六、告発の行方
あれから一週間が経った。
その間、加藤小春は精力的に仕事を熟した。
媚薬を盛られた件も、そのとき感じた不安もすっかり忘れていた。
そして、月曜日。
いつものように塚田純希と一緒に登校した小春は、教室前の廊下で別れると自分のクラス――――B組に入った。
「おはよー!」
これまたいつもように元気よく挨拶する。
すると、クラスメイトの視線が一斉に小春に向けられる。
「えーっと……どうしたのかな?」
少しタジッとした小春は、冷や汗笑いを浮かべた。
教室の入口で固まった小春に、親友の山野美都子が駆け寄ってきた。
黒髪をポニーテールして、大きな目とちょっとポッチャリとした頬をした少女だ。
「なにかあった?」
聞く小春に美都子は無言で黒板を指さした。
そこには、
’加藤小春はパパ活をしている’
とデカデカと描かれていた。
「えっ?」
小春は思わず声を漏らした。
(バレた!?)
そして、内心焦る。
(でも、誰が?)
とも思った。
「これって本当なの?」
美都子は小春をジッと見詰めた。
「いやだなぁ、そんな訳ないじゃん」
それに小春はできるだけ自然に作り笑いを浮かべた。
「誰だろうね? こんな悪戯」
そして、黒板まで行くと黒板消しで書き込みを消し始めた。
「だよねぇ」
美都子もそれに同意すると、もう一つの黒板消しを取って手伝い始める。
「小春!」
そこへ血相を変えた純希が飛び込んできた。
「どうしたの、純希?」
小春はわざとらしく首を傾げた。
「いや……小春が大変なことになってるって聞いたから……」
焦りながら純希は答えた。
「大丈夫だよ」
平気そうに言った小春は、再び黒板消しを再開する。
その様子を見て純希は、騒ぐのは逆効果だと気付いた。
「僕も手伝うよ」
動揺ができるだけ外に出ないように気をつけながら、純希は申し出た。
「じゃあ、上に方、お願い」
小春は純希に黒板消しを渡した。
「うん」
黒板消しを渡された純希は、小春の背では届かない上の方を消し始めた。
「……」
その様子をジッと見詰める視線があったのだが、二人とも気付かなかった。
その日の放課後。
「しかし……誰があんなマネしたんだろう?」
いつもの帰り道で純希は首を傾げた。
「あたし、イジメられてるのかな?」
と、小春はケタケタと笑った。
「そんなことはないと思うけど……」
小春の自虐ネタに純希は困ったような顔をした。
「じゃあ、本当にバレた、とか?」
「でも、身の安全は保証されているんだろう?」
「そのはずなんだけどね……」
そう言う小春は自信なさげだった。
媚薬の件があったからだ。
「とりあえず、銀兄ぃには報告しておくよ」
小春は平気そうに微笑んだ。
「でっ? 今日もする?」
だが、うだうだ考えても仕方ない。
この件は一端忘れることにして、小春は純希に聞いた。
「いや……今日はそんな気分じゃないから、やめておくよ」
それで小春は、自分よりも純希のほうが神経衰弱になっていることに気付いた。
「ちえっ」
なので、小春は露骨に舌打ちをした。
この空気が壊れるようにと願いながら。
「したかたったの?」
すると、反応に困った純希は指で頬を掻いた。
「ちょっとだけ、ね」
言いながら、小春は純希を上目遣いで見た。
そのかわいらしさに、純希はウッとなった。
「じゃあ、ハグだけ……」
そして、妥協案を提示する。
「うん!」
小春は嬉しそうに両手を開いた。
周りを見回して誰もいないか確認してから、純希は小春を抱きしめた。
「えへへへへ」
小春はさらに嬉しくなって純希をギュッとする。
「……」
そんな二人を電柱の陰から覗き見る人影があったのだが、二人は気付かなかった。
小春はいつもより早い時間に事務所に顔を出した。
奥の控え室で銀治郎を待つ。
「おはようございます」
仕事着に着替えてから十分も経たずに、剣銀治郎がドアを開けて入ってきた。
「銀兄ぃ!」
小春は挨拶もせずに、いきなり本題に入った。
今日、学校で起きたことを説明する。
「うむっ……」
全てを聞いて、銀治郎は唸った。
「一番可能性があるのは、同伴現場を見られたことだな」
そして、冷静に状況を分析する。
「周りに気をつけていても、こればかりは防ぎきれない」
「でも、制服違うよ?」
小春は反論した。
「普段と違う制服をいていたら、それだけで怪しいと思われるだろう」
それに銀治郎は正論で答える。
「そっか……」
銀治郎の言い分は理解できる。
小春は肩を落とした。
「とりあえず、当分は同伴を入れないように代表に話しておこう」
「うん……」
残念そうに小春は頷いた。
同伴は実はけっこういい稼ぎになる。
それが封じられるのは、小春的には打撃だった。
だが、背に腹はかえられない。
小春は渋々、従った。
その翌日の朝。
純希と小春は、これまたいつものように一緒に登校していた。
すると、小春のプリッツスカートのポケットがブルッと震えた。
スマホに着信があったのだ。
「誰だろう?」
スマホを取り出し、確認する。
美都子からのメッセだった。
何も考えずにメッセを開く。
すると、
『これ、教室の黒板にURLが描かれてたんだけど、本当にコハちゃん?』
というメッセージとともにURLが張られていた。
「えっ?」
慌ててURLをタップする。
すると、小春と誰かがしている動画が流れ始めた。
♢♦♢♦♢♦
「なにこれ……」
動画を見て小春は絶句した。
横からスマホを覗き込んでいた純希も蒼ざめる。
(小春……仕事だとあんなに感じるんだ……)
そして、いいし得ない敗北感を味わった。
「こんなの知らない!」
それを見透かしたように、小春は首を横に振った。
「誰、これ!?」
「そうなの!?」
困惑する小春に、純希も驚いた。
「とりあえず、銀兄ぃに言って消してもらわなきゃ」
と、小春はメッセの通話機能で銀治郎を呼び出した。
「どうした?」
コール一回で、銀治郎はすぐに通話に出た。
「消して欲しい動画あるんだけど!?」
小春は慌てて用件を伝えた。
「うん……あたしらしい娘の動画……うん……うん……リンク、送るね」
通話を終えた小春は、すぐにスマホを操作して該当のURLをメッセで送った。
「でも、元の動画を消しても、保存済みの動画は消せないんじゃ……」
「それも、なんとかするって」
不安がる純希に、小春はお気軽に言った。
それで純希は、小春がお世話になっている事務所は元々、コンピューター関係の技術者を派遣する会社だったことを思い出した。
「でも、動画を見た人を忘れさせることはできないよね?」
それでも、なお純希は懸念した。
「そこは惚けるしかないかなぁ」
(つまり、ノープランか……)
もしもの為に純希は思案した。
「そうだ!」
そこで小春は思い出した。
「みっちゃんに返信しないと」
そして、スマホを操作する。
『こんなの知らない。誰これ?』
メッセを送るとすぐに美都子から返信が来た。
『そうなの? もうクラス中大騒ぎだよ』
それを読んだ小春は、困り顔をした。
「今日は休んだほうがいいんじゃない?」
心配そうに純希が進言した。
「ここで休んだら、認めたのと同じになっちゃう」
その言葉に小春は奮起した。
「でも、ちょっと怖いから、教室まで付き添ってくれる?」
それから首を傾ける。
「いいよ」
純希も最初からこんな状態の小春を一人にする気はなかった。
「じゃあ、行こう」
二人は学校目指して歩き出した。
学校に着いた純希と小春は、自分達の教室のある二階へと上がった。
B組の前まで来る。
純希と小春は目と目で頷いてから、教室のドアを開けた。
「おはよー!」
小春が元気よく挨拶すると、クラス全員から一斉に視線を向けられた。
「えーっと……どうなってるのかな?」
二日連続のこの仕打ちに内心うんざりしながらも、小春は冷や汗笑いを浮かべた。
「一応、みんなにはさっきのメッセのやり取りしたことを話した」
おもむろに美都子がやって来て、状況を伝える。
「女子はそれでなんとか納得したけど……」
それから一箇所に群がっていた男子をチラッと見る。
「でも、男子は……」
そこまで言って、美都子は言葉を濁した。
「だってよう」
すると、それを聞いていた男子が小春に近づいてきた。
「この動画、どう見ても……」
男子がスマホを見せようとしたとき、
”ピロロロン”
クラスにいた全員のスマホがメッセの着信音を鳴らした。
「なんだ?」
クラスメイトたちが訝しげにメッセアプリを開く。
すると、いきなりスマホがフリーズした。
「な、なんだ!?」
クラスメイトたちはみなうろたえた。
だが、それも一瞬で、すぐに操作可能になる。
「なんだったんだ、今の……」
教室にいた全員が首を傾げていると、一人の生徒が異変に気付いた。
「おい、例の動画、なくなってるぞ!」
それでも教室内が再び騒がしくなった。
「リンク先の動画も消されてる」
(さすが、銀兄ぃ)
それを聞いた小春は心の中で指を鳴らした。
(仕事が早い)
「でっ?」
証拠が消えた小春はここぞとばかりに強気に出た。
「動画がなんだって?」
「いや……消えちまったんで比べられねぇけど、あれはどう見たって加藤だったぜ」
それでも男子生徒は、小春に詰め寄った。
「フェイク動画かもしれない」
すると、それまで事の成り行きを見守っていた純希が口を開いた。
「多分、生成AIを使って小春の顔をAVに合成したんだ」
そして、あらかじめ用意していた言い訳をもっともらしく話す。
「そんなこと可能なのかよ?」
「今の生成AIなら充分可能だよ」
男子生徒の問いに純希は断言した。
「なぁーんだ」
途端に男子生徒たちから落胆の声が上がった。
「でも、これで二日続けての嫌がらせでしょ?」
美都子は小春を心配した。
「先生に言ったほうがいいんじゃない?」
「ううん」
しかし、小春は首を横に振った。
「あまり大事にはしたくないから」
「そぉ……」
本人が言ってるので、美都子はそれ以上は勧められなかった。
(なんとかなった……かな?)
そして、純希は心の中で額の汗を拭った。
「……」
そんな様子を教室の隅でジッと見詰める視線があったが、純希も小春も気付かなかった。




