19 初夏の或るホラー(っぽい)話
それはとある静かな夜
その日、私は一人で帰っていた。
私の住んでいるアパートはメイン通りから一本入った所で、静かではあるが治安が良いと言われる優良物件である。その日も透明な月明かりが私を照らしていた。
初夏を感じる独特な生ぬるい奇麗な空気な中、ぶらぶらと歩いて行く。今は何故か鞄に居るベルジュも静かだ。影を踏みながらアパートに向かってのんびり歩いていると、冷気が背中からふわっと漂ってきた。変質者ならベルジュが壁と友達にさせるのだが、そんな気配も無い。
不思議に思って後ろを振り返ると誰も居ない。だが依然として冷気は漂っている。腕を擦りながら周りを見回すと、壁に不自然な穴が有った。
いや、穴じゃなくて巨大な影だ。姿は無くとも影だけ有る。キョロキョロ見回してもやはり本体らしきものはいない。
「ベルジュ、起きてる?」
『元々寝ておらぬわ』
「何か…………何か変じゃない?あの影」
『ああ、あれか』
ベルジュが事も無げに影をみやる。止まっているように見えて、影は少しずつ壁を移動している。目を凝らしてみると、闇よりも暗い穴のような物が影の上部に有った。
『霊や怨霊の類だな。この辺に術者は見当たらぬが』
「私の家の方じゃないの。呪われる覚えないんですけど」
『おぬしの家にはいかぬよ、まだ行き先に迷っておるようだがな。だが、そもそも、おぬしは古代の文明や遺物に散々触れているのだから、呪われる機会はなんぼでもあるじゃろ』
言われてみれば確かに?
『まあ、今はワシがいるから他の低俗なものは憑けないがな』
ベルジュが強力すぎて逆に呪い避けになってるのか。いやいや、そもそも目の前の影が問題なので有って。
『あれか、アレは新顔の類の呪術師が操る霊だな』
しん……が……お……?馴染みとか古参とかあるの?
「あれって人の迷惑になる存在にならないの?」
『なるじゃろうな』
なるのか
『今は行き先を求めているだけだが、居場所を定めたら周りの人間に憑りついて、精神を乗っ取ったり生気を吸ったりはする。そも、今の段階だと形を成してない精霊力なのようなもので、発動する前に何とか出来る訳もないじゃろ。大体、お前に害をなしている訳では無いからな。契約外だ』
ベルジュは、ハッと肩を竦める。要するに現段階で、先に私から何か出来る事は無いという事だ。私は不安になりながらもその場所を離れるしかなかった。
ベッドに入っても頭から影が離れなかった。あの吸い込まれそうな眼窩を思い出すとぞっとした。その日は何度寝返りを打っても中々寝入れなかった。
・・・・・・・・・
と言ってたら何も起きない訳が無いわけで。
一週間した頃からだろうか。影の目撃談が増えて来たのだが、それだけに留まらず街に出ている人が減って来ていた。冒険者も例外では無く、最近はギルド内もやや空いている。
「これはもしかして?」
『例のやつじゃろうな。しかし、冒険者と言うのも小胆な者共なのだな』
「霊的な物だと剣だけでどうにかなるわけじゃなさそうだしね」
私とベルジュがそんな会話をしていると、横からアリスさんが顔を出してきた。
「それが、聖水も効かなかったらしいわよ。剣に付与しても直接掛けてもビクともしなかったんだって。却って襲われて精神をやんじゃったって話みたいね。並の神官でもダメだったみたい」
「それはそれは……」
「解決してないから、報酬は上がっていくんだけどねー」
冒険者の母数が減ったら、それは街も静かになるという訳だ。依頼をこなす冒険者は、クエストによっては街の治安に一役かっている物も有るので、身を守る術のない市民もなるべくなら外に出たくないといった所だろう。
私にはベルジュが居るので安心なのだが、街が機能しなくなるのなら引越しもやむなしとなってしまう。しかし、ここでの知り合いなども有るし、それは最終手段だ。
そんな風に雑談していると、ギルドの入り口が騒がしくなってきた。カラ~ンとベルが鳴り、”氷雪”が入って来た。イクリスさんはこちらを見てヒラッと手を振り、サーリャさんは軽く跳ねてる。胸が弾んでいるのが目の毒なのでやめていただきたい。セイカさんとガイアスさんも軽く会釈してきた。
四人はクエストボードの前へ行くと、あれやこれやと相談している。
そしてひとつの依頼の前で指を止めると、ピンを外して私の窓口に持ってくる。
「これをやろうと思うんだ。受付してくれる?」
やっぱり例の霊の(ダジャレ?)クエストだった。ランクはB。逆に氷雪では物足りないのでは?しかし、そうは言っても失敗続きの依頼だし市民の生活に支障が出てるから、早期解決出来るパーティーも限られて来るか。
「セイカがいるから、多分大丈夫だと思うよ」
じゃーん!とサーリャさんがセイカさんの背中を押すがセイカさんは仏頂面だ。ガイアスさんは黙って頷いていた。
「報酬も結構いいからね。街からも出なくていいし」
「なるほど……でも、気を付けてくださいね」
依頼書に今日の日付の判子をぺたりと押す。
場所はウェルケント通り2番街全域。夜間に付近を通りかかる人を無差別に混乱に陥れたり、起き上がれない程衰弱させたりする。ノーマルなタイプの悪霊だ。
『………………………………』
氷雪に向かって新たな罵倒言葉を吐くかと思ったが、ベルジュは何も言わない。何か考えているようでもある。
「それじゃあ、夜に備えて休んでから出かけるとするよ」
「はい、頑張って下さい」
「セルフィちゃん、またね」
サーリャさんだけ語尾にハートマークがついてそうな言葉を残して去っていく。アリスさんが頬杖をついてこちらを見ている。
「もう”氷雪の鷹”はセルフィちゃん専属ねー。あやかりたい!!」
アリスさんは机に突っ伏す。冒険者が少ないとは言え、まだ就業中なので恥ずかしいからやめてほしい。しかし、そうは言っても彼女はいつだって夢見る乙女なのだ。妄想するだけに留まっているのであれば止められない。
何か……………………いい縁が有るといいね!




