29 路地裏の怪異
夜の街を走る。
あれから半月、予想に反して新月の夜に事は起こった。”氷雪”の拠点に通報が有ったのだ。商店街裏路地二番街。そこに例の男が出て、周りの人間の生気を吸ってい居るそうだ。
通報者は頬がこけて目の下に大きくクマが有り、今にも倒れそうだった。かなり興奮した様子で、セイカさんの鎮静の魔法をかけてもらい、ようやく少し落ち着いたようだ。
現場は私達の拠点からほど近く、事件発生から時間はあまり経過していなかった。
とにかく走る。一刻を争うので私のスピードに合わせずに先に行ってもらう。流石に私はあのスピードには付いていけない。
私は男が呪いを振りまいている現場をベルジュの勘に頼りながら必死に後を追った。裏路地は入り組んでいるので、追い付くのは結構難しい。しかし、現場に近づけば近づくほど空気が重い。
前回は緊張は感じても、そこまでは感じなかった。
『ワシが居るからこの程度で済んでいるのだ。かなり近いからそう感じるのであろう。冒険者でも無い、耐性の無いセルジュなら、本来は他のニンゲンと同じように生気をもっていかれとるぞ』
肩でベルジュが恐ろしい事を言っているが、現場に突入せねばならないのでそれどころではない。肩で息をしているが、そもそも私が今回行かなきゃいけないのってベルジュの意地のせいじゃなかたっけ!?今回の件が片付いたら、どうしてやろうか。
体力作りをしていたおかげか、予想より早く着いた。
と言っても”氷雪”は私よりもずっと早く到着していたので、既に剣戟が繰り広げられていた。ちょっとした幅の広い道に、男三人が壁に寄りかかっていた。顔色が悪く、意識は無い様子だ。息を整える為にも、路地の角から様子を見てみる。
聖魔法を付与して光り輝くイクリスさんのロングソードとガイアスさんのバスタードソードが、ひょいひょいと躱されていた。サーリャさんの炎魔法も発動時間にラグが有るので追い付いていない。セイカさんの短詠唱の聖魔法だけがチリチリと相手の服を焼いている。
男は不協和音交じりの、心底楽しそうな声を出す。
「アハハ、当たらナいよ。4人ならドうかと思っタけど。オレを屈服さセたければ、こノ間のお姉さんを連レてくれバ?」
狂った機械のような声が裏路地に響き渡る。路地は男の操る影から湧き上がる悪霊と”氷雪”の聖魔法を纏わせた剣と魔法で光と影が入り乱れて稲妻のように点滅していた。
剣を躱し、聖魔法をを避け、炎魔法を影で包む。
それをものともせずに、男は既に体自体が影に包まれており、黒い煙を纏っているかのように見えた。
「ちょっとベルジュ、この間より強くなってない!?」
『そうだな、もう充分力を集めきったのだろう。後はそれを何に使うか、だが……』
私達がヒソヒソと話していると、金属音のような声が上から降って来た。
「お姉サん、見ィつけた。遅かっタね?」
男は、見ようによっては少年のような屈託ない笑みを浮かべる。……全身が影に包まれていて、爽やかさとは程遠いが。
「私に何の用なの?」
肩にベルジュが居ても、寒さと圧を感じて、じりじりと下がってしまう。
「オ姉さんト言うよリ……そっチのアーティファクトに用事カな?」
『……………』
男は、白い髪から出てる首の後ろの小さな尻尾のようなみつあみを指で弄る。こちらを見ているようで見ていない、不気味な目だ。
「そのアーティファクト、俺にチょうだい?」
その場に緊張が走った。
「こノ間の調査で持ち帰らレた遺跡の出土品に、古代の願望器が出たっテ聞いタんだ。人間ノ精神なんテ、ちょッと狂わセればすぐニ白状してくれルよ。俺が聞いたノは遺跡調査員だったかな?俺ノ、未来視のアーティファクトは不良品で二回で壊れちゃったけど……願望器の方が丈夫だシ、いイなァ」
だかラね?
男は首を傾げる。
「人間カら生気を吸っテ吸って吸ッて吸って……殺すト足がすぐ付いチゃうかラ生気だけにしたンだけど……俺に追いつくノは意外に早カっタね」
『目的はなんだ』
ここでようやくベルジュが口を開いた。重い局面の割には大して面白くなさそうな様子だったけど。
「ソんなお姉さンじゃなくテ、俺と契約して欲シいな。今回集めタ生気デ作った悪霊で願いヲ叶えてモらって、今度は殺しテ殺して殺シて……血を捧げルよ。ソの力で、この国を無くしテ欲しい。その為ノ力が欲シいんだ。願望器ってソういう物デしョ?」
タイミングを見て、背中からイクリスさんとガイウスさんが剣をふるうが、後ろも見ずに影を操って躱している。
「お姉さんジゃ、上手く使エないでシょ?僕ならモっともット上手く使ってアげられる!!」
男は感極まったように上を仰ぎ向き、両腕を上げてくるっと回って見せる。
「いやいや……皆殺しにしたいほど、この国ってそんな治安悪かったっけ?」
私の、場にそぐわない間抜けな疑問で男の動きがピタリと止まった。こちらを見たかと思うと、心底軽蔑した目で見て来た。
「ダから嫌ナんダよ、お姉さんミたいに平和ボケしてつまラなくて。そのアーティファクトの作られタ過程って随分血が流れたラしいね。俺はそウいう楽しイ国にシたいんだ。死ナない為に生きて、生キテても蹂躙されテ……楽しソうでしょ?」
どろり。
目が闇のように暗くなる。
「だかラ、俺と契約しテ?」
男は歪んだ笑みを顔に浮かべながら、右手をかざす。その手からブワッと黒い影が噴き出し、私の方へ濁流のように襲い掛かる。
しかし、ベルジュがヒョイと頭に乗って両腕を前に出すと、ぐぉぉぉぉぉっと吸い取ってしまった。辺りの影も塵も霊も、全部が手に吸い込まれている。
『ホラ、今の内だぞ』
ベルジュが誰に言っているのか一瞬分からなかったが、”氷雪”が動き出したので、彼らに向かってだったらしい。
「なンだよっ、コレ!!」
男の手からは、もう既に何も出ていない。影を吸い込まれていると、体が動かせない様だった。必死に体によじっているが、既に纏っていた影すら消えている。
一瞬前には10mくらい遠くに居たイクリスさんとガイアスさんが男に肉薄していた。
「!!」
男が振り返るが、もう遅い。ギリギリで体を捩ったが、腕と一緒に服が切られ、「ヂッ」と一欠けらが目の前に落ちてくる。これなら!
”解析”
目が熱を持つと、男が腕につけている銀の腕輪が光って見えた。
「腕輪!腕輪を壊して下さい!」
「こノ……」
体を反転し二人に反撃を試みるが、動く事は叶わない。イクリスさんの剣が一閃して腕輪にヒビが入った瞬間に、セイカさんの聖魔法とサーリャさんの稲妻魔法が追い打ちをかけた。
「神の息吹!」
「アカシック・レイ!!」
光で目が眩んで思わず目を瞑ってしまったが、目を開けた時には男の姿は無かった。ただ人の形に路面に影がしみ込んだかのような黒い跡と、男が付けていたであろう腕輪だけが残った。
「終わった……かな」
イクリスさんの呟きが、ぽつりと零れた。




