10.オークと森の人② ~おかんって、いいよね~
「森の人を害せないというのは、どういうことですか?」
疑問を直球で投げてみることにした。
「ん?森の人は魔界樹林を作ったからね。管理をする人間を傷つけたらいかんでしょう」
「え?管理しているの?っていうか、魔界樹林を作ったのが彼ら?」
「そうだね。人間たちは知らないのかい?魔界じゃ常識だけれどな」
いやいやいや……。
私達人間はそんなこと知らない。
「あれ?森の人は人間なのにね。なんで知らないの?」
「ん……。それは私も今知ったところだからわからないよ。直接森の人と会話したら何かわかるかもしれないけれど……」
「エーレちゃん、聞いてみてよ」
「……」
ゴブリン達とオーク達が笑顔で言っているが、私は知っている。彼らにとって、このあたりの話はどうでもいいのだ。ただ、興味はないけれど、話題に上がった話を私に丸投げしようとしているのだ。
「はぁ……。あった時にいろいろ話します。で?今から隣の集落に行くんでしょう?」
若干、やけくそになりながらここに来たことの大元に話しを戻した。
「あ、そうだったね。忘れてたよ」
「うん。エーレちゃんがここに住むことしか考えていなかった」
オーク達は私を引き取ろうとしている?
「エーレちゃんは俺達ゴブリンと一緒に暮らすんだよ。ね?」
「……」
ゴブリン達の問いに、答えられなかった。だって、オークの集落はちゃんと家が立ち並んでいる。糞尿の異臭がしない。ちゃんとした衣服を着ている。
「あり寄りの……あり?」
手を顎に当て、思わずつぶやいてしまった。
「エーレちゃん!俺たちとずっと暮らすって言ったじゃないか!」
「いや、言っていないし」
「俺たちを見捨てるのか?」
「見捨てるって……。私はただの居候だしね」
「え……。俺の嫁になるんじゃなかったのか?」
「え?なぜそうなる?」
「一緒に一夜を共に、したじゃないか」
「え?昨日の?えっと、寒さ除けになってくれたんだよね?それだけだったよね。――ちょっと確認。私、十歳の人間だから。まだ、子供だから。結婚、しないよ」
「「「……」」」
私、子供だと認識されていなかったのかな?小さいからさ、わかるよね?
「ゴブリン達には感謝してます。人間界から逃げてきて、何も言わずに受け入れてくれたからね。でも、結婚はちゃんと自分で考える。今は魔界に来て慣れることに一生懸命なんだよ。毎日、生きていくのに一生懸命なんだよ。勝手に決めないで」
転生した人間界でも王家の駒として使われる可能性が高かった。それよりも、異母兄姉に殺されかけた。そこから逃げてそんなに時間もたっていないのに、また誰かに自分のことを決められるなんて、あり得ない。
ゴブリン達とオーク達は何も言葉を発しなかった。それよりも、どうしたらいいのかおろおろしている。
「ちょっと!かわいそうでしょう!」
オークの雌達が集まり私を囲んで抱きしめてくれていた。
「もう!雄は勝手なんだよ!」
私の為に憤慨してくれている。
「エーレちゃんって言うのね。ここのオークの集落は穏やかだから、いろいろ考えるにもいいかもしれない。でも、私たち雌はそれを強要しない」
「うん。エーレちゃんのことは、エーレちゃんが決めるべきよ。まずは、どうしたいのかを考える、落ち着いて住めるところを決めたらいいと思う。ここに住みたいって思ってくれたら、勿論歓迎するよ」
有難いと思った。ゴブリン達に感謝している。こんな小さな人間の面倒を見てくれたんだから。オーク達も、心配してくれて本当に感謝している。でも、雌達の言うように、私の人生を決めるのは自分自身でありたいと思う。
「ありがとうございます。その、ちょっと考えたいです」
今すぐどうしたいかなんて、決められない。ここで生きていけるのかもわからないから余計だ。
「うん。とりあえず、森の人に会うといいよ。そのために来たんでしょう?」
オークの雌は、前世で言うところの“おかん”みたいだと思った。
「はい。まずは、会ってきます」
会って、話を聞いて、考えたい。
「じゃあ、私たちが案内するよ。雄たちに任せられないわ」
一匹のオークの雌が膝をつき、話しかけてきた。そして、頬に手を当てる。
「ほら、もう大丈夫。私たちが付いているから。だから、泣くのを我慢しなくていいよ」
驚いて、目を見開いた。
我慢しているつもりはなかった。
けれども、彼女たちにはそう見えたのだろう。
そして、それは自分でも気が付かなかったが、そうだったようだ。
「う……。ふぇ……」
目が熱くなった。
鼻がツンとした。
そして、心の中で何かが湧き上がってくるのがわかった。
流れ落ちる涙はとめどなくて、この時初めて子供らしく泣いた。
転生したことに気が付いてから、気を張っていた。
ううん。
その前の母とひっそりと暮らしていた時からそうだったのかもしれない。
生かされていたのも、陛下の一言で簡単に覆される。
それを本能的に感じていたと思う。
その生活に、安心はどこにもなかった。
オークの雌達は、背中を撫でたり頭を撫でたり、とにかく優しかった。無理に話を引き出そうとしない。でも、私の話を聞いてくれた。そして、子供としてちゃんと扱ってくれた。
ただそれだけなのに、ぽっかりと穴が開いた心の少しを埋められたような気がした。
“おかん”はどこの世界でも優しくて強い。
そして、私たちは魔界樹林を通って隣の集落へと向かった。雌達が私の周りを囲い、手を繋いでくれていた。時間として小一時間ほどだったと思う。あっという間に目的の集落へと着いた。
隣の集落は、はっきり言って荒れていた。
いくつかの家が壊されていた。生活に使っていた食器だと思われるものも散乱していた。食べ物も踏みつけられたような跡がある。そして、一番不気味に感じたのは、そこに誰かがいると言う気配が一切ないのだ。
「おい、どうなっているんだ」
ゴブリンがオークに問いかける。
「俺達にもわからん」
オークの雄たちも目が泳いでおり、理解ができない状況のようだ。
「エーレちゃん。私たちの側を離れないで」
雌達は私を囲んで集まった。
暫く、誰も何も言わなかった。
なんとかして、状況を把握したいと思ったのだろう。
ゴブリンもオークも、鼻をクンクンさせ、臭いを嗅いでいる。
私には、ただ埃が待っている臭いだとしか思えないが――。
「森の人、かなり怒ったみたいだね」
「うん。集落全体の生活がもう終わっている」
「一足、遅かったか……」
え?
誰もいないの?
オーク達も?
森の人も?
それが匂いでわかるの?
じゃあ、ここまで来た意味って?
いろいろ考え、泣いた時間が台無しになってしまったかのような気持ちになり、心が空しくなった。
「次はどこに行く?」
「エルフ族はな……」
「うん。俺達とは合わないからな」
「じゃあ、ドワーフ族か?」
「そうなるだろうな……」
「ん……。そうなると酒が必要になるぞ」
「「「ん……」」」
彼らは頭を抱え始めた。
どうやら、一筋縄ではいかないようだ。




