14.家族
お風呂から上がると脱衣所に服が置かれていた。きっとダーラさんが用意してくれたのだろう。側には厚手の布があり、これで体を拭くのかな。なんとも前世の生活に近いものがあり安心するのだが――。
「エーレちゃん!説明していないのにどうするのかわかっているんだね!人間界も同じなの?」
あ、勝手知ったるで、何も考えずに行動してたわ。ま、いっか。
「そうなの。ごめんね、先に聞くべきだったね」
「いいよ。あ、それが寝間着ね。私のものでごめんね。ちゃんと洗っているものだから安心してね」
アナちゃんは私にそう言って眉らしき場所をハの字にする。
「ありがとう。アナちゃんのを使わせてもらうことになってごめんね。えっと、肌触りがいいね。それにいい匂いがする」
「お互いに謝るって、変な感じだね。私は気にしていないから、これからは遠慮しないでね。匂いはね、洗う時に石鹸を使っているんだけどね、魔獣から分けてもらう体液を使っているからいい匂いなんだ」
ん?魔獣の体液?
寝間着を着る手を止めてアナちゃんを凝視する。
詳しく知りたい!
「エーレちゃん、まだ森の事とか魔獣とかよく知らないんだよね。その辺りは大人たちにおしえてもらうから一緒に聞かない?私たち子供は毎日いろんなことを学んでいるの。文字とか森のこと、それから森の人から教えてもらったこともね。石鹸も作ったりしてるから楽しいよ」
ほほう……。石鹸はオークの間では当たり前なのか。石鹸工場計画はゴブリンの間にだけ流通するものになるか……。まあ、今すぐどうこうするつもりはなかったからいいけど。
「一緒に聞きたいしいろんなことしたい。文字も人間界のものと違うんだろうし、楽しみだわ」
「よかった!エーレちゃんといろんなことしたかったの!あ、魔獣の体液は汚いものではないから大丈夫だよ。その、エーレちゃんは綺麗好きだろうから気になるかと思って言ったんだけど……、余計に気になったよね」
「あ……、気になった。けれどいい匂いだし。ちょっと戸惑った感じかな。その辺りも学べるのが楽しみ」
私たちは笑い合いおでこを合わせた。
アナちゃんとは気を遣うというのが薄い。心地いいというか、安心するからだろうか。
それにしても貸してもらった夜着もといパジャマはいい匂いだ。生地も柔らかいし。
あ、さっき言っていた魔獣に体液を分けてもらうって、危なくないのかな?
それから……。
アナちゃんのベッドに連れられ、一緒に横になって今日あったことを振り返っていると、眠気が襲ってきた。歩き回って疲れたし(歩き回ったのはダーラさんたちオークの雌だけど)、久しぶりの露天風呂で体がほぐれたし(前世からさかのぼると十年ぶり?)、いろいろ考えることが増えて頭が疲れてしまったようで、すぐに夢の世界へ意識が落ちた。
夢の中では前世の“黒木 美穂子”が実家の炬燵でみかんを食べていた。兄弟姉妹が集まり、みんなが笑顔だ。
みんな大人の姿ではない。楽しかったころを思い出した?
『姉ちゃん!久しぶりに会えてうれしい!ずっと一緒にいてくれるの?』
真ん中の妹が話しかけてきた。
『ん……。ずっとは無理なんだ。ごめんね』
夢の中の私は前世の家族に謝る。
もう、戻れないから。
この夢の中で言っても仕方ないのに、伝えたくなった。
『みんな、大好きだよ。お姉ちゃん、みんなが元気で安心した。また、夢の中で会えたら、いいな……』
家族が笑顔でぎゅっと抱きしめてくれる。温かい。安心する。
あ、そっか。
私、家族の温かさに飢えていたんだ。
今世では離宮でなんちゃって王族として暮らしていた。母親は優しかったけれど、一応王女として教育されていたから忙しかったし、母親と一緒のベッドで寝ることを許されていなかった。寂しくてもそれを言葉にすることを許されなかった。息苦しかった。
前世の世界に戻りたいと、強く思ったからこんな夢を見たのだろうか。それとも、オーク達が温かくて家族に会いたくなったからだろうか。
うん。どちらも、だろう。
『みんな、大好き』
体に圧迫感を感じ、少しずつ夢から覚醒していく。
懐かしかった家族との夢が、少しずつ薄れていく。
重い瞼を少しずつ上げて、ピントの合わない焦点がだんだんとくっきりとしていき、現実に戻る。目の前には、隣で寝ていたアナちゃんがギュッと抱き着いていた。
「あ、そうだった。オークの村に来て、アナちゃんと一緒に寝たんだ」
前からの抱擁はアナちゃんだと確認できた。
で、後ろからの抱擁って?
――誰だよ。
恐る恐る、後ろに顔を向ける。抱き着いているのは、ルドだ。
「キャーーーー!」
雄が!後ろから抱き着くって!どういうことよ!!
「あ、エーレちゃんおはよう」
「な、な、なんでルド君が!」
「あ……。エーレちゃんが泣いていたから」
え?泣いていた?
目元に手を持って行くと、確かに涙を流したかのように濡れていた。
「なんかさ、ほっとけなくてさ」
ルド君、意外にイケメンな事を言っております。
が!
後ろから抱き着くのは駄目でしょう!
「ルド兄!何してるのよ!母ちゃん!ルド兄が!」
アナちゃんが目を覚まし、ダーラさんを大声で呼んで大騒ぎになった。一応、何もなかったから忘れることにするかな。うん、忘れよう。
目の前で騒ぐオークの家族の様子を眺め、忘れかけている夢に思慕を募らせる。
忘れたくない。
大事な家族のことを、いつまでも。
夢って、見ているその世界が当たり前って感じるので不思議です。
夢は会いたい人を思っていると出てくると言うのが現在の考え方であっているのかな?
昔の人は、相手に思われて夢で逢うと言うのが定説だったようですが。
今回は、自分が望んだから夢に見た、という考えにしました。




