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「キャアアアァァァッ!!!!」
倒れるアイリスを見た見習い聖女と司教たちのほとんどが、その場から一斉に逃げ出した。残ったのは、ほほ笑みを絶やさない大司教ファリスと、認定されたばかりのユフィリア。そして泣きながら駆け寄ってくるカリンだけだ。
「アイリス先輩!アイリス先輩!!!」
「ゲホッ……」
カリンに身体を起こされ、アイリスは咳と共に血塊を吐き出した。
「だい、じょう……ぶ……にげ……なさい」
「リア・キュラルッ!!!」
アイリスの言葉を無視して、カリンが回復魔法を詠唱する。見習い聖女の体が白銀に輝くが、すぐに魔力光が霧散する。
「リア・キュラルッ!!!」
繰り返し詠唱するが、見習い聖女の熟練度では成功確率は三割ほど。ただ魔力を無駄に消耗するだけで、アイリスの傷が癒えることはなかった。
「……ユフィ……」
アイリスは、聖女になったばかりの同い年の少女の名前を呼んだ。だがユフィリアは拳を握ったまま俯いているだけで、動こうとしない。
「おい、てめぇも殺されてぇか」
アイリスに大穴を開けた張本人が、今度はカリンを見下ろしていた。ヒッ……と短い悲鳴を上げたカリンの体が、細かく震える。
「やめなさい……」
アイリスが立ち上がって、カリンの前に出た。ボタボタと血を垂らしながら。
「せ、先輩……!」
「ありがと、カリン。ちょっとは良くなったわ」
「う、嘘です。私は失敗してばっかりで……」
カリンが発動させた不完全な回復魔法は、それでもアイリスに立ち上がるだけの力を取り戻させていた。
「なんだ、しぶといな」
笑いながら言う男を睨みつけて、
「……リア・キュラル」
アイリスは小さな声で回復魔法を詠唱した。カリンの数十倍もの輝きが血だらけの全身を包み込み、腹部に穿たれた大穴が一瞬で塞がる。顔にも体にもこびりついていた血痕が、きれいさっぱり消え去った。
「何だ、その能力……」
「私の回復魔法は自分にしか発動できないの。でも言い換えれば――魔力が尽きない限り、何度でも自分を回復させ続けられる」
ベルナレニス教会の中でも、カリンにすら話したことのない秘密。他人を癒すことはできないけれど、自分自身であれば完璧に治癒できる。人に知られれば利用されると分かっていたから、ずっと隠してきた。
その場に残っていた大司教ファリスは、柔和な笑みを消してじっとアイリスを観察していた。聖女ユフィリアは目を見開いたまま、口をぱくぱくさせている。
「だが、聖女に攻撃魔法の力はねぇはずだ……俺が攻撃し続ければ、お前の魔力はいずれ尽きる」
男が再びアイリスに飛びかかろうとした瞬間、パチンと指を鳴らす音が聖堂に響いた。
「まったく、仕方ありませんね」
大司教ファリスが柔和な笑みを浮かべたまま、二人の前へゆっくりと歩いてくる。敵意も殺気も一切感じさせないその歩み方を見た死刑囚が、じりじりと後退る。
「お、おい!止まれ!」
アイリスは、男を憐れむように言った。
「やめなさい。あのおばさん、私とあんたをまとめて殺しに来るわ」
「……は?」
「燃え尽きなさい」
ファリスが静かに告げた瞬間、二人の足元に魔法陣が広がり、巨大な火柱が轟音と共に上がった。
「グィワアアアアアアァァァァァァッッッッ!!!!」
「ギャアアアアアアアアアァァァァァッッッ!!!!!」
猛烈な業火が死刑囚とアイリスを呑み込む。男の肌が爛れ、数秒で皮ごと焼き尽くされて骨すら残らずに消えた。だがアイリスは、炎の中でも白銀の光を纏いながら、焼かれていく肌をひたすら再生させ続けた。
「ゲホッ、ゲホッ……殺す気かっての」
悪態をつくアイリスを眺めながら、ファリスの口元には相変わらずの柔和な笑みが戻っていた。
「なるほど。物理ダメージだけでなく、魔法によるダメージも自己回復できるのですね。まさか私の魔法を受けて、完全に回復できるとは」
「まさか大司教様が攻撃魔法の使い手だったとは」
「まったく驚いていないようですね。聖女ユフィリアはあんな顔をしているというのに」
ユフィリアは目の前で起きていることを理解できていないようで、その場に座り込んだままアイリスとファリスを交互に見比べていた。
「いやいや、めちゃくちゃ驚いてますよ。聖女は攻撃魔法を使えないんじゃなかったですか?」
「私は聖女ではなく、司教です。この世にはあなたの知らない道理がまだまだあるのですよ」
「……見習い聖女アイリス。あなたを正式な聖女として認めます」
「そりゃどうも」
この瞬間、アイリス=ミドルシアという少女は、聖女アイリスとして生きていく道が決まった。
大きなため息が、荘厳さを取り戻した大聖堂にぽつんと小さく反響した。




