65 ”夜霧のワルツ”と桜貝
途中から視点が変わります。
次回は、明日の昼更新です。
今日はアリスさんは歌劇の観覧に行っているので、1人、帰宅の路についている。
悩み相談しようにも、とてもでは無いが帝都一のSランクパーティー”放浪の旅路”に誘われているなど言えるわけが無いので、かえって有難い。そしてそれが食事係など、格好悪いのにも程が有る。
ふわふわとした足取りのまま歩く。
「あれ、セルフィさん?」
後ろから、知った声がかかる。
「イクリスさぁん……」
「わっ、顔色悪いね。家まで送って行こうか?」
『こいつは今日、フラフラしておるから、特別に送る事を許すぞ』
珍しくベルジュが私の事を気遣ってくれる。私の顔色そんなに悪い?
「いえ、とてもじゃないけど、真っすぐに家に帰れるわけ無いです。今、お時間有りますか?」
「え、特に予定は無いけど……」
「じゃあ、私に付き合って下さい!今日はこのまま帰れません!」
イクリスさんの肩がピクリとするが、すぐに返事が来る。
「何か心配だから付き合うよ。どこに行こうか?」
「私の行きつけの店が有るので、そこに行きましょう。奢りますよ」
”夜霧のワルツ”は食事もお酒も美味しいし、男性でも満足してくれるだろう。私の料理で有難がってくれるなら、”夜霧のワルツ”の食事も口に合う筈だ。
「奢らなくても良いけど、確かにそのまま帰す方が危なそうだから付き合うよ」
こうして私達は”夜霧のワルツ”に入る事になった。
お酒と食事を一気に頼むと初っ端からフルスロットルで愚痴を言う。
「聞いて下さいよ!」
ダァン!とテーブルを叩き、叫ぶ。
「”放浪の旅路”が、今日、いきなりギルドに来て、勧誘してきたんですよ!」
イクリスさんがビクッとする。
「まさか加入する訳じゃないよね?」
イクリスさんの目が座ってるのも気付かず、私はテーブルの上のナッツを摘まむ。
『そやつは、随分としつこくされておったぞ』
ベルジュはお皿の上で、枝豆をキャンプファイヤーの土台のように組み立てながら言う。器用だな。
「行く訳ないですよ!金を積んで人を引き抜こうとするなんて、姑息です!」
「大変だったんだね……」
思い出すだに腹が立つ。
「ふーっ、イクリスさんに聞いてもらって、少しは落ち着きました。でも、今後なるべく”放浪”とはカチあわない仕事したいです」
普段は進んでお酒を飲まない私だが、やりきれなくてカクテルをあおる。イクリスさんは優雅にワインを飲みながらウィンナーを食べていた。
「そうだな。今回の遺跡にはもう障害が無いから、数パーティーで組む意味が無い。セルフィさんさえ良ければ、俺からギルドに”氷雪”を捻じ込んでみるよ」
うりゅ……。不特定多数の人と一緒に仕事をするなら見知った顔が居るのが、どんなに楽かを思い知った。
それが”氷雪”だと安心だ。
確かに”放浪”は、流石Sランクパーティーと言う感じですごかったんだけど。傲慢な感じがして、好きでは無かった。
「じゃあ、改めてお願いします!」
私は笑顔で握手を求めた。イクリスさんはおずおずと言った感じでは有ったが、しっかりと手を握ってくれた。
覚えてるのは、ここまで。
気付けば上着を脱いでベッドに横になっていた。上着は皺が寄らないように、きちんとハンガーにかけられている。
これは、何かやってしまったな……。
**************
テーブルに突っ伏したセルフィさんを見て、何とも言えない気持ちになった。まさか、カクテル一杯で潰れるとは思わなかった。
上気した頬に、桜貝のような唇から熱い寝息が漏れている。何とも煽情的だ。
『いやらしい目で、コヤツを見るな』
「ゴホッ」
ベルジュが目を細くしてこちらを見てくる。そこまでではなくても、胸の内を見られたような気がして、むせてしまった。
しかし、邪な気持ちで話を聞きに来たわけでは無いので、紳士的にしなければいけない。ウェイトレスを呼んで勘定を済ますと、肩を貸す。こんな無防備な姿は、他の男には見せられないな。
幸い彼女の住居は知っているし、然程遠くない。ヘロヘロな彼女を支えて、ようやく部屋に着いた。以前、部屋を教えてもらっていて良かった。
「セルフィさん、鍵出せる?」
「鍵はぁ、えと、かばんの内ポケットれす……」
まだ一応というか、簡単な会話くらいは出来て良かった。これで鍵の位置を教えてもらえなければ、どうしたらいいのか分からなかっただろう。
鍵を開けて中に入ると、薄暗い中でベッドに寝かす。散々悩んだが、一番上の上着だけ脱がせてハンガーに吊った。
コホンと咳払いをして、テーブルの上のメモに一筆書く。ベルジュの事を忘れていたので探すと、ドールハウスのベッドからピョイっと飛び出してきて手を差し出す。
「?」
『鍵』
「え?」
『鍵を渡して、さっさと帰るがいい』
ごもっともだ。ベルジュは最近はセルフィさんに対しては険が取れて来た気がする。……セルフィさん以外には相変わらずけんもほろろだが。
「はいはい、鍵は任せるよ」
チャリンとベルジュに鍵を渡すと、素直に出て行くことにした。
「おやすみ、セルフィさん」
その夜は、いつもより月が奇麗だった。




