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魔界樹林のヴィヴァント・アポローグ(動植物寓意譚)~生き抜くために、改革します~  作者: 蒼宙 つむぎ


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5.手洗い講習と石鹸作り

 翌朝。とてもいい天気だ。朝日が眩しい。

 左手を腰に当て、右手でなんちゃって珈琲を入れたカップを持ち、朝日に目を細める。

 連日の労働に体が悲鳴を上げかけている。十歳の子供には少しばかり重労働だったと思う。それでもちゃんと起きれるんだから、子供の体力すげえ!


 どんぐりもどきで淹れたなんちゃって珈琲を飲んで、ゴブリンの集落へと足を運ぶ。あ、そろそろどんぐりもどきが少なくなってきたから、道すがら拾って行かなくちゃ。社畜はやっぱり珈琲がなくちゃね。



 集落に着くと、まずはいつもの児ゴブリンのところに顔を出した。なんというか、一日一回はあの子の顔を見ないとさ。落ち着かないんだよね。弟は元気にしてるかなって、心配しちゃう。

「おはよう、諸君」

 両手を腰に当て、仁王立ちして朝の挨拶をした。

「エーレさん!おはよう!今日はいつもより早いね。あ、俺に早く会いたかったとか?」

 このゴブリン、頭に何か湧いとるのか?湧いとるだろう。無視するか。

 というわけで、無視してイケメン長の家にさっさと向かうことにした。

 後ろから慌ててついてくる児ゴブリンをちらりと目の端で確認し、そして失笑してしまった。

「別についてこなくてもよいのだが?」

 少し、突き放してやった。

「え~。つれないこと言わないでよ~。エーレさんと俺との仲じゃないっすか」

 どんな仲だよ。

 私達はぶつくさと文句を垂れながら歩いて行った。


 長の家に着いて、まずは今日の手洗い講習の流れを話し合った。

「すべてのゴブリンに徹底してもらった方かいいんだけれど、習慣がないから受け入れてもらえるか……、そこが心配なんだよね」

 講習の方法は問題なかった。弟や妹たちに教えたことを再現するだけなのだから。けれども、習慣づけてくれるかは別の問題である。ここがきちんと納得してもらわないと、今後の食事事情に大きく影響してしまう……。

「ん……。若い雌を使って雄は何とかなるだろう。問題は、雌かな。仕方ない。俺が一声かけるか」

 イケメン長がどうやら一声かけてくれるみたいだ。それで何とかなるなら私の労力も少なくなってありがたい。

「では、そこは長にお任せします。その後、石鹸をみんなで作りますが……」

 という流れで石鹸作りの説明もざっくりと話をして一旦解散となった。


 集会所となる広場に目を向けた。この場所に二十家庭、約百人ほどのゴブリンが集まる。小さい赤子のゴブリンは悪さをしないが、児ゴブリンが勝手なことしないかが心配になった。

「児ゴブリン。水を汲んでおいてくれないか。あとコップもな」

「いいっすよ。大目に用意するっす」

 うんうん。よくできた助手に成長してきたではないか。これぞ縦社会!

 その後も児ゴブリンにあれやこれと指示を出し、とうとう講習会を始める頃合いとなった。



「皆さん。先日のお腹が痛くなったことを踏まえ、これからしてほしいことがあります!」

 大勢集まった中、みんなに声が届くように大声を出して説明をしだす。

「え?エーレちゃん、何をするって?」

「お腹が痛かったことを?踏まえて?」

「あれ、なんでお腹痛くなったんだ?」

 周りは私の話を折り、それぞれに話をしだしてその先を聞こうともしない。これが、ゴブリンゆえか……。

「えー!皆さん、静かに!話聞いてくれませんか?」

 なんとかして、話を聞いてもらおうとさらに大声を出すが、みんなどこ吹く風だ。こっちを見もしないよ。

「……」

 もう、帰ろっかな。もうゴブリンの食中毒はほっとくかな。ご飯は、なんとか自分で作ればいいよね。……と、心が折れてしまいそうになる。

 溜息をつき、視線を落とした。魔界に来て、温かく(?)迎え入れてくれたゴブリン達の為を思って何とかしようと考えたのにさ。前途多難過ぎて、疲れちゃった。

 ポタリ、と地面に雫が落ちた。

 またもう一つ。

 その雫は、瞬く間に増えていき、私の足元は思ったより大きく濡れてしまった。

「エーレ、泣かないで。みんな勝手に話し出してごめんよ」

 児ゴブリンに慰められ、私は泣いていたことに気が付いた。

 情けない。幼稚園児が話を聞かないなんて、よくあることじゃないか。そんなことで心が折れていたら、お(・)姉(・)ち(・)ゃ(・)ん(・)なんてやってられないって!

 私は涙を袖でふき取り、顔を上げてもう一度叫んだ。

「あの!みんな聞いて!お腹が痛くなったのは、手洗いをしなかったのかよくなかったの!手にはね、見えないけれども、小さな雑菌がうじゃうじゃいて!それが食べ物に付いて口に入って、悪さするの!」

 一言ずつ区切って、大きな声で簡単に説明をした。ゴブリンが目に見えない雑菌の説明をして理解してもらえるかは賭けだけど、それを言わないと手洗いの説明ができない。さて、信じてもらえるだろうか……。


「あー。この手にちっこいうに(・)ゃ(・)う(・)に(・)ゃ(・)動いとる奴らかい?」

「いつもいる奴らだよね」

「小さくて、ちゃんとした形はわからんが、これが悪さするのか?」


 え?あんた達、雑菌見えてるんっすか?怖いんですけれど。引くんですけれど。

 言葉にはしていないが、そう言う顔をしているとゴブリン達が話し出す。


「俺達、目がいいんだよ。大抵のものは見えちまう」

「そうそう。遠くもよく見えるんだ。あの山の向こう。山鳥が五羽飛んどるだろ?エーレちゃんには見えないんかの?」


 ええ。見えません。私は人間としては目がいい方だと自負していますよ。前世の記憶あるからね。たぶん両目とも2.0だと思うんだ。でもね、はるかかなたの山鳥も見えないし、雑菌なんてもってのほかよ。


「わしらゴブリンは、目がいい種族ってことだな」

 どこかの親父ゴブリンがガハハと笑いながら言うと、みんながどっと沸いたように笑い出した。

 そんなに目がいいなら、ちょっとは手で蠢いているのものがあれば、気持ち悪いとか思わんかね。まあ、それがゴブリンってという種族らしさなのかしらね。なんていうか、彼らのことを見ていると、小さなことにいちいち目くじら立てても意味ないような気がしてきたわ。


 でもね、食事は、綺麗な手で作らないといけないのよ!


「皆さんが、目がいいことはよくわかりました」

 私は、感情のこもっていない口調で話し始めた。

「その手についているものが口に入ると、この前みたいにお腹が痛くなるのです。お願いだから、食事作る時は!ちゃんと!手洗いしてください!」

 最後は、泣きながらお願いする感じで叫んでいた。

 だって、私まだ小さいんだもん。

 感情的になっちゃった。


「お前ら!エーレちゃんがこんなに頑張って教えてくれたんだ。ちゃんとしようゼ」

 イケメン長がフォローしてくれた。優しいな。惚れたりしないけど。

「それに、綺麗にしている雌は……、俺は好きだな」

 おっと……。長よ、今度は色仕掛けですかい?なんてこった。雌たちの目がハートになっちゃったよ。

「雌たちも、綺麗にしている雄の方が、いいよな?」

 更に、言葉巧みに誘導ですか。流石イケメンです。大抵の雌は惚れてしまうがな。あ、私は無理だよ。そもそも十歳の子供だからさ。


 とにかく、長のおかげで雄も雌も手洗いをすることを約束してくれた。

 さて、次は石鹸作りである。

 ここからが問題だ。きっと、私が作るのは成功する。慣れているからね。でも、みんなは絶対に失敗する。それも経験だから、失敗して覚えてもらうしかない。



「次に、更に手をきれいにする石鹸作りをします」

 私は急ごしらえした炊事場改め実験スペースに道具と材料を並べた。

「まず、私が作ります。それを見て、五家庭ごとに分かれて作ってみてください」

 そう言って、昨晩用意しておいた鍋を手に取った。

「まずは、昨日私が灰を集めて水を入れていたものを用意しています。それを濾して、火にかけます。水分が亡くなってくると表面に薄い膜が張りだすの。どこまで煮詰めるかというと……ぬめりが出てきて、匙にまとわりつくようになるような感じ。ちょっと混ぜるのに重さを感じるって言ったらわかるかな?」

 私は手前にいるゴブリンに視線を向けた。雌のゴブリンだ。

「わかります。とろっとする感じよね」

「うんうん。そうだよ。石鹸作りは女性の方が向いているかもね」

 ふふ……と笑ってしまった。だって、雄たちがポカンとしていて理解してなさそうなんだもん。

「とろみがついたら、ここに油脂を鍋入れて混ぜてさらに加熱してかき混ぜ続ける。油脂は狩りをした時の動物の脂でもいいし、植物からとれる油でもいいよ。動物の脂は個体によっては臭いがあるから気を付けて。今回は鳥の脂があったので分けてもらったよ」

 話しをしながらも手を動かし、説明を続ける。

「で、段々とさらにとろみが出てきたでしょう。そしたら何か容器に入れて冷まし固める」

 雌たちの目は真剣そのもので、これはいい職人が育つと思いながら器に流していくパフォーマンスをした。

 そして最後に、道端で見つけたミントっぽい葉を手でパンっと叩き一枚ふわっと落としてみてやった。

 雌は、ミントの爽やかな香りに目を輝かせている。

 しめしめ。うまくいけば、私の分も作ってくれるんじゃないかな。

 ニシシと悪だくみをする顔で笑みがこぼれてしまった。

「ここで注意してほしいの。この石鹸、絶対に口にしないでね。間違って食べたりしたら……最悪死んじゃうよ」

 少し大げさに言ってみた。だって、消化不良起こして痛みでのたうち回る姿を見たくないもんね。それに、喉とか炎症起こして大変なんだよ。だから小さな子供のいるご家庭には気を付けて欲しい。


「さて、それではみんなも作ってみて。私が見て回るから」

 器に流し終わった後、雌たちに作ってもらうことにした。

 流石火を使うことを毎日しているだけあって、火の扱いも上手い。そして、みんなで協力し合って食事を作っているからコミュニケーションも取り合って動きがスムーズだ。

「うん、いい働き手たちだ。これなら量産も間違いない」

 腕組みをして彼らの石鹸工場を思い浮かべ、これを魔界で販売したらどれだけの儲けになるかを計算してしまう。

「これは、きっと儲かるな……」

 グフグフと女児らしからぬ笑い声をあげ、ゴブリンに若干引かれてしまったが、気にはしない。儲け第一だ。


 火をかけているところを順番に見て回り、とろみが少ないのに油脂を入れようとするのを見かけて声を掛けたり、湯気を吸い込むと危険だから気を付けてと注意したり、順調に石鹸作りを進めていた。

「これで、私の食事の安全は守られたかな……」

 そう言って、事故が起こらずに安心していると、奥から雌の叫び声が聞こえてきた。

「キャー!どうしよう!子供が器に流した石鹸を口に!」

 やってしまったか……。

 鳥の油脂は比較的匂いがしないのだが、やはり獲物の臭いはする。お腹を空かせた児ゴブリンが掬って口に運んだのだろう。

「飲み込んだのか?」

「いえ。すぐに吐かせました」

「よかった。よく口をゆすがせて。何度も何度も繰り返すんだ」

「はい!」

 児ゴブリンの母は必死だった。

 私が最悪死ぬと言ったからだろう。ちょっと言い過ぎたかと思ったが、本当に危険なものだから少し怖がらせないと意味がない。許せ、母ゴブ。ちゃんと対処してやるからな。


 そうして、石(・)鹸(・)誤(・)っ(・)て(・)食(・)べ(・)ち(・)ゃ(・)う(・)と(・)こ(・)ろ(・)で(・)し(・)た(・)事(・)件(・)は解決し、石鹸作りはいったん終了となった。

「この石鹸、数日乾燥させないといけない。表が渇いても裏が渇いていないといけないから後日器から取り出す。それまでは子供の手が届かないところに保管しておいてくれ」

「「はい!」」

 統率の取れた、働き者たちの雌もしっかりと縦社会だ。

 なんというか、金儲けの臭いがプンプンしていて……、最高だな。



 その後、みんなで夕飯を食べ(ちゃんと手洗いしてもらった)、小屋に帰宅する。

 そして、今日あったことを振り返った。


 やはり、ゴブリン達は面白い。目がいいにも程がある。雑菌の存在が見えているんだから。でも、それを気持ち悪いと感じないのは、潔癖症の私からしたら驚きしかないが。まあ、それだから生きていけるのかもしれない。私が雑菌を見ることが出来たら、きっと発狂するに違いない。


 “ヴィヴァント・アポローグ”を引き寄せ、眠い目を擦りながらゴブリンのことを追記する。

 ・雑菌を確認できるほど目がいい。

 ・基本、幼稚園児と同じ。

 ・長の一声で雌が色めき立つ。

 ・子を思う気持ちは種族を問わない……と思う。


 石鹸を口にしてしまって慌てていた母ゴブリンの姿を思い出し、少し切なくなった。

 前世の母は忙しくて私にかまってくれることはなかった。今世の母は十歳までしか一緒に暮らせなかったがとても優しかった。どちらの母も、元気だろうか。側を離れてしまった親不孝な私に呆れていないだろうか。

 ほんの少し寂しくなって、涙がこぼれたのは内緒だ。


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