124 聖ノエルの夜
明日は昼更新です。
冒険者も、流石に冬のお祭りである聖ノエルくらいは仕事を休むので、ギルドも定休日である。
この日ばかりは街中も静かで、1人でゆっくりする者、仲間内で騒ぐもの、人それぞれだ。
私とイクリスさんは、昼に待ち合わせをする事になっている。服装に悩み、髪型に悩み、アクセサリーに悩む。三日前にもアパレルショップに行って服を買い足したものの、何が良くて何が悪いかの最適解も分からない。
何通りものパターンを考えて、頭の中でパズルのように組み替えていく。
私が部屋着のまま鏡の前で、うんうんと唸っていると、うつ伏せで画用紙に落書きをしていたベルジュがこちらをチラ見すると、ため息を吐くような仕草をした。
『着るのはお前な以上、何を着ても、お前はお前だろう』
「それはそうだけど、少しでも相手に良く思われたいってものでしょ。全裸のベルジュには分からないと思うけど」
『ワシの崇高な体が分からぬとは、お前の目は節穴か。そもそも願望器が服を着る必要が有るか?』
ーーーーーーーーフリフリの兎ちゃんを思い浮かべるが、ベルジュのイメージからは程遠い。
ごもっともと言うべきか。
散々身支度に時間をかけて、最後に姿見で確認する。
うん、もう分からない!
これで行こう。
私はポシェットにベルジュと財布を入れ、ショートブーツを履いて家を出た。
外の空気は冷えていて、呼吸をするごとに肺まで寒くなってくる。私はマフラーを鼻まで上げて、冷気を遮断した。
待ち合わせの噴水の所に行くと、既にイクリスさんが待っていた。
「あれ、まだ時間までちょっと有りますよね?」
私は広場の時計を確認する。時刻は、11時10分前。私も結構、早めに来たと思うのだが、イクリスさんはそれ以上に早かった。
「ううん、俺が楽しみで早く来ちゃっただけ」
ぎゅん!私のハートは致命傷を受けた。
いやいやいやいや、デートはまだ始まったばかりだ。
今日のイクリスさんは、淡いアイボリーのシャツに暗めの紺のベストを着て、上にロングコートを着ている。下は紺のスリムパンツで、足が長いのがよくわかる。
先程から、まわりから女性の視線を感じるが、あまりにも待ち合わせ然とした雰囲気なので、声を掛けられなかったのだろう。ちらちらと視線が送られているが、イクリスさんは、どこ吹く風だ。
「それじゃあ、行こうか」
イクリスさんは私の手を自然に取って、手を繋ぎながらコートのポケットに入れる。これなら二人の手が両方暖かくなると言う寸法だ。
デートは観劇に始まり、ご飯の時間まで軽く散歩をし、レストランへ行く。
この日ばかりはイクリスさん行きつけの高級レストランだった。流れるように個室に通され、上着を預ける。
カトラリー落としたらどうしよう……自分で拾っちゃいけないんだよね?私は緊張しっぱなしで味が分からない。正面のイクリスさんは優雅に食事をしている。庶民だと言っていたけど、こういう場になれるほど通ってるって事だよね……。前に”氷雪”の皆と来たレストランも、すごかったし。
食事が終わって食後のコーヒーを飲んでいる時に、私はタイミングを見計らってあらかじめ準備してあった、小さな手提げの紙袋を出す。
「これ、聖ノエルのプレゼントです!受け取ってください」
ガチガチになって渡す私とは反対に、イクリスさんは柔らかくはにかみながら受け取る。
「開けてもいい?」
私はコクコクと何度も頷く。
「わ……すごいね。鷹かな?」
シャランと鎖が軽く音を立てて、ペンダントトップが鈍く光る。
「はい、アリスさんと銀細工の体験の教室に行って作ったんです。下手くそですけど……ペンダントなら邪魔にならないかなって」
「すごいね、手作りなんだ。じゃあ、これには敵わないけど、俺も」
そう言って、イクリスさんは壁にかけてあるジャケットの内ポケットか、ら小さな小箱を出す。促されるままに開けると、小さな猫のペンダントトップが付いたペンダントだった。
「考える事は一緒だったんですね」
私は猫の顔をするりと撫でる。
「以前、猫のピアス付けてるの見たからね。猫が好きなんだと思って」
「一人暮らしであまりかまえないから、飼えないんですよね」
デフォルメされた猫の目には、イクリスさんの瞳の色と同じブルーダイヤモンドがはまっていた。
自分の瞳の色を送るのは「いつも傍に居させてください」という表れだとアリスさんが言っていた。
「有難うございます……!」
プレゼント交換も成功した所で、店を出た。
帰り道は、いつも私の家のドアまで送ってくれている。
長くて短い帰り道を辿ると、あっという間に家に辿り着いてしまった。
「それじゃあ、きちんと鍵を閉めて、明日の仕事に備え……」
「あの!」
私は、この所ずっとグルグルしていた事に、ようやく答えを出した。
「”氷雪”に、入れてくれませんか?まだ体力無いからもっと運動して付けますし、指輪の力も”支配の王笏”の力も上手く使って見せます。だから……」
勢いを付ける為に下を見ていたのだが、イクリスさんが、うんともすんとも言わない。声が降ってこないのを不思議に思って見上げると、あっけにとられて何も言えなくなっていた。
「ごめん、あの……」
以前は勧誘されていた。でも、いざ仲間になると言うと、色々と足りないって事なのかな。”ごめん”と言ったのは、実際は受け入れられないって事だろうか。私は冷水を浴びさせられたような感覚がして、その場から逃走する事にした。
「ごめんなさい!おやすみなさい!!」
私は、勢いを付けて扉を開け、バン!と閉めて鍵を掛けた。ドアを背に、ずるずると座り込む。
「言わなきゃよかった……」
『お前が居た方が役に立つのにな?ワシが居たらもはや無敵だし』
無敵だった事は、人間相手の時だけだったが。
私は自己嫌悪に陥り、シャワーも浴びずにベッドに身を投げ出した。
スプリングが上げる小さな音と、布団に飛び込んだ時の”ぼふん”という音がしたきり、私は動くのをやめてしまった。




