6.代替珈琲
今日で夏季休暇が終わってしまう……。
もっとたくさん投稿したかったのですが、夏風邪引いてこじらせ、執筆時間を削るしかなくなってしまいました。
まだ咳は出ているのですが、仕事は休めませんからね。
翌日、いよいよ残っていたどんぐりもどき珈琲を全て使った一杯を片手に朝日を浴びる。今日こそは必ず!どんぐりもどきを拾ってあく抜きのための浸水をしなくては!
貴重な一杯を堪能し、本日行うタスクを思い浮かべる。
・ゴブリン集落へ行って石鹸の乾燥具合を確かめる。
・どんぐりもどきを拾って皮を剥き、水に浸してあく抜きをする。
うん。今日は余裕のある日だ。幼児の体にはこれくらいでないと成長によくない。身長が伸びなかったり、月のものの時に痛みがひどくなる。
月のものは、あの階段から落とされる少し前にやってきた。大人の準備が整ったので、政略結婚できるだろうという考えだろうか。子がなせる可能性があるなら王族としての教育を施して、どこかの国へと嫁がせたかったのかもしれない。そのおかげで殺されかけたのだから、王族って怖い。
そこまで美味しくないが珈琲としてそれなりの味だった黒い飲み物を飲み干し、明日は飲めないのだと考えると舌打ちをしたくなった。前世では珈琲が好きすぎて一日でも飲まない日はなかった。なんとしても、どんぐりもどきを手に入れなければならない。
ゴブリンの集落へ向かう道すがら、以前拾った辺りを見回す。
「……見当たらない」
少し森の中に入ればもしかして見つかるだろうか。境界らしき楔の手前から森の中を目を細めて伺う。
「それらしき木が、ない……」
私はその場にしゃがみ込み、頭を抱える。
どうしたものだろう……。
時期的にもう無くなるのだろうか。
こういうことはゴブリンに確かめておくべきだった!
己の考えの浅さに反吐が出そうになる。
「ワシの珈琲が……」
自分のことを“ワシ”と呼んでしまうくらい、切羽詰まっている。
頭の中が混乱する中、どんぐりもどきが無いことを想定し、他の代用珈琲を思い出す。
・たんぽぽの根
・大豆
・穀物
このあたりだろうか。トウモロコシは勝手な見解だがこの魔界にあると思えない。チコリという植物の根も代用珈琲としては有名だったが、その植物が広い範囲で自生しているわけではない。日本では見かけることはなかった。魔界にもないだろう。
たんぽぽは魔界に自生しているだろうか。大豆はゴブリンの穀物庫にあっただろうか。米はあった。だが米はせっかくなら白米として食したい。
「……詰んだ、のか?」
頭の中がグルグルと忙しなく回っている。だが、思い当たる代用珈琲が、もう無い。珈琲の無い生活を送れと言うのか――。この社畜の私に!
「いや、まだ諦めるには早い。ゴブリンの食物庫を漁ってから最終判断だ」
私はゴブリンの食物庫から勝手にいただくことを大前提として考えている。もらえないとは全く考えていない。それが当たり前だと考えているところが十歳の子供らしいと言えるのかもしれない。
ゴブリンの集落に到着し、まずは石鹸の乾燥具合を確認することにした。いやね、勿論食物庫の中が気になるよ。でもさ、一応講習をした人間だからね。進捗具合を確認する義務が発生するでしょう。間違っていたらきちんと指摘してあげて、次に繋げてもらわないとね。食事事情というものも関連してくるわけだし。
まあ、とにかく昨日作った石鹸を見て見た。
「うん。悪くない。ひっくり返すのは明日くらいかな。順調じゃないか」
腰に手を当て、胸張って、若干仰け反ってしまった。どんだけ上から目線だよと言われかねないが、講師をしたからね。偉いのだよ。
「さて、それでは、本日メインタスクに移ろうか……」
ゆっくりと今から向かう場所に体を向けた。この場所からは、ほんの少しだけ距離がある。気が逸るが、焦ってはいけない。
ザッ……
一歩足を進める。少し砂埃が上がった。私の歩みを妨げようとするゴブリンは、いない。
ザッ!
もう一歩足を進める。今度は少し地を踏みしめるのが強くなった。さっきより砂埃が高く上がった。視線は、食物庫一点のみに集中。もう、誰も私を――止められない。
食物庫を目の前にし、私はこの建物を見上げた。ここにはきっと未来につながる素晴らしいものがあるに違いないのだ。何も迷うことはない。ほんの少し確認し、ほんの少し拝借するだけだ。何も悪いことはしていない。(はず)
扉に手をかけ、手前に引いて開ける。ひんやりとした空気が漏れる。食物庫としてあるべき姿だ。
一歩、中に入る。中は灯りがないので暗がりだ。でも、目を細めなじんでくると見えてくる。食物庫は棚が設置されており、きちんと並んで置かれている。とてもゴブリンらしくないきっちりとしたものだ。そこまでの知識があると言うのだろうか……。
「エーレさん、何してるの?」
ふいに後ろから声を掛けられた。しまった。食物庫内のことに意識が向きすぎて迫りくる気配に気を配れなかった。どうしたらいい?言い逃れはできるのか?
「何か探し物?」
探し物だ。私にとって、生きていくためのエネルギー源だ。だが、見つかってしまった……。言い訳せずにきちんと願い出るしかない。(最初からそうすればよかったのか)
「ああ、少し分けてもらいたいと思ってだな……」
振り返りながら話す。そこに立っていたのは、いつもの児ゴブリンだった!
「なんだ、お前か。びっくりしたじゃないか」
大したことないとへらへらと笑う。
「エーレさん。ここ、食物庫だよ」
いつもの児ゴブリンなのに、何故だか声に冷たさを感じる。怒っている、のか?
「そう、だな。えっと……」
何て言い訳したらいいのか、全くいい言葉が思いつかない。
「ふうん……。食物庫の、何が欲しいのかな?」
児ゴブリンの目が、逆光で顔が見えない分黄色く光って見える。……怖い。
「その、大豆、とか。トウモロコシ、とか。あったらいいなあ……って」
恐る恐る、聞いてみた。
「大豆とトウモロコシ、ねえ……」
一歩、児ゴブリンがこっちにやってくる。
「うん……。少し、分けてもらえたら、嬉しいなって……」
ゴクリと、唾を飲み込んだ。
「……そう、なんだ」
もう二歩、こちらに寄ってくる。怖い。
「……」
私は、もう何も言えなかった。
「……いいよ!大豆があるから。この小さな袋に入るくらいでいい?」
明るい笑顔に声であっさりと言われてしまった。
私の怖さでドキドキしたのは何だったのだ!
まあ、いいか……。もらっていいんだ。って言うか、大豆あったんだ。
児ゴブリンに手渡された袋の中身を覗いてみる。乾燥した大豆だった。
「……ありがとう」
感謝の言葉をぽつりと零す。
「いいって事っす」
「……」
なんというか、児ゴブリンの笑顔がかっこよく見えた。
その後小屋に急ぎ帰り、小さな火を起こした。小さいフライパン(ゴブリンがくれた。勝手に拝借はしていない)にもらった大豆を入れ、煎る。ほどほどの茶色に色づいたら木のお皿に大豆を移し替える。ここで置いておくと煎りが深くなりすぎるから注意ね。冷めたら、好きな粗さの粉にする。たぶん、これが一番大変。大きめの中央がちょっとくぼんだ石は前に用意していたからそこに煎った大豆を入れ、丸くとがっていない石で砕く。
後は小さな綿布で作った袋に入れて口を縛りカップに入れ、熱い湯を注ぐ。蒸らしはそうだな……。五分ほどにしようか。しっかりとした濃いめの味を堪能したいからな。
蒸らしている間に今日の日記をつける。食物庫に入るなら、ちゃんとゴブリンに断りを入れるべきだった。今日一番の教訓ではないだろうか。怒った(?)ゴブリンは怖い。
そろそろ大豆珈琲を飲もうかと思ったが、もう少し蒸らすことにし、その間に“ヴィヴァント・アポローグ”を開いて確認をした。
「……」
やっぱり追記するべきだと考え、ペンを手に取る。
・ゴブリンは魔人?魔獣?どの分類にしたらいいのだろうか。
・食物庫が整然としていて知性を感じた。これはゴブリンがしたのだろうか?
しっかりと蒸らした大豆珈琲を片手に窓から外を眺めた。このゴブリンのいるこの地域には季節があるのだろうか。どんぐりもどきがなくなっていたということは、これから冬に向かうのだろうか。
ほんのり湯気の立つ珈琲を口にする。色は濃い茶で珈琲そのものだが、鼻に抜ける香りはきな粉や麦茶を思わせる。いや、そうれはそうだ。大豆で作ったなんちゃって珈琲なのだから。
カフェインを含まないからだろうか。
少し物足りなさを感じた。
続きは次の週末に投稿します。
皆さんも夏風邪に気を付けてくださいね。




