52 桜色の夢
一日二回更新していたのですが、どこまで遡れば良いのか読みにくいとの事ですので、明日から20時目安更新になります。よろしくお願いします。
「じゃあ、ここに線を書きますよー」
少女は、私達を広い場所に案内してきたので、今は徒競走の準備をしている。もちろん私は審判をする側なので、線を書いたらゴール地点で見ているだけだ。”氷雪”は全員が走る事を選んだので、免除されているのを良い事に、高みの見物である。
スタート地点を見ると、それぞれ体をほぐしていた。夢の中でも体ほぐして結果は出るのかは疑問だが、こういうのは雰囲気だ。ちなみに装備込みで走るらしい。中々に本気である。
さて、皆様のお手並み拝見だ。
「位置について……よーい、スタート!」
”氷雪”はやはりと言うか、普段から鍛えてるので、早い事早い事。「少女の世界」と言うからには、少女がダントツだと思ったのだが、意外に真面目に走っている。
「絶対勝てる遊びは遊びじゃない」と言った事が効いているのだろうか。もう既に10回は走っているが、鍛えている彼らには勝てない。かと言って手加減したら、それはそれで怒りそうだしね。
只今、少女は0勝10敗。よくもそこまで走るものである。ズルをしていないせいなのか、本来の力では、勝てないらしい。鍛えている人間と引きこもり少女が競争しても、少女が負けるのは自明の理である。
それを悟ったのか、少女は私を指差してくる。
人を指差しちゃいけません!
「今度は、そのお姉ちゃんと走る!!」
なん、ですと……?
「あのね、お姉ちゃんは普段運動してないから、皆みたいに走れないよ」
「でも、お姉ちゃんだけ走ってないじゃん。私は皆と遊びたいの」
目をウルウルさせて懇願してくる。……泣く子には勝てない。斯くして、運動不足vs引きこもり少女の競争に発展してしまった。
「頑張ってくれ、自分も応援している」
ガイアスさんが声援を送ってくれるが、私の方は泣きそうだった。何が悲しくて、夢の中で徒競走をせねばならぬのか。数十分前の自分の後頭部をどつきたい。何故そんな提案をしてしまったのか。
私はヨロヨロと線の前に立つと、フォームをとった。少女は、さっきとは打って変わってニッコニコである。私の方はいっそ気絶したいのだが。
「位置について……よーい、スタート!」
イクリスさんの声が木霊する。
夢の中のおかげで軽やかなせいなのか、思ったより早く走れる。走れるが、少女は私を抜いていってぶっちぎり、余裕の1位である。
少女は勝てた事が嬉しいのか、もっともっとと、せがんでくるではないか。お姉ちゃんは、そんなにスタミナ無いんだよ……。しかし、断ったらまたろくでもない、”人と競争するために人間を取り込む”に方向に変える事にしたら台無しだ。もっとも取り込んでも大概の人は寝てしまうらしいが。
ここは耐えて付き合う他ない。
斯くして計5回突き合わされて、もう私は虫の息である。
みっともない事に、私は地面に突っ伏してしまっている。少女は私の顔を覗き込んで「お姉ちゃん、大丈夫?」と聞いてくる。全然だいじょばないよ。
「お姉ちゃんは、ちょっと、限界かな……」
ぜーぜーと息の整わないまま答えると、少女は僅かに同情するような顔をする。同情するなら、もう解放して欲しい。そう願っていると、少女は体を半回転して、”氷雪”と私の顔を見て爽やかな笑顔を浮かべた。
「もういいや、おじちゃん達も一緒に返してあげる。もう玩具になっちゃった人は返しようが無いけど。遊んでくれてありがとう、楽しかったよ。じゃあ、バイバイ」
少女が手を振ると、強制的に意識が引っ張られた。まるで吊り上げられた、魚のような気分である。
急激に体が重くなったあとに、頬を”むいむい”と押される感覚がする。
『ほれ、目覚めよ。夢から引っ張り上げてやったぞ』
どうやらベルジュの手で押されていたようだった。
「そうだ、ぬいぐるみ!!」
私がガバッと起き上がって女の子のぬいぐるみを見ると、まるで灰が崩れるかのようにホロホロと体が消えていった。
『フム、もう気が済んだのであろうな。クレリックの小僧を最初に起こして、全員を覚醒させた方がいいぞ』
それを聞いて、慌ててセイカさんを起こしに行く。
「セイカさん、起きられますか」
ユサユサと揺さぶると、若干だるそうにセイカさんが目を開けた。
「うわっ、夢の中だったのに疲労感がすごいですね。とにかく皆を起こします」
「”覚醒”」
部屋の中心で、セイカさんが清涼な声が響く。
そうして、鑑定科の職員を含めた全員が目が覚ました。職員の方は少々衰弱している程度だそうで、魔法ではなく、それぞれの家で休養させる事になったそうだ。
セイカさんに回復してもらえないのかとイクリスさんにコッソリ耳打ちしたが、本来クレリックの魔法は希少で、多額の寄付が要るそうなのだ。セイカさんは普段は神殿にいるわけでは無いが、個人でそう言う事をするとキリが無い上に、神殿の中で揉める原因となるそうで、簡単には使えないという事である。
そうだったのか。私は今まで滅茶苦茶気軽に使ってもらっちゃってたんだけど、実は相当な金額のお金が要ったり?体がブルッとするが、イクリスさんが「君からは取れないよ」と言って笑ってくれたので、安心して明日からも生きられそうである。
こうして呪いの少女人形事件は幕を閉じたのである。




