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聖堂の中で一番大きなホールでは、すでに見習い聖女たちの魔力測定が始まっていた。
純白の聖服に身を包んだ美しい少女が、目の前で鎖に繋がれた男を見下ろして「フゥ……」と小さく息を吐く。男の全身には幾つもの裂傷が刻まれていて、周囲には大量の鮮血が飛び散っていた。
「リア・キュラル……!」
魔法名を詠唱した瞬間、可憐な少女の全身が白銀の閃光を纏う。傷だらけの男を暖かい光が包み込むと、わずか十秒ほどで傷はきれいに完治し、周囲に飛び散っていた血痕まで跡形もなく消え去った。
その様子を見守っていた背の高い司教が、満足げな表情で告げる。
「聖女ユフィリア。あなたをCランクの聖女として認定します」
美しい杖を手渡されたユフィリアが礼儀正しくお辞儀をすると、聖堂内は拍手喝采に包まれた。
聖女――。それは回復魔法を操ることができる唯一の存在で、世界中から集められた膨大な魔力の少女たちの中でも、特殊な魔法を習得できた選ばれた魔法使いの総称だ。
「……はい、では次、アイリス」
年老いた女司教が名前を呼ぶ。しかし誰も前には出てこない。
「アイリス……!!!」
透き通った声が聖堂内に響き渡る。
「先輩!早く!!!」
「……ああ、もー」
バタンッと扉を開けて、カリンがアイリスの手を引きながら駆け込んでくる。
「ご苦労様です、カリン」
カリンが背筋をピンと伸ばして、大司教ファリスに一礼する。
「……あなたが最後ですよ」
大司教ファリスの言う通り、アイリスの他に測定を待つ少女の姿はどこにもない。先ほど認定されたばかりのユフィリアも、聖女だけが持てる聖杖をもう手にしていた。
「あ、ユフィ。おめでと~」
「……早くしなさいよ」
吊り上がった目でアイリスをちらりと見て、ユフィリアは素っ気なく返す。同い年なのに先を越されたことへの優越感なのか、それとも別の何かなのか。その表情の意味は、アイリスにはよく分からなかった。
手をひらひら振りながら、アイリスは祭壇の前で鎖に繋がれている男の前へと進んでいく。
ファリスが男の足元に描かれた魔法陣に魔力を流し込む。すると「ウオアアアアァァァァッッ!!!!!」と叫んだ男の体から再び大量の血液が噴き出し、全身がビクビクと痙攣し始めた。大司教は眉一つ動かすことなく、冷たい目で男を眺めながらアイリスに指示を出す。
「……では、この者の傷を癒しなさい」
「全く、ひどいことを……」
アイリスは血の塊を口から吐き出している男の元へ近寄った。
「……あんた、何して送られてきたの?」
見習い聖女の回復魔法を測定するために使われているのは、世界各地から集められた死刑囚の男たちだ。処刑前にベルナレニス教会へ送られてくる時点で、よっぽど凶悪な事件を起こした人間だと思っていい。
「ゲホッゲホッ……女を犯して殺しただけだ」
下衆な笑みを浮かべながら、死刑囚がアイリスを見上げる。
「……何人くらい?」
「さあな。百から先は数えてねぇよ。なんだ、俺に回復魔法かけたくなくなったか?」
「別に」
両手を男の全身にかざして、アイリスは静かに答えた。
「私の仕事はただ傷を癒すだけだから」
体内で魔力を練り上げながら、魔法名を口にする。
「リア・キュラル!」
ユフィリアよりも強力な魔力の光が放たれる。白銀の輝きが傷だらけの男の身体を包んだが、すぐに魔力光は霧散し、男の傷が癒えることはなかった。
「あーあ。やっぱりダメか」
クスクス笑い出す周囲の聖女や司教たちを睨みつけ、アイリスは聖服の中から取り出した小瓶の液体を男の口へ流し込み、手際よく応急処置だけを進めていく。数十秒で処置を終えて立ち上がると、大司教が小さく拍手をしながら言った。
「……フフ。お見事な手際ですね。ですが、回復魔法を使えない者を聖女と認定するわけにはいきません」
「……まあ別にそれでいいです」
アイリスは、聖紋を持ちながらも回復魔法を発動させることができない。教会に連れてこられてから五年。どんな手を尽くしても、リア・キュラルすら一度も発動を成功させたことがなかった。
強がるアイリスを見て、周囲の聖職者たちがクスクスと嘲け笑う。悔しそうな顔をしたカリンが何かを言おうとした、その瞬間――死刑囚の男が自らを拘束していた鎖を破壊して、アイリスに背後から飛びかかった。
「クソ共が……殺すッ!!!!」
「先輩ッ!」
カリンが駆け寄ろうとするが、近くにいた司教たちに動きを止められる。聖堂内に緊張が走った。
「死ねェェェ!!!」
死刑囚が破壊した鎖の破片に魔力を纏わせ、アイリスの腹部を貫いた。膝をついたアイリスの鳩尾から下に大穴が穿たれ、絢爛な聖堂にどす黒い血が広がっていく。




