27 魔法陣の秘密は不明である
その夜は奇麗な満月だった。
今私達は、二手に分かれて見回りをしている。
私は、イクリスさんとセイカさんと一緒に行動中だ。
満月は犯罪件数が多いと、どこかの統計で見たが、私は信じない派だ。明るい夜は見つかりやすいから、暗い夜の方が見つかりにくいんじゃないかな。
そう思いながらも、月明かりの中を一通り見回りルートを回る。見回りと言っても細かな場所まではカバーしきれずに、多少は小さな路地を通るに留めている。
敵に逃げられないようにあまり明るくする訳にはいかないので、灯りを落としてやや暗い道を歩いているので、特に夜目が効かない私は疲れ方が倍増だ。冒険者はみんな夜目が効くらしい。鳥目の冒険者なんて、確かに聞いた事が無い。
歩く事一時間、結構歩いたのではないかと思うが、他の皆は日の有る時間に3時間、夜に2時間出かけるので、冒険者の体力ハンパない。ああ、早く内勤に戻りたいよぉ。
私が心で泣いていると、ベルジュの鋭い声が上がる。
『一歩下がれ!!』
それに即座に反応できずにいると、私の真下にあの魔法陣が浮かび上がる。イクリスさんとセイカさんとは微妙に離れていて、私だけが魔法陣に入っている。
「……………………!?」
「セルフィさん!」
イクリスさんからは慌てた声が聞こえ、足元から吸い込まれそうな感覚が有って怖気がする。……が、でもそれだけだ。
『ワシが居れば呪いは効かぬと言っただろう。しかし厄介だな。術者は近くにいるが、そやつらの仲間は揃っていないのであろう?おそらく、その二人だけの腕では倒せぬぞ』
現状やっかいな事と言えば、私がこの陣から動けない事くらいだ。あちらが陣を維持できなくなるのを待つか、こちらが飽きるかの二択である。私自体に被害は無いが、術者を逃すと、また他の場所で被害が出てしまう。
現場に着いたと思うやいなや、汗をぬぐう間もなく足元に魔法陣が現れ、そこから出られなくなる。とんだハプニングだ。
私が内心でオロオロしていると、ふとネジがとんだ、不協和音といった表現が正しいであろう声がした。声の主は建物の屋根に立って、こちらを見下ろしている。
初めて術者と思しき男の姿を見た。
小柄な痩せた体に黒くて短いローブを羽織っており、肩までの輝く白い髪に首の後ろから細いみつあみが跳ねている。腕には銀色の腕輪がシャランと鳴っている。
「アレレ、おかシいナ。お姉サん、何デ術が効カなイの?普通の人なラ、身動きも取レない筈なんだけドな」
キンキンした声が直接頭に響いて、すこぶる不愉快である。男は屋根から降りてきて、興味深げに私をじろじろ見る。セイカさんとイクリスさんにはお構いなしだ。
私は目だけで後ろをちらりと見ると、セイカさんがイクリスさんの武器に聖魔法を付与している所だった。
私は陣から出る事も叶わずに、後ろに下がる事も出来ない。相手の視野も私一人分は余裕が有るので、その隙をつくつもりなのか二人が両脇から剣と魔法を繰り出す。
「やあっ!」
「聖なる息吹!」
それを屋根の上まで跳んで軽くかわすと、男は言う。
「上手い上手イ。でも僕にハちょッと届カないカな」
二人が懸命に切りむすぶも、相手は軽々いなすばかりだ。
「ソんなノ効くと思っテるの?」
男は足を踏み込むと、イクリスさんの鳩尾に掌底を打ち込んだ。
「かはっ」
「イクリスさん!」
戦士なので鍛えているとは思うが、イクリスさんは片膝をついてしまう。
「神の息吹!」
「オっと」
”神の息吹”は”聖なる息吹”の上位魔法だ。それさえも避けられてしまった。いくら上位魔法とは言え、当たらないのなら確かに意味は無い。
イクリスさんは、敵の男にジリジリと近づいてるが、攻撃しあぐねている。相手の男が身軽すぎて、二人だけではカバーしきれていないのだ。
銀に輝く聖なる刃も、敵に届いてはいない。
セイカさんは直接攻撃をする事をやめて、サポートに回る事にしたようだ。
「”迅速”」
セイカさんがそう唱えると、イクリスさんの体が一瞬光って格段に動くスピードが上がった。剣が男に迫るが、それでも紙一重で躱し、男はまだ笑っていた。
「そコまでスピード出せルんだ?ハハッ」
戦闘狂と言うやつなのだろうか、心底楽しそうに戦っている。
「でも、モう飽きちャった。そラ、お前らも沈メ」
次の瞬間には男の表情が冷めたように変わったかと思うと、印を結んで二人の下にも魔法陣が浮かぶ。
「ぐっ……」
二人は苦悶の表情で、地面に縫い留められたのかと思うくらい膝をついて耐えていた。
私に何か出来る事は無いのだろうか。キョロキョロするが、一般人の私に出来る事は無い。
「ボルガノン!」
男の真横から炎が湧き出る。驚いて横を見ると、サーリャさんが遠くから魔法を打っていた。ガイアスさんも一緒で、こちらに合流しようとしている。
「4対1はチょっと不利かな。君たち、今まデの奴らより少シだけ強いね。今日は退散シようカな」
サーリャさん達がこちらへ合流する前に、男はくるりと向きを変える。
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!」
私の静止の声に、男は少しだけ動きを止める。そして、目を丸くすると私をしげしげと見たが、何を思ったかニヤリと笑うと言った。
「お姉さン、まタ会おうネ」
そうして月の明るい夜なのに、男はシャランという腕輪の音だけを残して闇に溶けるように居なくなった。
「何なの……」
男が居なくなると魔法陣は焼失し、私達も自由になった。
「セルフィちゃん、大丈夫?なんか相手の男がなんか喋ってたみたいだけど、何か言われたの?」
「はい、また会おうって……」
サーリャさんが心配しながら聞いてくるが、私は半分ぼーっとしながら答えた。
また会おう?何で私だけに?
「はっ!?」
戦いが終わって気が付いたが、ベルジュが何もしていない。
「ちょっと!また私には被害が無いから何もしなかったという訳じゃないでしょうね!?」
両手でぎゅっ握ってシェイクするように揺さぶる。中身が偏ってしまえ!
『振るのをやめんか!観察しておったのだ。先ほどの男はお主では無くワシを見ておった。次に会った時こそ本当の勝負だろうな』
「観察して何か分かったの?」
『さてな……後は放っておいてもあちらから来るだろうて』
ベルジュは私の手からもがいて脱出すると、体をぽんぽんとして形を整えていた。
「あっちから?」
『ああ、断言してもいい』
ベルジュはそれ以上、口を開く事は無かった。現場には手がかりとなる者は残っておらず、拠点に戻るしかなかった。
収穫と言えば、こちらを標的と認めたので次回必ずこちらを狙ってくるという事か。昼間の見回りはもういらなさそうだな。
その場はそう締めくくって帰宅する事になった。




