンとさせ、臭いを嗅がれてしまう。
もう、駄目かも……。
「めんこくて、可愛いな!ゴブリン達のところが嫌になったら、うちに来ないか?いや、このままここに住めばいい!」
「わ、私は美味しくありません!!!」
オークの言葉をちゃんと聞かず、とにかく叫んでしまった。食べても美味しくないと。
「……ん?人間を食べたりしないぞ?」
「……え?食べない?」
「うん。ほとんどの魔界の者は人間を食べない。魔獣を食べているんだ」
オークはそう言って、アーチに飾っている頭蓋骨を指さした。
「あそこに飾ってるのは、この集落で食用として狩っている魔獣を示しているんだ。ここでは三種類。他の魔獣を狩ったりしないぞ」
「……へぇ~」
意外だった。なんでも食べられるものは好き勝手に狩っているのかと思ったのに。
「それに、たくさん狩るのも禁じられている。隣の集落はそれを破って森の人を怒らせたんだ。危うく一種の魔獣が全部いなくなるところだった」
これは、どういうことだろう。知性があるのもすごいと思ったけれど、狩り過ぎないように調整しているって。それは森の人が監視しているからなんだろうけれど、それを律儀に守っているって……。
「その、森の人よりオークの方が強いと思うんですけれど……」
反乱は怒らないのかな?
「あ、声も可愛いな。やっぱりここに住むか?――えっと、森の人な。オークの方が力は強いけど彼らには勝てない。俺たちは彼らを害することを許されていないんだ」
許されていない?
魔界や魔界樹林のことは謎に包まれている。けれども、それよりももっと不思議なことを耳にしてしまった。
疑問がさらに増え、この謎にどんどんと引き込まれて行っているようだが、気のせいだろうか。




