三十七、妥協案
ときは少し戻って、昼休みの階段の踊り場でのことだ。
「さゆを仕事に引き込むって!?」
加藤小春の提案に、塚田純希は驚きの声を上げた。
「しーっ」
それに小春は、唇に人差し指を立てて窘める。
「声が大きいよ」
「でも……」
今のは自分が悪かった、と思いつつも純希は戸惑った。
「多分、この学校にはさゆを満足させられる男子はいないよ」
一人を除いては、とは小春は言わなかった。
「学校で満足できないってわかったら、今度はパパ活に手を出しかねないよ」
それは杞憂とは決して言えなかった。
邪な教師が狙ってくる可能性もある。
「それは、危険でしょ?」
本当は別の理由もあったのだが、それを悟られないように小春は純希を説得した。
「確かにそうだけど……」
小春の言葉に、純希は渋々、頷いた。
「それなら、事務所に所属してた方が安全じゃない?」
「そうかもしれないけど……」
小春は力説したが、それでも純希は納得していなかった。
「これがベストだとはあたしも思ってない」
それは自分の仕事が反社会的だと自覚しているからこそ出る発言だった。
「でも、ベーターだとは思う」
小春の言うことは多分、正しい。
「うーん……」
なので、唸ることしかできない純希だった。
そして、今。
「あたしと同じ仕事、してみない?」
「え……っ?」
小春の提案に、野上沙弓は小さく驚いた。
「こはお姉ちゃんと一緒の仕……事……?」
そして、小首を傾げる。
「そう……おじさんたちを相手に、するの」
「おじさんたち……と……?」
それでも沙弓は意味が理解できずに、ポカーンとした。
「おじさんたちなら、するの慣れてるから、きっとさゆも満足すると思うよ」
そこで沙弓はようやく話の内容を理解した。
「本当……に?」
目を見開いて、沙弓は聞いた。
「うん」
その問いに小春は自信を持って頷いた。
「す……る!」
すると沙弓は、食らいつくように反応した。
「ちょっと、待った!」
それまで様子を見ていた純希が慌てた。
「自分がなにをするか、本当にわかってる?」
「パパ活、で……しょ?」
「どちらかというと、風俗嬢に近いかな?」
その理解に、小春は苦笑いした。
「う……ん」
沙弓はコクッと頷いた。
「わかってるなら、いいけど……」
口ではそう言ったが、純希は不本意そうだった。
「なら、あたしが事務所に口を利いてあげる」
小春は沙弓を真剣な目で見詰めた。
「それでいい?」
その問いに、沙弓はコクッと頷いた。
「純希もそれでいいよね?」
そこで小春は念を押した。
「さゆがいいって言うなら……」
だが、純希は言葉とは裏腹に全然、納得していなかった。
「でも、今回の状況で手を差し伸べてもらえる?」
なので、最後の抵抗を試みる。
「そこは、交渉次第かなぁ」
それに小春は、他人事のように応える。
「これから事務所行くから、直接、聞いてみるよ」
そこでジャンパースカートのポケットからスマホを取り出した小春は、時間を確認する。
「って、もうこんな時間!?」
思っていたよりも時間が経っていて、小春は慌てた。
「行かないと!」
「じゃあ、僕らも帰ろうか」
泡を食う小春に心の中で冷や汗笑いしながら、純希は沙弓に声を掛けた。
沙弓はコクッと頷いた。
小春と一緒に純希と沙弓も加藤家の部屋を出た。
そのままエレベーターで一階まで降りる。
「なんかあったら、メッセで連絡するから!」
言い残して、小春はエントランスを飛び出した。
「部屋まで送るね」
それを見送ってから、純希は沙弓に優しく語りかけた。
沙弓はコクッと頷いた。
「ごめんね、さゆ」
その途中で純希は沙弓に謝った。
しかし、沙弓は何の事かわからず、キョトンとした。
「本当は僕が相手をしてあげればいいんだけど……」
それを聞いて沙弓は首を横に振った。
「じゅんお兄ちゃんは、こはお姉ちゃんのもので……しょ?」
「ものっていうか……」
沙弓の言葉に純希は苦笑いした。
「僕らはつき合ってる訳ではないし」
表情は崩さず、純希は何気なさを装って言った。
「え……っ!?」
けれども、沙弓には衝撃だった。
「で……も……」
沙弓の頭の中で純希と小春が空き教室でしていたことを思い出される。
「僕らは、そういうこともする幼なじみなんだ」
いつかの小春の言葉を借りて、純希は説明した。
「だか……ら?」
そんな純希がとても寂しそうに見えたから、沙弓は遠慮がちに聞いた。
「こはお姉ちゃんが、仕事してても平気な……の?」
「まぁ……ね」
それに純希は泣きそうな笑顔を浮かべて、曖昧に答える。
「でも、それと僕がさゆとできないのは、無関係だから」
純希は誤解がないように断言した。
「僕は一度、小春を悲しませている」
あの時、小春は悲しんでいたのだ。
口には出さなかったが。
「だから、本当にごめん」
「ううう……ん」
再び謝った純希に、沙弓は首を横に振った。
深夜。
純希は一人、部屋で勉強をしていた。
すると、スマホが振動した。
確認すると、小春から『まだ起きてる?』とメッセが入っていた。
純希は『起きてるよ』とメッセを返す。
すると、すぐに通話が来た。
「どうだった?」
すぐに小春が話したい内容を察した純希は、聞いてみた。
『一応、OKもらったよ』
『よくOKが出たね』
通話の向こうの純希は割と本気で驚いている様子だった。
「まぁ、そこは拝み倒して、ね」
既に部屋着に着替えた小春は、ベッドに寝転がりながら苦笑いした。
本当は渋る剣銀治郎を無理矢理押し切ったのだが、それは言わなかった。
「明日にでも、事務所で代表が面接してくれるって」
「そっか……」
小春の説明に、純希は頷いたが、心の隅ではこの展開を納得していなかった。
「さゆに、このことは?」
それを隠すように、純希は聞いた。
『メッセ送ったけど、既読つかない』
小春は困り顔で言った。
「もう寝ちゃったのかも」
確かに夜も遅い。
この時間まで起きている純希や小春が異常なのだ。
「明日、さゆに直接、説明するよ」
『うん、わかった』
これで本日の主用件は終わった。
しかし、小春的にはまだ案件が残っていた。
「ところで……」
小春は頬を朱色に染めると純希に甘く囁いた。
『今から、来られる?』
その艶っぽい声に、純希はグッとなった。
「ちょっと待てて」
純希はスマホを持ったまま部屋を出て、リビングと寝室を伺った。
人が起きてる気配は、ない。
あれ以来、母の監視が厳しくて部屋を抜け出すことができなかったが、今日は大丈夫そうだ。
「行けそう」
なので純希は、小春に言った。
『なら、待ってる♡』
スマホの向こう側の小春は嬉しそうだった。
ドアをソッと開けた純希は、慎重に、こっそりと、塚田家の部屋を抜け出した。
廊下をほんの少しだけ歩き、加藤家の部屋の前まで来る。
入ろうと合鍵を使おうとしたとき、ガチャリとロックが解除された。
続いてドアが開く。
そこには慢心の笑顔の小春が立っていた。
小春は手招きして純希を部屋に入れる。
周りに誰もいないことを確認してから、純希は急いで部屋に入った。
ドアを閉めたところで、純希に抱きついた小春はキスをした。
「……くちゅじゅるじゅる……れろれろじゅるじゅるくちゅ……れろれろれろ……くちゅれろ……」
いきなり舌を絡めてくる小春に、純希も舌を絡め返した。
「……ちゅぱれろれろ……じゅるじゅるれろくちゅ……れろくちゅ……れろちゅぱ……」
淫靡な音が玄関中に響く。
「……れろくちゅれろれろ……れろれろじゅるじゅるれろれろ……じゅるれろれろ……じゅるれろ……」
(これ……外に音は漏れないのかな……?)
大人のキスをしながら、純希はそんなことを考えていた。
「ちゅぱっ……」
どちらともなく純希と小春は唇を離した。
「純希……♡」
小春は甘えた声でねだった。
こうなると小春は止まらない。
(ここ、玄関なんだけどなぁ)
そんなことを思いつつも、純希は頷いた。
♢♦♢♦♢♦
「はぁ……はぁ……はぁ……」
行為が終わり、純希と小春は息を整えた。
「気持ち良かったね♡」
小春はご満悦だった
「……うん」
本当は外に声が聞こえるのではないかと気が気ではなかったのだが、結局、自分も最後は盛り上がってしまったので、純希は渋々、頷いた。
「たまにはこういうスリルのがあるのもいいね♡」
「てか、気づいてたんかい!」
奥目のなく言う小春に、純希は思わず、ツッコミを入れる。
「てへっ」
それに小春は悪びれた様子も見せずに、舌を出す。
(そう言われてみれば、部屋でするより、トイレや教室でした方が感じてるみたいだしなぁ……)
そんな幼なじみに、純希は内心、呆れた。
「そう言えば、ガチで外でしたことはなかったね」
まるで純希の思考を読んだように小春は言った。
「こら」
純希は視線で、小春を小突いた。
「そんなはしたない娘に育てた覚えはありません」
「そう言わずに」
しかし、小春はケタケタと笑って純希の文句を受け流した。
「一回したら、ハマるかもよ?」
それから、誘惑する。
「ハマりません」
小春の誘いに、純希はプイッと横を向いてしまった。
(これは本気だな……)
そうしながらも心の中で冷や汗笑いする純希だった。




