33 売り手市場と買い手市場
東の迷宮ダンジョンは歩きで片道2日程。行き来がしやすいので更に人気も出るというものだ。そのダンジョンは中が広く、結構な数のパーティーが入っても、イモ洗い状態になる事は無い。
未だ浅い層は安全と言われてはいるけれど、念の為にと、ここ数日でシーフ募集の依頼がぐっと増えた。ラウンジに、お互いに馬が合う合わないを話し合ってパーティーを作るのを決めている冒険者をよく見かける。
「セルフィちゃんじゃん、景気どう?」
私が鑑定室から窓口へとカートで金貨袋を運び込んでいる時に、顔見知りのシーフのナユさんが窓口に寄りかかって話しかけてくる。しばらく大陸に行ってたらしいので、会うのは久しぶりだ。
出発する頃に窓口に居なかった私でも顔を知っている。それだけ、頻繁に出入りをしている冒険者なのである。
カラメル色の後ろでくくった長髪、赤くて鋭い目。黒と深いカーキ色の装束を見につけていて、シーフの代表みたいな恰好の人だ。代表じゃない所はチャラいという所か。目つきは悪いが顔がキリリとしていて整っているので、彼に夢中になっている女の子もこの街には多い。だが、恋多き男なので如何なアリスさんでも当たりは厳しい。
「東の迷宮で賑わってますからね。景気だけはいいですよ」
「そかそか、それでデートしよ?」
脈絡なさすぎだが、これはデフォだ。彼は息をするように女の子を口説いてくるので、これが通常営業なのである。軽いので、ギルド嬢内ではあんまり相手にされて無いけど。あと、それを今言うと……
『痴れ者がぁ!!』
ナユさんの横から見えない何かが飛んできて、ガァン!とすごい音がした。一瞬遅れて私の髪がそよりと風に吹かれてゆく。壁の方を見ると、ナユさんが壁にめり込んでいるではないか。なるほど、あの風圧で今までの男たちは吹っ飛ばされていたのか。そりゃ、壁にもめりこむわ。
「は?え?何それ?」
ナユさんが目をぱちくりするが、もはやこのギルドではお馴染みの光景だ。横の窓口からアリスさんがカウンターに肘をついて、クスクスしながらナユさんに視線を向ける。ラウンジ内の他の冒険者の一部は、気の毒そうに見ているが。その中には経験者もいるので、誰も何も言わない。
「今、セルフィには小さい騎士がいるからねー。手を出そうとしても無駄だよん」
アリスさんはケラケラと笑っているが、ナユさんはまだ愕然としている。初めて見るなら、そらビックリだよね。ナユさんは、ふーっと深く息を吐くと、ようやくヨロヨロと立ち上がった。こちらに歩いてきて、窓口に顎を乗せてベルジュを指差す。
「これが、セルフィちゃんの騎士ぉ?」
『指を指すな、この破廉恥男め!』
破廉恥て。流石5000年前のアーティファクト、古い言葉使うね。
ベルジュによって、その指はアッサリと叩き落とされる。さっき吹っ飛ばされたばかりなのに、学習してない所は感心してしまう。
「もう、軒並み窓口の女の子は、簡単には口説けないよー」
ニヤニヤとアリスさんは言うが、ナユさんはあっけらかんとして言う。
「デートだけだから口説いて無くない?付き合ってとか言って無いし」
不誠実すぎるしチャラすぎる。一回ご飯に付き合って終わりとかなら良いけど、その後に複数回誘われるらしいし。
「それよりも、今はシーフの需要がうなぎ上りですから、儲け時ですよ?」
「ふーん」
「あんまり興味なさそうですね」
ギルドに様子を見に来たと言う割に、依頼ボードの方は見てはいるが他のパーティーに声をかける様子も無い。どうやら、積極的に仕事を探しに来たわけじゃないらしい。私が頭の上に疑問符を浮かべていると、ナユさんがニヤッと笑顔を浮かべてこちらを見る。
「まだ帰って来たばかりだから、皆の顔を見に来ただけ。ギルド内の様子も分かったから数日は遊んで暮らすよ。じゃね、セルフィちゃん、アリスちゃん」
そう言うと、彼はこちらに手を振ってから笑顔でギルドから出て行ってしまった。
「本当に何しに来たんですかね」
「まさか本当にギルド嬢の様子見に来たわけじゃないだろうし、シーフの相場上がるの確認しにきたんじゃない?」
「なるほど……」
その間にも、次々とシーフを入れたパーティは成立していく。本当にゴールドラッシュ的に盛況なんだな。ダンジョンに行くだけなら依頼書は必要ないのだが、パーティーを組む場合は生きて帰るか分からないので、一応は申請書を書いた後にドッグタグを持っていく。万が一の場合、通りがかった他のパーティーが持ち帰ってくるのが鉄則なのである。
手を動かしていても、中々冒険者の列は途切れない。きっとこれが終わったら準備をして、すぐにダンジョンに潜るのだろう。
私が窓口に入ってまだ三か月くらいだが、その短い間ですら帰ってこないパーティーも有った。だから窓口は嫌なのだ。彼らが無事に戻ってくることを祈る事しか私には出来ない。




