8.隣の樹林へ
雌の児ゴブリン達が大人たちに“採取”に行きたいと願い出た。大人たちは顔を見合わせ、腕を組んで考え込んでいる。
「どうする?」
「ん……。確かに成人の儀式の“捧げもの“が残り少ないんだよな……」
「だよな。ここも大きな集落になったからな。そろそろ分割する頃合いだろう」
「そうなると、やっぱり必要か……」
「でもな……。森の人に聞いてみないと。俺達では判断できないし」
ん?森の人に聞かないといけないのか?
「森の人は今は隣の森にいるのか?」
「ああ、調査が必要だって言ってた」
「隣の森に近いのはオークだったよな。もしかして、狩り過ぎたんじゃ……」
「たぶんそうだと思う。森の人、かなり怒っていたらしいぞ」
「ああ……。オークの集落……、減るな」
大人ゴブリン達はため息をついて頷く。
森の人は、そんなおっかない人たちなのか?集落が減るって?殺されるのか?
「オークたち……、どこに行かされるんだろうな」
「雪山じゃないか?橋が老朽化して修繕するって言ってたけど、力仕事できる奴らが少ないって言ってたからさ」
「確かに言ってたな。雪山か……。俺達には無理だな」
「うん。俺たちは生きていけないからな」
うんうん。オークのことはわかった。
で?
行くのかい?行かないのかい?
「とにかく、森の人に相談だ。会いに行くか」
「そうだな。あ、エーレちゃん。一緒に行く?」
「あ、そうか。エーレちゃんの住んでいる小屋、森の人のものだから挨拶しといた方がいいよな」
「うん。たぶん怒らないと思うけど、ちゃんと話した方がいい」
「そうですね。私も礼を欠くつもりはないので、是非ご一緒させてください」
そして急遽、隣(?)の魔界樹林に行くことになった。
翌朝、今日も大豆珈琲を片手に朝日を眺める。今日も晴れだ。私がここに来てから、一切雨が降っていない。植物が枯れたりしないか、ちょっと心配だ。
「エーレちゃん、起きてる?」
大人ゴブリンが小屋の扉を叩いて声を掛けてきた。
「起きています。すぐ出ますね」
大豆珈琲に物足りなさを隠せず、眉間に皺を寄せながら返事をする。
隣の魔界樹林に行くので、それなりの荷物が必要かと思った。だが、私は武器を持っていない。せめて何日か分の着替えだけでも持っていくことにし、斜め掛けの鞄に下着と石鹸を詰め込んで持っていくことにした。
小屋を出ると、槍を片手に持った大人ゴブリン達が三匹、私を待っていた。荷物は……、なし。まあ、ゴブリン達だから、いいのかな。
「エーレちゃんは凄い荷物だね。森の人たちと同じだ」
ほう……。森の人たちは私と感覚は一緒ということだね。
「一応、着替えをね。あと石鹸も持っていきますよ」
私には雑菌なんて見えませんから。しっかりと手洗いしたいのよ。
「それじゃ、行こうか」
「ああ、急がないとな」
「日が暮れるまでに境目を超えないと危険だ」
……境目?
「エーレちゃん。疲れたら言いな。負ぶってやるから」
「ありがとうございます」
私は甘えるときは甘える。だって、十歳の体だからね。
そして、その考え方は間違っていなかった。
「ここを登っていくぞ」
「……え?ここって?崖しかないけど?」
「ん?そうだよ。ここを登るんだ。エーレちゃんは……背負うか」
「……そうだな」
大人ゴブリン達は皆、私の足を見ている。
あ、大丈夫だよ。ちゃんと長ズボン履いてますからね。でもさ、足の長さを見てる、よね。失礼しちゃうわ。ええ!短いですよ!悪かったわね!
ていうか!魔界樹林ってこんなに普通の森だったの?
一番体が大きなゴブリンが私を背負ってくれ、他のゴブリンが荷物を持ってくれた。そして、彼らは手で岩を掴んでひょいひょいと崖を登って行った。
流石、魔族。体力が人間のものより数倍強い。筋肉は飾りではなかった。
「いい筋肉だ……」
本音が、漏れてしまった。
その後も川があって肩車してもらって渡ったり、大きな岩がゴロゴロあるところをまた背負ってもらったりして、日が傾いたころ、“境目”に到着した。
「エーレちゃん。目を瞑って。背負うから。絶対に目を開けちゃだめだよ」
「え?どうして?」
「ん……。たぶん、酔うと思う。境目だからね」
「酔う?」
「うん、ここと違う魔界樹林に入るから」
「??」
ゴブリン達の言うことがよくわからなかった。酔うって?
ともかく、私は背負ってもらって境目を跨ぐことになった。
目を瞑ったかって?
そんなこと、わかったって口では言うけど、確かめたいから薄目開けるに決まってるじゃん!
でも、それを後悔することになってしまった。
う“ぇ……。
境目を跨いですぐ、酔って吐いてしまった。
え?なにこれ。
強制的な次元の歪みみたいなものだったよ?
上下左右の感覚がわからなくなって、自分自身がぐにゃぐにゃになったかと思ったわ!
そんなの、目を回すじゃない!
「エーレちゃん……。大丈夫?」
「人間はね、境目を超えるのは厳しいよね」
「うんうん。かといって、オークの集落を通ると何日もかかっちゃうし」
「まあ、これは仕方ないね」
そう……、仕方ないね。
目を開けたのは私。
一緒について行くと決めたのも私。
誰も悪くない。
けれど!こうなるなんて、聞いてない!!
岩に腰かけ、少し休憩をした。そして、ゴブリン達が心配してコップに水を汲んできてくれた。
あれ?川が近くにあるのかな?
「この水は……、綺麗なのかな?」
「ん?うにょうにょは見えないぞ」
「……なら、大丈夫か」
恐る恐る、カップに口を寄せて、ほんの少しだけ水を飲んだ。
「あ、美味しい!」
何て言うのかな、柔らかい水の味だった。たぶんだけど、軟水だ。
「あ、よかった。この樹林は山が多いんだ。いろんなところに水が流れてるから」
「へえ。山が多いのね」
辺りを見渡すと、確かに水が滴り落ちているところがあった。きっと、この水もあそこのものだろう。この水、前世で言うところの天然水になるのかな?冷たくて舌あたりが滑らかだ。
「そろそろ動けれそう?エーレちゃん」
ゴブリンが心配して声を掛けてくる。
「はい。もう大丈夫です」
うん。さっき飲んだ水のおかげかな?ものすごくすっきりした。
「よかった。ここの樹林の物を口にすると慣れてくるんだ。じゃあ、先に進もう。一旦樹林を出て、そこで今日は寝床にする」
ん?樹林のものを口にすると慣れるって?ちょっと気になるんだけど?え?質問する時間ない感じ?クソ!後でまとめて聞いてやる!
そこから大体一時間くらい歩き、やっと樹林を出ることが出来た。
そして、ここで一泊するらしいが、勿論宿なんてない。
「えっと、ご飯はどうするの?」
恐る恐る、聞いてみた。
「あ、木の実を取ってくる」
背負ってくれていたゴブリンが樹林に戻って行った。樹林の木の実を取ってきて食べるのだろうか。
「えっと、寝床はどうするのかな」
またまた、聞いてみた。
「あ、エーレちゃんはこのまま寝るのは難しい?」
ええ、地面に寝転んで寝るってことね。
いや、できなくはない。土の上だからね。これが生い茂った草の上は……難しかったかもだけど。なんでって?それはさ、草の上だと虫がさ、いるじゃん。ちょっと厳しいのよね、虫は。
「大丈夫。聞いてみただけだよ」
出来るだけ、顔を引きつらせないように笑って答えた。
夜は寒くなってきたから、凍えないか心配だけど。
「エーレちゃん、これならだべられる?」
さっき樹林に木の実を取りに行ってくれたゴブリンが戻ってきた。たくさんいろんな実を抱えて。
「これは?何の実?」
ほんのり赤い、ところどころ小さな棘があるものを指さす。
「えっと、ヤマボウシって言ってたかな。甘いよ」
ヤマボウシは前世でもよく耳にしたことがある。食べたことはないけれど。
甘いというなら、美味しい、よね。
一つ掴む。若干前世のものより大きいそれを、恐る恐る小さく齧ってみた。
シャリ……。
噛んだ瞬間、甘い果汁が口いっぱいに広がった。食感は梨みたいなのに、甘みはマンゴーみたい。面白い果物だ。
「美味しい……」
「よかった。エーレの笑顔がやっと見れた」
ゴブリンは本当に心配してくれていたみたいだ。眉がㇵの字になっている。
シャクシャクとヤマボウシを平らげた後、もう一つ緑色のコロンとしたものに視線を移した。
「これは何?」
「えっと、サルナシって言ってたよな」
他のゴブリンに確認を取っている。うんうんと頷いているので間違いないようだ。
サルナシというと、キウイフルーツの原種と言われていたものじゃないだろうか。ということは、酸味がある可能性が高い。キウイフルーツは茶色い毛がモケモケしているものが主流だったが、これはつるんとしている様に見える。手に取ってみても毛は無い。これなら、このままかじっても良さそうだ。それにしても、ヤマボウシ同様、私が知っている物よりも大きいが、酸味がどれほどのものなのか知らないので、こちらも小さく齧ってみた。
「ん!ほど良い酸味で甘くておいしい!」
熟している実を取ってきてくれたようで、酸味はきつくない。
「よかった。蔓から取った時はちょっと硬かったんだけど、樹林から出たら少し柔らかくなったんだ。これなら大丈夫だと思って。エーレは美味しいもの食べると笑顔が多くなるんだな」
ほほう……。樹林を出たら、熟成されたって言うことか?それは樹林と空気が違うからなのか?これは今後の調査課題だな。
それにしても、私はこれまでゴブリンの前で笑っていなかったのだろうか。そうだとしたら、申し訳ないな。いつも小難しい顔をしていたら、可愛げもないだろうに。それでも寝食を提供してくれる彼らは、本当に優しい。
幾つか木の実を食べ、空腹は凌げた。これなら、お腹が空いて寝れないということはないだろう。
焚火の明かりがあるうちに今日の記録をつけることにした。日記やヴィヴァント・アポローグを持ち出すのはかさばるので紙を一枚だけ持ってきていた。
羽ペンもおれたらいやなので持ってきておらず、木片の墨でメモ書きをすることにした。
カリカリカリ
まずは、樹林の境目。歪みで酔う。
あと、ヤマボウシとサルナシ。両手で持ち上げるほどの大きさだった。そして、美味しかった。
樹林の中でもいだものが樹林を出ると熟成されていた。空気が違うのだろうか。
それから、隣の樹林が山が多いらしく、ところどころ流れ落ちている水はとてもまろやかで美味しい。軟水だと思われる。そして、樹林を跨いだ後、そこのものを口にすると酔いがおさまった。慣れたと言っていたが、その言葉がいまいちよくわからない。
書いた後、斜め掛けバックになおし横になる。焚火はこのまま消さないようだ。これなら寒さはなんとかなるだろう。
今日も驚くことが山盛りだった。
冒険らしくなって、充実している。
小さな体で動き回ったからだろうか、とても疲れて眠い。
明日も、また新しい発見を楽しもう。




