4.イケメン、イケボって……なんですか!
翌日、朝早くからゴブリンの集落へと向かい、調子の悪かった者たちを見て回った。顔色は……みんな緑色なので悪いのかの判断はできないが、笑顔が戻っているので回復したと判断した。
いつも側に張り付いてくる児ゴブリンの下へ向かい、家族の様子を観察する。この家族も大丈夫そうだ。
さて、次は手洗いや汚れたものを洗う習慣を教えていかなければならない。自分たちが身をもって体験した苦痛の原因を解き、どうすれば防げるのかを教えてあげるには、苦痛を忘れていない今しかない!
「児ゴブリン、集落の長はどこの誰だ?ちょっと説教……ん“ん”。教えを説いてやらねばならないから案内しろ」
顎クイして命を下した。
児ゴブリンは私の手を引き、うれしそうに集落の奥へと連れていく。そして一番でかい住処を目の前にし、驚いた。
「ここが、長の家?」
「うん。そうだよ」
「明らかに他の家と違うんだが」
「長の家だもん。そりゃ違うよ」
「あ、そうだね」
ゴブリンは縦社会のようで、長の存在は絶対的なものなのだろう。他の家は屋根があるだけのものだが、この家には地面から少し高さのある床があり、壁のかわりの布が垂れ下がっている。中の様子がわからないようになっているのをこの集落で初めて見た。流石、長の家だ。
「エーレさん、長に話があるんだろ。ちょっと待ってて。俺が様子見てくる」
児ゴブリンはちゃんと縦社会になじんでいる。偉い、偉い。
少し経つと、児ゴブリンが出てきて、「中に入っていいって」と私を中に招き入れた。そこでも私は驚いた。ゴブリンの長は、とてつもなくイケメンだった!
髪は金髪、瞳は蒼、背も高く筋肉が程よくついている。ただ残念なのが、ゴブリンだけあって肌が緑色だった。
「おしい……(肌が緑じゃなかったら)」
思わずつぶやいてしまった。
「オシイ?……いや、美味しいって言ったのか?」
ちょっと待て!声までイケボだなんて!それは世のメスがほっとかんだろう!……肌が緑だけど。
「あ……。お気になさらず。……ところで、この度この集落で起こったことで提案があってきました」
気を取り直し、今すべきことを伝えることにした。
「提案、というのは?」
くぅ!まじでそのイケメン顔、イケボをこちらに向けないでくれ!緑の肌だけど!
「ん“ん”!……その……、この集落の者たちの具合が悪くなったのが手や物を洗う習慣がないことで起こったことなのです。ですので、辛い思いをしたこの時にしっかりと自衛のためにも学んでもらいたいと思っているんです」
半ば自棄になりながら、簡潔に述べた。
「自衛……、なるほど。詳しく聞こう」
イケメン長は私の話に耳を傾けてくれ、洗う習慣の重大性を理解してもらえた。
長は他のゴブリンよりも知力があるということが分かった。イケメンでイケボ、更に高身長で筋肉もほど良くあり頭がいい。そりゃメスがほっとかないね。長の周りにスタイルのいいゴブリンの雌が常に侍っている。ゴブリンは一夫一妻ではないのだな。そう言う種族ってことか。平民の人間とは考えが異なるということを妙に納得してしまった。
画して、手洗いや汚れたものを洗うことを習慣づけてもらうために講習会を開くことになり、せっかくなのでその機会を利用して石鹸作りを一緒にしてしまおうと計画した。
材料は自然界で手に入れられるものばかり。イケメン長にお願いして用意してもらった。
前準備があるので講習会は翌日することになった。児ゴブリンを補佐にして今からしておかないことを進めることにし、調理場へと向かった。なんてことはない。ただ灰を集め、水に浸しておくだけだ。
「あんた、名前は?」
作業中、呼び方に戸惑うので、児ゴブリンの名前を聞いてみた。
「名前っすか?ないっす」
無いのか……。いや、そうかと思っていたのよ。ゴブリン同志も名前を呼んでいなかったもん。でもさ、言葉を話せるからさ、あるかもって期待しちゃったのよ。
「……名前がないと、不便じゃない?
「ん……。不便だと感じたことないっす。なんとなくわかるからいいかなって」
そう言う種族だったものね。でも、私のことはちゃんと“エーレ”って呼んでくれるのに、そこの違いは何にも感じないものだろうか。
「私のことは名前で呼ぶじゃない。それは何で?」
「エーレさんは人間だろう?名前がある人間にはちゃんと名前を呼ぶよ」
人間だから名前で呼ぶのか……。
「人間じゃなければ名前で呼ばないのか?他の種族は、どうなんだ?」
「ん~。名前で呼び合っている種族もいるよ。エルフとか、ドワーフとか。オークは名前で呼び合っているところを見たことはないかな」
うん。予想通りだ。
「あんたは名前欲しくないのか?」
ちょっと、興味本位で聞いてみることにしてみた。自我があるなら、もしかすると……。
「あ……。欲しくないわけじゃないよ。でもさ、俺達ゴブリンが名前を持つって……、“森の人”に許してもらえるかな……」
「森の人?人間がいるのか?」
「うん。魔界樹林の森に棲んでいる人間だよ。俺たちに言葉を教えてくれたりするんだ。たまに集落に来るんだよ。でもね、“森の人”は怒ること怖いんだよね。あ、見た目はエーレに似てるよ」
私に似ている?人間だからきっと同じに見えるのだろう。それとも、叱ることが似ているのか?
それにしても、名前で呼び合うことをその“森の人”にお伺いしないといけないのか。面倒だな。
「“森の人”に聞いてみたらいいじゃないか。そうすれば、みんなそれぞれ自分の名前が付けられていいと思わないか?」
「ん……。今は別に不便じゃないから、そのうちね」
児ゴブリンは言葉を濁し、苦笑いをする。こんな姿を見ると強くは言えない。ゴブリンのことはゴブリンが決めればいい。私がとやかく言うことではなかったと少し反省した。“森の人”の考えも本人に聞いてみたい。というか、会ってみたい。魔界樹林で暮らす人間。興味が湧かないわけがない!
「ねえ、“森の人”のこと教えてよ。よく魔界樹林で暮らせるね。私は森の中では少し息がしにくいんだけど」
「ん……。詳しくは知らないけど、“森の人”はずっと森に棲んでいるから息をするのは問題ないんだって。俺たちも息苦しく感じるから森の中では暮らせないけど。森の中で暮らしているのは魔獣か“森の人”だけだね」
大きな鍋三つに灰を入れ終わり、無邪気な笑顔の児ゴブリン。歯の抜けているその顔が弟に重なって見える。
そう言えば、弟の乳歯を私が手で抜いてあげたんだった。すごく大変だったけれど、歯医者代を節約できてよかったものよね。
「ん?あんた、歯が抜けたのね。親の歯はまだ生えてこないのね」
何気に、人間の常識で聞いてみた。
「ん?エーレは面白いこと言うね。“オヤノハ”って何?俺こけて歯がかけちゃったんだよ。歯が一本無いように見えるから、ちょっと恥ずかしいんだよね」
恥ずかしがる児ゴブリンはどうでもいい。“親の歯”の意味が解らないってことなのか?
「ちょっと確認。あんた達ゴブリンって、歯の生え変わりは?えっと、赤子の時から歯が生えてくるよね。その後、その歯が抜けて新しい歯が生えてくるってことは……ないの?」
「え?今の歯だけだよ。人間は今の歯が抜けて、新しい歯が出てくるの?面白いね!」
そうなのか……。ゴブリンは歯の生え変わりがない。確かに人間は特殊なのかもしれない。サメは早い種だと一日から十日で生え変わるという。種族によって異なるところが多々あり、面白い。
今日の食事は魚を串刺しにして焼いたものと果物だった。流石に食中毒を起こした者たちに作らせるわけにもいかなかったので、私と数人の問題のなかったゴブリンで用意をしてみんなで食べた。ほんのりと塩味のする焼き魚はやっぱり美味しい。
夕飯を食べ終わり、小屋に帰って今日のことを振り返った。
・ゴブリン達は歯の生え変わりがない。
・ゴブリンの長はイケメンでイケボ、高身長にほど良い筋肉。
・ゴブリンは一夫一妻ではない
・名前を持つ種族はエルフやドワーフで、ゴブリンやオークは名前を持たない。
・森に棲んでいる人間が存在する。
・森に棲んでいるのは、魔獣か“森の人”だけ。
「“森の人”ってどんな人なんだろう。ん?一人だけ?たくさん人はいるのかな?」
新たな疑問が出てくる。やっぱり面白い。
そうして今日も“ヴィヴァント・アポローグ”に書き留める。
ゴブリンのことはたくさん知ることが出来た。
出来れば他の種族や魔獣たちのことも知っていきたいものだ。
それにはまず、ゴブリンと私の食生活のために石鹸作りを成し遂げねば!
仕事が夏季休暇に入ったので、投稿を増やそうと思います。
次は明後日の20:00頃を目安に考えています。




