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見習い聖女の一日は、聖堂に鳴り響く不快な鐘の音に起こされるところから始まる。
「ふわああぁぁ……んにゃ」
ベッドの上でまどろむアイリスは、既に着替え終えている同部屋の少女が微笑みながら見てきていることに気づいた。
「……アイリスせんぱい! おはようございますっ!」
「………」
「起きてくださぁい!」
「むりぃぃぃ………」
後輩の見習い聖女カリンが、キンキン頭に響く声を出して起こしてくる。引きはがされそうな布団にしがみつき、アイリスはベッドから何としても離れようとしなかった。
「カリン……朝っぱらからそんな声出さないでよ」
「あ・さ・で・す・よッ!!!」
「いや、まじでウザいって……」
ギャアギャア騒がしい一歳年下の後輩と、毎朝こんなやり取りをするようになってちょうど五年が経つ。ベルナレニス教会に所属する見習い聖女は、二人一組で同室生活を送るのがここのルールだ。
そもそもベルナレニス教会というのは、この世で唯一、回復魔法を扱うことができる存在――聖女――を管理する機関である。膨大な魔力を秘めた少女たちを世界各地からかき集めては、一人前の聖女になるまで「育成」している。育成なんて綺麗な言葉を使っているけれど、要するに監禁だ。
「今日は司教様に呼ばれてるんですよっ!」
「んんああぁ。カリン一人で行ってきていいよ」
「だめです!今日は先輩の測定日なんですから!」
「うにゃあああ……。あと五分………」
「二時間前からずっと言ってるじゃないですか!」
「……カリンも一緒に寝ようよぉ」
「何言ってんですか、いい加減に……キャアッ!」
カリンの手首をつかんで、布団の中に引きずり込むアイリス。
「なははぁ。気持ちよくしてあげる」
「ちょっと待って。服脱がせないで……って、どこ触ってんですか!」
「どこも何も、あんた触るところまだ出てきてな……」
「出てきてますぅ!」
二人でキャーキャーじゃれ合っていると、どこからか「見習い聖女アイリス、今すぐ聖堂ホールへきなさい!」と爆音で自分の名前が呼ばれるのが聞こえた。拡声の魔法で増幅された声が、石造りの廊下をびりびりと震わせる。
「……うっさい婆だなぁ。なんかめっちゃ不機嫌じゃね?」
「そりゃあそうですよ。今日は測定日なんですよ?」
「えぇ、だってどうせ測定したって意味ないしぃ」
不貞腐れたように言うと、カリンがアイリスから布団を奪い取り、無理やり体を起こした。
「私たち見習い聖女は、回復魔法の能力を認められないと、聖都の外に出れないんです。アイリス先輩はずっとこのままでいいんですか?」
聖女になる素質を見込まれて世界各地から集められた少女たちは、回復魔法を習得して初めて正式な聖女と認定され、聖都サントレルムの外に出ることを許可される。外に出たところで、教会が選んだギルドに所属させられて行動を監視されるだけなんだけど、まあ聖都に閉じ込められているよりはマシだ。
「それに、アイリス先輩はもう十五歳ですし、今日クリアしないと、もう聖女には……」
言いかけたカリンの方が泣きそうな顔になるので、アイリスは苦笑いしながら後輩の頭をぽんぽんと撫でた。
15歳までに聖女としての能力が開花しなければ、見習い聖女はベルナレニス教会の修道女として一生聖都から外に出られない。過去にそうなった見習いはひとりもいないらしく、アイリスは今や教会内でこっそり異端視されていた。
「えー、でも私、ここで寝て起きてご飯食べる生活ができればそれでいいかなぁ……とか思ってるけど」
「……嘘ばっかり」
「アイリース!……アイリース!」
さっきよりさらに怒りが増した司教の声が廊下に響き渡る。
「だあああ!もう!いいから一緒に来てください!アイリス先輩連れてかないと、私が怒られるんです!」
「えぇえ……」
カリンに背中をぐいぐい押されて、アイリスは寝巻のまま聖堂へ向かう廊下を、憂鬱全開な顔で歩いていく。
「それにしても、何でアイリス先輩は回復魔法を使えないんでしょうねぇ……」
隣を歩くカリンが首を傾けながら言う。聖女と呼ばれる少女たちには、他人の病や怪我を回復させる唯一無二の能力が与えられている。だからこそ世界中の王族、貴族、冒険者たちから敬われているわけで。
「……さあね。私の魔力が特殊なのか異常なのか……どっちかだとは思うけど」
アイリスは欠伸をしながら、どこか他人事みたいに答えた。




