75 命を燃やせ
次は明日の昼目安の更新です。
霊は神殿に近づくにつれ、多くなってくる。彼女は教会の敷地の入り口まで来ると振り返った。
「神殿の祭壇に裏にある、地下への入り口から入れます」
軋む扉を開けて礼拝堂を走り、祭壇まで走る。 全員で急いで祭壇後ろに回り込むと、女性は何に触れることなく地下への道を開いた。地下へと続く階段が魔物の口に入って行くような心地がして不気味だ。
「ベルジュ、これ、ちゃんとした呪われ案件だよね?」
『うむ』
ちゃんとした呪われ案件って何なんだ。私としては全力で辞退申し上げたいのだが、ベルジュの呪いポイントが貯まらない事には仕方ない。私に、今現在は仕事の自由は無いのだ。
カツンカツンと足音が響く不気味な地下道で、セイカさんが魔法で灯りを灯した。
「きゃっ!!」
横を見ると、女性の肩の輪郭が崩れていた。
「……すみません。サーリャさんが、灯りをお願いします」
セイカさんが灯りを消して、サーリャさんに引き継ぐ。
『愚かだな、クレリックのライトの魔法は、それだけで霊に影響が有る。特にそのような曖昧な小娘のような者にはな』
「それって、強制的に成仏させられるって事か?」
『うむ、しかしその小娘が《根本的な問題》とやらを解決せねば、どうにもならんぞ』
「結局《根本的な問題》って何なんですか?」
私とベルジュから視線を向けられて、女性は立ち止まって、初めてしっかりと私達を見る。
「私の体を殺してください」
話はこうだ。浄化の指輪に反転の鏡を使って大神官を疫病にかかったと見せかけて退けたは良いが、村中に疫病が広がってしまい、村人全員が死亡してしまった。むろん彼女も例外では無くーーーーーー。
「彼は私の体を保存しているんです。そこに魂を吹き込めば息を吹き返すと思い、他人の魂を集めて、反転の鏡を使用して私の体を保ち続けているんです。私の魂が死んでも、体が保ち続ければ彼はやめないでしょう」
『ニンゲンは不老不死、生き返りなど、自然の摂理に反する事ばかり願うな』
呪いのアーティファクトに言われちゃ、今回の遺物も遣る瀬無いものである。
『今現在は霊を集めている所で、この村の霊も大多数吸い取っている状態だな。間に合ったのが僥倖とも言えるぞ』
「ここからは、お静かにお願いします」
女性は「しーっ」と口元に指を立てる。私達はサーリャさんに魔法で足音を消してもらい、そろそろと歩く。やがて、一つの部屋の前で止まった。
「ここです」
聞こえるか聞こえないかの音量で、女性は扉の中を覗いている。私もそっと覗いてみると、部屋の中は殊更に異様であった。部屋はうす暗く、灯りと言えばあちこちに立っている蝋燭だけだ。
部屋の真ん中には祭壇が有って、女性が寝かされている。顔に生気が無く呼吸していない事が遠くから見ても分かった。地面にはびっしりと黒い魔法陣が書かれており、魔法陣から女性に黒い霧が入って行っていた。
「あそこに有るのが私の体です」
ポツリ
女性が呟く。
「お願いします。私の体が有る限り、彼はあの儀式はやめません」
それを聞くや否や、イクリスさんは扉をガタンと開ける。
「儀式は、そこまでにしてもらおうか」
男は金の髪を振り乱して、目が血走っている。音に驚いて一瞬怯むが、直ちに戦闘態勢に入った。
「その女性の体も持ち主は、とっくに亡くなっている。いい加減諦めたらどうだ」
「うるさい……うるさい、うるさい、うるさい!僕は、イザベルを取り戻すんだ!」
男性は半狂乱になって杖を振り回す。その間にも女性には霧がぐんぐん入って行っていた。
『ほー、反転の鏡とは、やはり呪具なのだな』
いつのまにやらベルジュが肩から降り、祭壇に寝かされている女性の遺体の傍に居た。
「イザベルに触れるな!」
男はイクリスさんと対峙していたというのに、身を翻してベルジュの方に向かう。
『そやつを止めろ』
私は腰につけていた、支配の王笏を手に取る。使うのは初めてだが、効くだろうか?王笏を高く掲げ、相手の動きを妨げるように祈る。
「!?」
黒い茨のような物が伸びて行き、男を囲って動きが明らかに悪くなり戸惑っている。私も効くかは半信半疑だったのだが、本当に発動出来て、自分で驚いている。……なんかこう……今の私は邪悪っぽく見えないだろうか。
「くそっ」
脂汗を垂らしている男を尻目に、ベルジュが手をかざし、女性にとりついている霧をどんどん吸い込んでいる。それに伴って、女性の体が金色に輝きながら、ホロホロと崩れていく。
「やめろ……やめろ!!」
『もう遅い』
ベルジュの言葉通り、最後の霧がベルジュに吸い込まれていくと同時に女性の体は光となって消え失せた。男は呆然として床に膝をつき、一言も発さない。
そこへ、先ほどの霊の女性が男の前に進んだ。
「イザベル……」
男は何とも言えない顔をして、女性を見る。
「アベル、もうこんな事は止めて。人々の命を奪っても、私は生き返らない。お願い、あなたがこんな事をしているのが本当に苦しいの」
女性の目からは、また、ホロホロと涙が出ては宙に消えていく。
「…………」
『人の摂理を曲げる事は、高い代償が伴うぞ』
ベルジュから暗い影のようなものが出たかと思うと、ザッっと男性を襲った。
「あっ」
女性が男性を庇うように前に立った。
『今だ、除霊しろ』
「あ、はい。”スピリチュアル・ディスペル”!」
セイカさんの呪文を受けて、霊の女性はユラっと影を揺らしたと思うと、男性の耳元で「これまで有難うね」とだけ呟いて溶けた。それと一緒に男性は影に飲み込まれて消えてしまった。
「……あの男性ごと消しちゃって良かったの?」
私が男性が消えてしまった虚空を見ていると、やりきれない気持ちになる。
『どうせ、もう力を使い過ぎて魂が半分ほど摩耗しておったわ。消えるのも時間だったし、輪廻転生の輪からも外れておるだろう。早いか遅いかの問題だったぞ』
「…………」
足元には”浄化の指輪”と”反転の鏡”がコロリと落ちていた。
”反転の鏡”は先ほどまでの黒い色が抜けて、透明になっている。
『ワシが力を吸い過ぎて、魔力が無くなったな』
一人の命の塊を固定できるほどの呪具の力を、ベルジュは吸収したのか。初めてベルジュに感心した。
『これで結構貯まったぞ。後一件か二件同じような依頼を受ければ力が貯まるな。楽しみだぞ』
ベルジュは、朝焼け色の目を細めながら、二ッと見える……ような表情をした気がする。




