三十六、発覚
野上沙弓が押せばできるらしいと言う噂は、たちまち広がった。
まずはクラスメイトと放課後の教室で、
♢♦♢♦♢♦
次に他のクラスとの男子と学校のトイレで、
♢♦♢♦♢♦
さらには、噂は上級生にも伝わった。
♢♦♢♦♢♦
しかし、初めての男子が多かったので、誰も沙弓を満足させることができなかった。
経験豊富にもかかわらず。沙弓が常に受け身だったのも原因の一つだった。
そして、二週間が経った。
塚田純希は、いつものように加藤小春、下野薫とともに朝食を食べてから、塚田家の部屋を出た。
エレベーターで一階まで降りて、エントランスに入る。
そこには沙弓が待っていた。
あれ以来、待ち合わせて登校していたのだ。
「おはよう、さゆ」
「おはよう、じゅんお兄ちゃ……ん」
純希の挨拶に、沙弓は潤んだ目で純希を見た。
それだけではない。
吐息を漏らしながら、髪を掻き分ける姿は全身に色香を纏っていた。
その雰囲気に、純希はウッ、となった。
初めて会ったときからほのかな色気は感じていた。
それが日が経つにつれて段々強くないっているのだ。
(したい……)
沙弓を見てそう思ってから、純希は頭を振った。
(僕には小春がいるじゃないか)
そして、自分を律する。
それぐらい、今の沙弓は色っぽかった。
「じゃあ、行こうか」
心の動揺を悟られないように笑顔を作って、純希は沙弓に声を掛けた。
それに沙弓はコクッと頷いた。
そのまま四人は一緒に登校した。
「ねぇ?」
昇降口で沙弓と別れると、小春がすぐに聞いてきた。
「さゆ、なんかエロくない?」
「それは、わたしも思った」
薫も同調する。
「うん……僕も思ってた」
二人の言葉に純希も頷いた。
「欲求不満なのかな?」
小春は首を傾げた。
「前に純希にして欲しいって、お願いしてたし……」
それから、うっかり口を滑らせる。
「えっ? なにそれ?」
その言葉に、薫が食いついた。
「えーっと……」
しまった、と思った小春はしどろもどろになった。
「入学してすぐに、言われたことがあったんだよ」
それを見て、純希は肝心なところは言わずに、簡潔に応えた。
「そうなんだ……」
なぜ、そんな話の流れになったのか、薫は気になったが、純希が醸し出す鉄壁の防御にそれ以上は聞けなかった。
「でも、あんなだと、男子から誤解を受けそう」
小春は沙弓の身を案じて、心配した。
「だよなぁ」
やはり心配そうに、純希は頷いた。
(ちょっと、弥一に聞いてみるか……)
そして、情報通の親友に確かめてみようと思った。
「その一年生の噂は知ってるよ」
純希が聞くと、内田弥一はあっさり答えてくれた。
その日の昼休み、三年A組での話だ。
「なんでも、いつも物欲しそうにしていて、押せばやらせてくれるらしい」
弥一の言葉に、純希は唖然とした。
「実際に、何人もの男子がやったらしいけど……」
そこまで言って、弥一は口を濁した。
「けど?」
だが、純希は続きを即する。
「なんか、最後は男としての尊厳を傷つけられるらしい」
「男としての尊厳?」
純希は眉を顰めた。
「ようするに、その女子を満足させられないらしい」
首を傾げる純希に、弥一は噛み砕いて説明した。
(そういえば、義兄に開発されてたって言ってたから、それでかな?)
純希は、沙弓との会話を思い出した。
「ウチのクラスでも被害者が出てるよ」
「誰?」
「松岡」
「ああ、それで」
純希も、数日前から松岡祐太朗がなにやら落ち込んでいるのは気付いていたが、それで合点がいった。
「でっ? 塚田も狙ってるの?」
ニマニマと笑みを浮かべて弥一は聞いた。
「そんな訳ないだろう!」
その言葉に純希は思わず、声を荒げた。
教室で昼食を取っていた生徒たちの視線が一斉に純希たちに向く。
「じゃあ、なんで?」
それを気にしつつ、声を潜めて弥一が聞いた。
「……ちょっといろいろあってね」
本当の事は言いたくなかった。
なので、純希ははぐらかした。
「ふーん」
弥一は少し面白くなさそうに腕を組んだ。
「まぁ、どうするか知らないけど、加藤にはバレないようね」
そして、忠告する。
(いや……むしろ相談しないと)
しかし、純希は正反対なことを考えていた。
”ブルッ”
そのタイミングで、ポケットのスマホが振動した。
スマホを取り出してみると、小春から『今、会えない?』と書いてあった。
すぐに純希は『踊り場で待ってて』と返信する。
「ちょっと急用ができた」
食べかけの弁当をしまった純希は、席を立った。
「加藤?」
「そんなところ」
弥一の問いには曖昧に答えて、純希は教室を出た。
三階と屋上の階段を結ぶ踊り場には、既に小春が到着していた。
「どうしたの?」
とりあえず聞いた純希だったが、話の内容には予感があった。
「さゆのことなんだけど……」
(やっぱり!)
それは見事に的中した。
「みっちゃんに聞いたら、なんか連日、男子を喰いまくってるみたい」
「僕も、弥一から聞いた」
動揺を見せない自分に驚いた小春に、純希は説明した。
「このままだと、学校側に知れるのも時間の問題かも」
純希は思案した。
「知られたら、どうなっちゃう?」
その表情に、小春も神妙な顔で聞いた。
「公立中学だと、停学や退学はできないけど、最悪は転校を勧められるかも……」
それに純希は、予想を述べる。
「そっか……」
小春は肩を落とした。
せっかく再会できたのに、また離れるのは少し寂しかった。
「なんとか、やめさせられないかな……?」
気持ちは純希も同じなので、腕を組んで考え込んだ。
「さゆがしてるのって、多分、ムラムラしてるからだよね?」
「多分……」
その問いに、純希は発情中の小春を思い浮かべながら頷いた。
「なら、方法がない訳じゃないけど……」
すると、小春は、珍しく歯切れの悪い言い方をする。
「その方法って?」
それをわかっていたから、純希も真面目顔で聞く。
「えーっとね……」
小春は、この話を聞いたときに最初に思いついた方法を説明し始めた。
その日の放課後。
沙弓はいつものように男子の誘いに乗って、行為に及んだ。
しかし、相手が初めてだったこともあり、沙弓を満足させることはできなかった。
結局、沙弓はいつものように失望に肩を落として下校した。
「さゆ」
マンションのエントランスに入るところで、沙弓は声を掛けられた。
純希だ。
小春も一緒にいる。
「じゅんお兄ちゃん、こはお姉ちゃ……ん……?」
沙弓は首を傾げた。
自分を待っていたのはすぐにわかったが、理由を思いつかなかったからだ。
「さゆにちょっと話があるんだけど、あたしの部屋まで来てくれない?」
そんな沙弓の心の内を知ってか知らずか、小春は用件を告げた。
「う……ん」
沙弓はコクッと頷いた。
(なんの話だろう……?)
心の中で思いながら。
そのまま三人はエレベーターで三階まで上がった。
エレベーターの中で純希と小春は終始無言だった。
漂うシリアスな雰囲気に、沙弓は緊張してきた。
三階に着いてエレベーターを降りた純希と小春と沙弓は、そのまま加藤家の部屋に入った。
「座って」
玄関のすぐ横にある小春の部屋に入ると、小春はテーブルを囲むクッションに沙弓を薦めた。
コクッと頷いた沙弓は、クッションに座った。
その正面に純希が座り、小春は勉強机のイスに腰掛けた。
「さゆにちょっと聞きたいことがあるんだけど?」
純希はいきなり本題を切り出した。
「……?」
それに沙弓は首を傾げる。
「いろんな男子としてるって、本当?」
途端、沙弓は恥ずかしさで頬を朱色に染めた。
それから、遠慮がちにコクッと頷く。
(やっぱり……)
純希と小春は同時に同じことを思った。
「そういうことを続けてると、さゆが危険だと思うんだ」
純希は慎重に言葉を選びながら、言い聞かせようとした。
「う……ん」
沙弓は力なくコクッと頷いた。
沙弓は頭は弱いが馬鹿ではない。
自分がしていることが危険だという自覚はあった。
「今すぐ、やめた方がいい」
それを察した純希は、少し強めの口調で言った。
「もし、この件が学校に知られたら、転校することになりかねない」
「それ……は……!」
純希の言葉に、沙弓は慌てた。
「また、お母さんを悲しませるのは、駄……目」
沙弓は苦しそうに俯いた。
「なら……」
「で……も!」
言いかけた純希の言葉を沙弓は聞いたことない大声で遮った。
「身体が求める……の」
顔を上げた沙弓は泣いていた。
「毎朝、自分でしてても、我慢できなくて……それ……で……」
涙声で沙弓は訴えかけた。
「つい、誘いに乗っちゃうんだね?」
そんな沙弓に純希は一転、優しく語りかけた。
沙弓はコクッと頷いた。
それを見て、純希は今まで黙ってことの成り行きを見守っていた小春を見上げた。
「一つだけ、方法があるよ」
小春は、おもむろに口を開いた。
「え……っ?」
その言葉に、沙弓は顔を上げて小春を見た。
「あたしと同じ仕事、してみない?」
「え……っ?」
それを聞いた沙弓は、小さく驚いた。




