五、同伴の罠
週が明けて月曜日。
塚田純希と加藤小春は、いつものように二人で登校していた。
「あのワンちゃん、可愛かったなぁ」
朝のワイドショーで紹介されていた犬を思い出して、小春はうっとりとした。
「犬、飼いたがってたもんね」
二人が住むマンションは、ペットOKなので、ロビーなどで犬とすれ違うことも多い。
「飼いたいんだけど……」
今は買う余裕がない。
犬を飼うとなると、散歩に連れて行かなければならなくなる。
だが、今は仕事と純希とするので忙しくてその時間が取れないのだ。
「あっ、そうだ」
そこまで考えて、小春は思い出した。
「今日、一緒に帰れないや」
小春は申し訳なさそうな顔をした。
「同伴?」
「そう」
純希の問いに小春は頷いた。
それから悪戯っぽい笑みを浮かべると、
「あとでエッチな自撮り送るから、今日はそれで我慢して」
片手で拝むような仕草をした。
「送らなくていいから」
それ対して純希は真顔で答える。
「そぉ?」
すると小春はちょっと残念そうな顔をした。
(そう言いながら、いつも送ってくるんだよなぁ)
純希は心の中で冷や汗笑いした。
放課後になると小春は、家には帰らず、駅へと直行した。
いつもの私鉄を乗り継いで新横浜まで来ると、事務所に入った。
そして、光沢のある白いセーラー服に着替えると待機していた剣銀治郎とともに、車で東京へと向かった。
目的の豪華ホテルに着き、ロビーで先にチェックインしてから、テーブルで最後の打ち合わせを始めた。
「今日のお客様は、下野様だ」
タブレットを見ながら銀治郎は説明した。
「常連さんだね」
小春は微笑んだ。
仕事は基本的に予約制で、スマホの専用アプリから行うのだが、スケジュールが出るのが毎週日曜日の午前零時なので、人気の小春はあっという間にうまってしまう。
なので、予約競争に勝つにはかなり気合いが必要で、同じ人が何度も予約を引き当てるのは希だった。
「でも、同伴は初めてかも」
「その通り」
小春の疑問に銀治郎は頷いた。
「同伴は初めてだ」
同伴は予約が完了した時点で、オプションとして選択できる。
他にも泊まりなどもあるが、小春の場合は選択できないようになっていた。
「今までは問題は起こしたことはなかったが、同伴だとどうなるかわからん」
タブレットに指を滑らせながら、銀治郎は懸念した。
特に相手は小春に執着しているところがある、とまでは言わなかった。
小春を怖がらせないようにするための配慮だ。
「自分も遠くから見張っているが、なにかあれば……」
小春の身を守る。
それは銀治郎に与えられた最優先事項だった。
「即連絡だね」
それがわかっているから、小春は安心させるように言った。
「うむ」
小春の聞き分けの良さに銀治郎は頷いた。
「それではこれがルームキーだ」
そして、カードキーを小春に渡す。
「部屋は一七五号室だ」
「うん、わかった」
頷いた小春は、カードキーを受け取ると、学生カバンの中に仕舞った。
「それじゃあ、行こうか」
「うん」
席を立つ銀治郎を見て、小春も席を立った。
夕暮れの駅前。
小春は犬の銅像の前に立っていた。
予定の時間までまだ三十分ほどあるので、相手が現れる気配はまだ無い。
と、思ったが……。
「小夜ちゃん」
不意に小春は源氏名の小迎小夜子で呼ばれた。
振り向くと、スラッとした清楚感溢れる四十代半ばの男性が立っていた。
今日の客、下野茂だ。
「下野様、こんばんわ」
小春は茂の前に立つと、丁寧にお辞儀した。
約束の時間までまだ間があることは特に言わなかった。
同伴の客は大抵、早く来すぎるからだ。
「小夜ちゃんは相変わらず、礼儀正しいね」
茂は小春の態度に感心した。
「いえ……」
それに小春は恐縮した。
客に礼儀正しく接するのは母の教えが大きいのだが、それは口にはしなかった。
「私のことは気軽に、おじさまと呼んでおくれ」
「はい、おじさま」
茂の言葉に小春はすぐに応えた。
「では、行こうか」
茂は小春の腰を抱いた。
「はい」
それに嫌な顔一つせずに、小春は頷いた。
そのまま二人は駅近くのファッションビルに入った。
茂が小春に服をプレゼントしたいというので来たのだ。
「これなんか似合うと思うけどな」
選んだ服を、茂は小春の身体に当ててみた。
茂が選んだのは、白にカットソーにグレーのプリッツスカート。それにピンクのカーディガンだった。
「スカート、短くありませんか?」
それを見た小春は恥じらった。
制服と仕事以外では、いつもパンツルックなので、本気で恥ずかしがっている。
「これぐらいがいいんじゃないか」
茂は笑った。
笑みがエロい。
「おじさまってば……」
それに小春は作り笑いで応える。
「試着してごらん」
即する茂に、小春は服を持って試着室に入った。
(そういえば……)
試着室で制服を脱いで下着姿になった小春は、純希にエッチな自撮りを送ってないことに気付いた。
(送っちゃおうかなぁ)
学生カバンを漁ってスマホを取り出そうとして、小春は思い出した。
(今は仕事用のスマホしか持ってないんだけ)
仕事用のスマホには、必要最低限の連絡先しか入っていない。
プライベート用の連絡先を入れて、情報漏洩があると困るからだ。
仕方なく、小春はエッチな自撮りを純希に送るのを諦めた。
カットソーを被り、プリッツスカートを穿く。
それからカーディガンを羽織った。
鏡で身だしなみを確認する。
(やっぱ、スカート、短いよなぁ……)
小春は冷や汗笑いした。
総寸三十四センチは太腿の大半が露わになって短すぎる。
「まだかな?」
試着室の外で茂が声を掛けた。
「はい、ただいま」
本当は凄く恥ずかしかったが、意を決してカーテンを開ける。
「ほーっ……」
小春の姿に茂は目を細めた。
「似合いますか?」
首を小さく傾げて、小春ははにかんだ。
「うん、とても似合ってるよ」
茂は、見たことの無かった小春の私服姿に感動していた。
「じゃあ、これを買おう」
そう言った茂は、店員を呼んで服のタグを切ってもらった。
制服はもらった紙袋に学生カバンごと入れて、小春は試着室を出た。
「ありがとうございました」
店員に見送られて店を後にする。
「靴がローファーなのは、おかしいなぁ」
ぽつりと茂が言った。
「じゃあ、次は靴を見ますか?」
「そうしよう」
小春の提案に茂は頷いた。
フロアガイドで靴屋を探し、お目当ての店が見つかるとそこへ向かった。
ここでも茂が何足か選んで、小春に試着させる。
校章入りの紺のハイソックスを脱いだ小春は、それを一つずつ履いていく。
「気に入ったのあったかい?」
一通り試着してみて、茂は聞いてきた。
「じゃあ、これを……」
小春は遠慮がちに一番最初に履いた白いミュールを指さした。
「では、それにしよう」
店員を呼んで、茂は会計を済ませた。
履いていたローファーと靴下はもらった別の紙袋に入れて、選んだミュールを素足に履いた小春は、茂とともに店を出た。
「そろそろディナーの時間だね」
腕時計で時間を確認した茂が言った。
「そうですね」
学生カバンからカーディガンのポケットに移しいたスマホを確認した小春が頷く。
日はドップリと沈み、代わりにネオンや街灯の明かりが辺りを照らしていた。
「では、行こうか」
「はい」
茂の言葉に小春は首を縦に振った。
「……」
その様子を遠くで銀治郎が伺っていた。
今日使うホテルに入ると、茂は小春をエスコートしてエレベーターに乗った。
目指すは最上階。
そこには展望レストランがあった。
「予約していた下野だが」
入口で茂は従業員に声を掛けた。
従業員はタブレットを操作して、予約を確認する。
「ご予約ありがとうございます」
それもすぐに終えると、頭を下げた。
「お席にご案内いたします」
そして、小春と茂を招き入れる。
窓際の席に案内された二人はテーブルについた。
「メニューはご予約通りで構いませんか?」
「それで頼む」
従業員の確認に茂は頷いた。
「それではしばらくお待ちください」
一礼して、従業員はその場を後にした。
小春はチラッと茂越しに遠くの席を確認した。
そこには銀治郎の姿があった。
いつもは客の動きがわかりやすい小春の後ろの席に座るのだが、今日は店が混んでるのか、茂の後ろに座っている。
そうしているうちに料理が運ばれてきた。
仕事を始めたばかりの頃はテーブルマナーを知らなかった小春だが、同伴を重ねて学習したので、今やコースでもそつなく食事ができるまでになっていた。
「ここは初めて?」
「はい」
茂の問いに小春は頷いた。
本当は既に何度も来ているのだが、それは口にはしなかった。
「ここの料理は天下一品だがら、きっと気に入ると思うよ」
小春の反応に茂は上機嫌だった。
「はい」
小春は心の中でごめんなさいをした。
「夜景も素晴らしいだろう?」
窓から外を眺めながら、茂は自慢げに言った。
「そうですね」
それに小春は作り笑顔で返した。
そうしてるうちに最初の料理が運ばれてきた。
二人は食事を始めた。
たわいない会話をしながら、小春と茂は食事を楽しんだ。
そして、食事も終わりに近づいた頃、
「ちょっとお手洗いに行ってもいいですか?」
と、小春が聞いた。
「構わないよ」
茂は笑顔で答えた。
「では……ちょっと失礼します」
小春は席を立った。
そのままトイレに向かう。
それを見送ってから、茂はニヤリと笑った。
何気に後ろを見た。
ボディーガードからは、テーブルが死角になっていることを確認する。
そして茂は内ポケットから小瓶を取り出すと、まだ半分以上残っている小春の飲み物に中の液体を注いだ。
「おまたせしました」
トイレから戻ってきた小春が再び席に着く。
「そうだ」
と、茂は今、思いついたように声を上げた。
「まだ乾杯してなかったね」
「そうですね」
(もう食事も終わりなんだけど……)
内心、首を傾げながら小春は頷いた。
「じゃあ、乾杯しよう」
茂は上機嫌で、グラスを持った。
それに合わせて、小春もグラスを持つ。
「乾杯」
二人は声を合わせてグラスを掲げた。
「……」
グラスのワインを飲みながら、茂は小春がグラスのジンジャエールを飲むのを見詰めた。
(なんか、甘い……?)
変だと思って小春は半分ぐらいで飲むのをやめようとした。
「せっかくだから、全部飲んじゃないなさい」
「はい……」
茂の言葉に、小春は訝しながらも残りも全部飲み干した。
「じゃあ、そろそろ部屋の行こうか?」
言いながら茂は立ち上がった。
「はい」
小春は頷くと、同じく席を立った。
店出てエレベーターへと向かう。
(あれ……?)
そこで小春は自分の身体の異変に気付いた。
なぜか身体が熱を帯びている。
エレベーターへと乗り込む。
「何階?」
「十……はぁ……七階……はぁ……です……♡」
息が上がり、汗がドッと噴き出した。
それを見て、茂はニヤリと笑った。
十七階まで下がり、エレベーターを降りる。
溢れ出る汗にカットソーの薄い生地が透けて、下着が浮き出た。
「部屋は……はぁ……一七五号室……♡」
頭がボーッとして、もう何も考えられなくなる。
(早くしたい……)
ただそれだけに、頭の中が支配される。
部屋の前まで来た。
「辛そうだね」
茂はニマニマと笑みを浮かべながら言った。
「おじさんが代わりに開けてあげるよ」
「お願い……はぁ……します……♡」
甘いと息で答えて、小春は茂にカードキーを渡した。
茂はカードキーをタッチして、ロックを解除した。
「さあ、入って」
そしてドアを開けると、茂は小春を先に中に入れた。
身体に力が入らず、小春はフラフラと部屋の奥にあるベッドに倒れ込んだ。
「効き目抜群じゃないか」
ベッドで荒い息で倒れる小春を見て、茂はあくどい笑顔で呟いた。
♢♦♢♦♢♦
行為が終わって、小春はベッドの上でぐったりしていた。
茂はベッドに座り、スマホを持って、今撮った動画を確認している。
「んんっ……」
そうしてると、小春が目を覚ました。
「やっと、目を覚ましたね」
スマホをしまい、茂は小春の顔を覗き込んだ。
まだ意識がはっきりしない。
そんな状態で小春は、のっそり起き上がった。
「あたし……」
「途中で気を失ったんだよ」
すると、茂が優しく教えてくれた。
その言葉で小春は一気に覚醒した。
(やばい……しているときの記憶が無い…………)
なので、小春は恐る恐る聞いた。
「あたし、粗相しませんでしたか?」
「大丈夫」
心配そうな小春に、茂は笑顔を向けた。
「いつも以上に乱れて、エッチだったよ」
その言葉に小春は本気で照れた。
「おじさまったら」
と、そこで小春のスマホが鳴った。
カーペットの上に脱ぎ捨てられたカーディガンを見つけ、ポケットからスマホを取り出す。
『時間が過ぎてるが、なにかあったか?』
出ると銀治郎が心配そうな声で聞いてきた。
「あたしが途中で気を失ったみたいで……」
小春は申し訳なそうに答えた。
「すぐに後始末して出ます」
『では、ロビーで待っている』
それで通話は終わった。
「ボディーガード?」
茂の問いに小春は生返事で答えた。
「はい……」
それからスマホで時間を確認する。
「って、もうこんな時間!?」
既に予定より三十分以上過ぎている。
本来なら、延長料金が発生する時間だ。
「下野様……シャワーは……?」
小春はまたもや恐る恐る聞いた。
「済ませたよ」
茂は答えた。
そこで小春は、茂がスーツ姿なのに気付いた。
「では、私は先に出よう」
そう言った茂に小春はベッドから降りると丁寧にお辞儀した。
「本日はありがとうございました」
ドアが開き閉めされ、茂が出て行ったのを確認してから、小春は急いでカーペットに散らかった服を集めて、身につけた。
それから制服その他が入った紙袋とカードキーを持って、部屋を飛び出す。
焦りながらエレベーターに乗ると、ロビーのある一階まで降りた。
「ごめ~ん、銀兄ぃ」
銀治郎と合流した小春はまずは謝った。
「大丈夫だったか?」
しかし、銀治郎は怒ってるような素振りは見せず、逆に心配そうに小春に聞いた。
「うん……」
それに小春は、自信なさげに頷いた。
「とりあえず、帰ろう」
その様子を見て、銀治郎は即した。
「うん」
小春はまたもや自信なさげに頷いた。
地下駐車場に降りてメルセデスAMGクーペに二人で乗り込む。
クーペはすぐに地下駐車場を出る。
「それで?」
クーペが首都高速に乗ったタイミングで銀治郎は小春に聞いた。
「本当に大丈夫だったのか?」
「よくわからない……」
小春はうつむき、曖昧に答える。
「よくわからない、とは?」
銀治郎の眼光が鋭くなった。
「なんか、食事が終わってエレベーターに乗ったときから身体が発情していて、部屋の中に入ってからの記憶が曖昧なんだ……」
申し訳なそうに、小春は応えた。
「ふむ……」
銀治郎は考え込んだ。
「媚薬を盛られたか」
それから独り言のように呟く。
「えっ!?」
小春は驚いた。
薬物の使用はもちろん規約違反だ。
「あくまで可能性の話だが……」
銀治郎は歯切れの悪い言い方をした。
同伴中は、常にボディーガードが監視している。
それをすり抜けて媚薬を盛ったとすれば、銀治郎の責任になる。
「とりあえず、代表には報告しておこう」
「うん……」
小春は頷いたが、ちょっぴり不安になった。




