2 フラグの回収は忘れずに
長めです。
………………………フラグというものは現実に存在する事を、私は今日初めて知った。
「ちょっと、大変!!アイリが夕べ、駆け落ちしたらしいよ!!」
ざわっ
女子更衣室の中に、アリスさんが勢い込んで飛び込んできて大きな声で言うと、周りがざわめく。
「何でも、ずっと結婚を反対されてた冒険者の人と、書置き残して朝にはいなかったんですって!」
アイリと言うのは25歳だが16歳程にしか見えない、可愛らしくも年齢詐欺の窓口嬢である。
どうやらずっと付き合ってた男と結婚を望んでいたが、親はこの王都で有名な商家との縁談を勧めていて、ずっと反発していたらしい。しかし、冒険者とは水物商売。明日をも知れぬ身ので、反対されるのも分かるような気がする。
実は、ギルド嬢は冒険者と付き合うのは特に珍しくない。カウンター越しに、しょっちゅう顔を会わせるのだ。馴染みの相手が出来るのは当然だし、窓口越しに連絡先のメモ紙を交換するという古風な方法で付き合いがはじまったりする。
私は、結婚相手も公務員が良い派だ。安定と安心は何に変えても素晴らしいものである。
「あらー、窓口が一つ空いちゃうわねー」
私がうんうんと感慨に浸っているのをよそに、この道5年のミューズさんがおっとり言う。金髪でグラマラス、雪のような肌で口元のホクロが色っぽいという4拍子揃った美人だ。
「あ、そうですね。募集かけるにしろ、暫くは忙しくなりそうですね」
私は頭の中で仕事の流れを考えて、工程が増えるであろう事に、死んだ目になってしまう。しばらく残業確定かな……………………。
そんな虚無っている所に上の階からギルド長が下りてくると、何故か私に向かって歩いてくる。私の肩にポンと手を置と。
「と言う訳でね、セルフィちゃんには、しばらく窓口のヘルプに出て欲しいの」
ギルド長に朝礼で前置き無しにそんな事を言われて、私は目をぱちくりさせてしまった。
「はっ、えっ、ぅえ?買い取り業務の方はどうするんです?そっちも人が減ったら本末転倒ですよね?」
私は裏方仕事が好きなのである。窓口にはたまにクレーマーも来るし、面倒なのだ。
「査定の方は、この間引退したロウ爺に一時的に復帰を頼んでるわ。まだ元気だし、暫く頼んでも良いと了解もとったの」
ロウさんと言うのは、先月定年退職した鑑定士である。老後の楽しみである奥さんと約束した家庭菜園とをやると言っていたのに、むごい。夫婦の中に亀裂が入っても良いと言うのか。
しかし、いつの間にそんな手配を………………。わぁい、しごでき。嬉しくない。
「5番窓口をお願いね。奥だから、比較的空いてる場所だと思うわ。」
かくして私は、一時的な配置換えに遭ってしまったわけである。
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「じゃあ、開けるわよー」
ミューズさんがこちらを見ながら、扉に手をかける。
『『『はい!』』』
私は「はい」と言いたい気分にはとてもではないがなれなかったが、カウンターに入ってしまった以上ウダウダする訳に行かない。心の中で100回ため息を吐いても、笑顔を湛えねばならない。世の中は無情だ。今朝までは完璧な人生だったのに。
ギルドのドアが開いた途端、冒険者がなだれ込んでくる。依頼ボードに貼られたクエストは早い者勝ちなので、あさイチは混むのだ。
ボードに貼られている依頼には推奨ランクも書いてあるので、冒険者のランクカードと依頼書を照らし合わせてスタンプを押す。依頼書には決められた期限が有って、それを過ぎると罰金が有るし、行方を心配される。
そうは言っても、命の有る無しは自己責任なんだけど。
初日は昼過ぎまでは、順調に処理していた。
だが、気を抜いているとトラブルとはあちらから来るもので、如何にも堅気じゃありません(冒険者が堅気かは所説あり)というような眼帯の浅黒い肌の男が私のカウンターに来た。
「これなんだけどよー」
ペラリと依頼書を私の眼前に出す。
思わず目を眇めて素早く依頼書の文字列を見るが、別に変な所は無い。
「こちら何か?」
「買取金額が低くないか?」
そうかなぁ?
内容はと言えば、国境沿いの森林浅くに居るコルド・ウルフの毛皮15枚である。少々遠くは有るが、往復で一週間ほどで帰ってこれる上に、余裕をもって二週間の余裕を持たせられている。
コルド・ウルフとは小さい群れで行動する、狼に似た魔物である。春先は栄養が行き渡り、毛皮のツヤも良くなって高く売れるのだ。難易度もD。目の前の男はCランクであり、ランク詐称でもしていなければ危険度も低いし、金額も妥当と言えるだろう。
「特に問題ないと思われますが」
特に表情筋を動かす必要性も感じないがそうもいかず、軽く営業スマイルを浮かべてみるが、かえって癪に障ったらしく、男の表情が変わった。何故だ。
「最近、国境沿い行きの馬車の値段が上がったのを知らねーのか?これっぽっちで採算とれるかよ」
なるほど、暇なクレーマー様だったようだ。
「でしたら、他のクエストを受けられた方がよろしいかと。他にCランクの方に見合う報酬のお仕事も有るかと思われますよ」
おそらく、比較的割の良い仕事では有るが、ごねて値段を吊り上げようという事なんだろう。
「だーかーらー!」
男は一気にヒートアップし、カウンターを拳でドン!と叩く。カウンターに置いたボールペンがカタンと音を立てる。
「値段をすこーし上げるだけで受けてやるって言ってんだよ!俺はCランクだぞ!その辺に居るやつより早く仕事終わらせられるんだよ」
これがカスハラってやつか。研修マニュアルで見たやつー!
重ね重ね(心の中で)言うが、別に急いだ依頼ではない。勝手に騒いでいるせいで、ラウンジに居る他の冒険者の視線が集まって来た。配置換え初日にこれは、ちょっとツラい。
何の反応も見せない私によほどイラついたのか、カウンター越しに手が伸びて来た。うわ………!
ぎゅっと目を瞑るが、しばらく経っても一向に何も起こる気配はない。
「……………………………?」
そろりと目を開けると、横から別の男がカスハラ男の振り上げたこぶしの手首をギリリと締め上げてた。
「依頼書にケチをつけるのは、感心しないな。文句があるなら受けなけければ済む話だ」
いつの間に来たのか、20歳くらいの男が静かにカスハラ男の腕を尚も捻り上げている。
「きゃー!」
隣の窓口のアリスさんが小声で黄色い歓声を上げる。なるほど、アリスさん(イケメン好き)が歓喜してるだけあって、顔が整っている。
「有名人かなんかなんですか?」
思わず私も小声で訪ねてしまう。
「うっそ、セルフィちゃん知らないの?有名なトップパーティー、”氷雪の鷹”のリーダー、イクリスさんだよ!」
アリスさんは歌劇ばりのトップスター顔が好きな、大のイケメン好きだ。そのアンテナはカフェ店員、商店街の八百屋と広範囲で侮れない。目の前の男も、長身でスラっとした鼻筋に整った眉、すらっと伸びた微妙に絶妙な位置に配置された口。そしてブルーグレーの髪にコバルトブルーの瞳、背が高く細マッチョと、大抵の女子の好物であろう男性だ。
ほほう、トップパーティーとな。稼ぎが良さそうだ。チャリーン!私の頭の中でコインの音が響き渡る。
イクリスさんとやらは私の窓口に居る男の腕を尚も捻続ける。いったそぉう……。
「自分のランクより下の依頼をなるべく受注しないのは、暗黙の了解だろ。よしんば受けたとしても、依頼料にケチを付けるのはみっともないんじゃないか?」
そう言ってからカスハラ男の腕を解放する。
「クソツ、”氷雪”かよ!」
カスハラ男は、腕をさすりながら逃げて行った。もう来なくていいよ!
私は心の中で手を振りながらも面倒事が目の前から居なくなってホッとした。胸をなでおろしながら下を向いてしまっていたが、頭の上から声がかかかる。
「君、新人?初日から大変だったね」
さっきのイケメンが話しかけてきた。
「いえ……鑑定科でずっと裏に居て、これでも勤めて二年なんです。窓口は、ちょっとヘルプで入ってるだけです」
「それは災難だったね。でも、これだけの人数の中で恥かいたんだから、アイツは当分は来ないんじゃないかな」
そう願いたい。
「とにかく助かりました。どうも有難うございました」
丁寧に頭を下げる。助かったのは間違いない。
「手を上げられる前で良かったよ。たまにああいうのが居るから気を付けてね」
そうして後ろ手をひらりと振ってそのまま去って行った。その背中を見ながら思う。
依頼…………受けに来たんじゃないの?
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問題が有ったのはその一件だけで、それ以降は特に難なく窓口を閉める事が出来た。
「お疲れ様。今日はこれで終了よ」
ミューズさんが、手をパン!と手を叩く。そして一拍置いてこちらを見ると、悩まし気にため息をついた。
「セルフィちゃんは災難だったわね。ああいうカスハラ野郎、たまに来るのよねー」
初日から「当たり」を引いてしまうとは、自分の引きの強さに、我ながらドン引きである。
「明日からはもっと早く間に入れるように、気を付けるわね」
眉を八の字に寄せて困った顔をする。ミューズさんが悪いわけでは無いので、反対にニッっと笑って見せる。
「初日に洗礼受けましたからね。今後はもう少し上手くやりますよ」
そう、2年目の脱新人ギルド員ならね。
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「セルフィ、帰りにご飯行かない?」
着替えていると、アリスさんが、ガバッ!と背中から抱き着いてきた。
「ちょっ、アリスさんっ!」
「セルフィーってば、部署が違うから中々タイミング合わないし、もしもこの後に時間有ったらなーって」
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考えてみたら残業(という名の別の仕事)や査定の書類などをまとめていたりするので、私の業務は定時キッカリと云う終わり方ではないので若干窓口の仕事と合わなかったりする。
更に言うなら窓口業務は始業と終業時間がある程度決まっているが、査定は早番・遅番が有ったりする。ギルドが開き次第の前日の査定持ち込みや清算、午後は就業間際に持ち込まれた物の鑑定が有るので。
そんな訳で、シフトが合わないと仲が程々良くても一緒にご飯や飲みに行けなかったりする。
こうして私とアリスさんは、夜の街という名のただのご飯へと繰り出したのだった。
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ギルドから歩くこと15分。
女の子の客も程々いるご飯所、お酒のついでにご飯も出るが、ご飯が美味しいのでお酒よりご飯が有名な酒場「夜霧のワルツ」になだれ込む。
アリスさんは席に着くなり素早く店員を呼んだ。
それぞれメニューを頼むと、ほどなくしてドリンクが運ばれてきた。アリスさんはエール酒を勢いよく飲むと、おやじくさく大げさに息をつく。
「っあ~~~~~~~!この一杯のために生きてる~~~~!」
ジョッキを一気に空にすると、グレープフルーツジュースをちびちびと飲んでいる私の顔をじっと見てくる。
「んっふっふー」
次の瞬間ニコッっと笑みを浮かべる。
「セルフィって、窓口初めてなのに手際良いよね。可愛いし、人気出そう!今日のクソ男はアレだけど、一緒に窓口嬢しようよぉ」
飲むペースが速くていらっしゃる。早くもジョッキ二杯目を空けたかと思えば、目がトロンとしてきている。色っぽくて私が男ならドキドキして恋におちそうだからやめて欲しい。
「いえ、私は特技を生かした仕事したいので」
私がへにょっと笑うと、アリスさんは可愛らしく頬を膨らませる。
「絶対向いてると思うのにぃ」
窓口のサービス業務がそんなに好きではないというのを別にしても、私の別口の仕事が来る時にギルド長も頼みにくくて不自由するだろう。あくまで窓口は一時的だ。今は、鑑定仕事のシフトだからこそ入れやすいのだ。
その後は、アリスさんのイケメントークを聞きつつデザートまで平らげてお開きとなった。
有難うございました。




