四、初体験
加藤小春と別れた塚田純希は、私鉄を乗り継いで地元に帰ってきた。
マンションに着き、エレベーターで三階まで上がる。
廊下を歩いて、小春の部屋を通り過ぎて自宅の部屋の扉まで来た。
鍵を使ってロックを解除する。
それから、部屋の中に入った。
「ただいま」
だが、返事はない。
それで純希は今日も母がパートだという事を思い出した。
そのままリビングには行かず、自分の部屋に入る。
部屋の隅にリュックを放り投げてから、純希はドサッとベッドに寝転がった。
「小春は今日も仕事か……」
そして、溜息を漏らす。
(小春が仕事を始めたのは、おばさんの事故がきっかけだ……)
純希は考えた。
(それは小春の家の事情だし、僕が口を挟む問題では無い……)
さらに思考は続く。
(でも、僕と小春はエッチする関係だ……)
思考が迷走を始める。
(だからこそ、小春はちゃんと僕に本当の事を言ってくれたんだろう……)
迷走した思考は、制御不能になり、後悔を思い出させる。
(もし……僕が小春の恋人になっていたら、小春は仕事の道を歩まなかったのだろうか……)
そこまで考えて、純希はいつもの答えに辿り着く。
(どうして、僕はあの時、好きって言わなかったんだろう……)
それは小学校六年生に上がってすぐのことだった。
純希は部屋に一人きりで、ベッドに横たわっていた。
念のため、窓のカーテンは閉められていて、部屋の中は薄暗い。
スエットズボンはブリーフごと膝まで下げられ、右手は露出した股間を握っていた。
左手にはスマホを持ち、その画面には淫らに乱れる女性の姿が映し出されていた。
AVを見ているのだ。
純希の両親は、フィルタリング機能を設定してなかった。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
荒い息が部屋中に響く。
右手の動きが速くなる。
あと少しで絶頂を迎えようとしたとき、
「純希?」
突然、小春が部屋に入ってきた。
「わぁ-!」
驚いた純希は、スマホを落っことした。
衝撃でヘッドホンが外れ、女性の淫らな声が部屋中に響く。
「純希……」
小春は目を丸くして驚いた。
「こ、小春……!」
慌ててズボンとブリーフを同時に引き上げながら、純希は気まずそうな顔をした。
「ノックぐらいしろよ!」
「したよ」
気まずすぎて逆ギレする純希に、小春は反論した。
「でも、返事がなかった」
ヘッドフォンで耳を塞いでいたので、ノックに気付かなかったのだ。
ついでに、いつもはロックしておく部屋の鍵も今日はかけ忘れていた。
「純希も男の子なんだね」
部屋に入った小春は、静かに落ちたスマホを拾うと、動画を止めた。
そして、起き上がった純希の隣に座る。
「別に恥ずかしいことじゃないよ」
それから柔らかく微笑んだ。
「年頃ならみんなしてるし」
しかし、その優しさが今の純希にはいたたまれなかった。
「…………小春もするのかよ?」
なので、ふてくされながら余計なことを聞いてしまう。
「するよ」
「えっ?」
あっさり答える小春に、純希は呆気にとられた。
「あたし、人より性欲が強いみたいなんだ」
幼なじみの思わぬ告白に、純希は唖然となった。
「だから、今も興奮してる」
小春は笑みを零しながら、あっけらかんと言った。
「だから、ね……」
小春は身体を横にずらして、純希に近づいた。
「二人ですれば、もっと気持ちいいと思うんだ」
肩と肩が触れ、微かなと吐息が聞こえる。
「だから、しよ?」
潤んだ瞳で見詰められて、純希は小春の誘惑にあらがえなかった。
♢♦♢♦♢♦
「はぁ……はぁ……はぁ……」
荒い息のまま、二人は放心状態になっていた。
「ちゃんと外に出してくれたんだ……♡」
絶頂の余韻に浸りながら、小春は聞いた。
「まぁ、ね……」
すると純希は照れくさそうに顔を背けた。
「気持ち良かったね♡」
小春はまだ蕩け顔のままで言った。
純希は言葉無く頷く。
「また、しようね♡」
それにも純希はコクッと頷いた。
こうして二人は放課後、身体を重ねる関係になったのだが……。
(どうして、あの時、好きって言わなかったかなぁ)
メルセデスAMGクーペのサイドシートで小春は頭を抱えた。
「どうした?」
運転していた剣銀治郎は、そんな小春の様子を気にした。
「ううん、なんでもない」
それに小春は首を横に振った。
(結局、好きって言いそびれたから、あたしと純希の関係は曖昧になっちゃたんだよなぁ……)
小春は、溜息をついた。
(今更、好きって言うのは遅いよね……こんな仕事、始めちゃったし……)
純希が自分の仕事のことをよく思ってないのは薄々感ずいていた。
(もし、仕事を始めなければ、別の未来もあったのかな……?)
小春はまた一つ、溜息をついた。




