三十四、誠也の場合
翌朝の一年C組の教室。
授業が始まるにはまだ間があるので、生徒たちは思い思いのグループに分かれて雑談していた。
石川誠也と清川結もそんなグループの一つだった。
それはいつもの光景だったが、一つだけ違うのは、浅沼幸太の姿が見えなかったことだ。
「幸太の奴、遅いなぁ」
スマホの時計で時間を確認した誠也が、独り言のように呟く。
「今日は休みかな?」
それを拾った結が、そんなことを言ってみる。
だが、結も本気で思っている訳ではなかった。
小学校時代から、幸太は無遅刻無欠勤で通っていたからだ。
「なにかあったのかなぁ?」
誠也が心配したとき、
”ガラッ”
教室のドアが開いて、幸太が登校してきた。
「幸太、遅か……」
そこまで言って、誠也は言葉を止めた。
幸太が酷い顔をしていたからだ。
目は腫れ、瞳は赤く充血し、顔の血色も悪い。
「どうしたんだよ!」
驚いた誠也は、幸太に聞いた。
「……」
しかし、幸太は答えようとしない。
「誰かに、何かされた?」
明らかに様子がおかしい幸太に、結は優しく問いかけた。
「誰にやられたんだ!?」
三人の中では一番武闘派の誠也がいきり立った。
「……いや……なにもされてないよ」
それを見て、幸太はようやく重い口を開けた。
「むしろしたのは俺の方というか……」
そして、ポツリポツリと語り始める。
誠也と結は、真剣な面持ちで黙って聞いていた。
「……昨日、野上としたんだ」
「えっ?」
「本当?」
幸太の衝撃の告白に、誠也と結は目を見開いた。
「やったじゃん!」
誠也は単純に喜んだ。
「どうだった? 初体験の感想は?」
そして、無遠慮に聞く。
「俺は気持ち良かったけど……」
そこまで言って、幸太は言葉を濁した。
「けど?」
誠也よりも冷静な結が、続きを促した。
「……野上は気持ち良くなかったって」
そのときのことを思い出して、幸太は目に涙を浮かべた。
悔しかったのだ。
おかげで昨晩は全然、寝られなかった。
その姿に誠也と結は、言葉に詰まった。
三人の間に微妙な空気が流れる。
「でも、互いに初めてなら、そんなもんじゃない?」
その沈黙に耐えられなくて、結が気休めを言った。
「野上は初めてじゃなかったみたい……」
幸太のまたもや衝撃の発言に、誠也と結は今度も目を見開いた。
「あと……俺のは小さくから、気持ち良くないんだと……」
幸太は悔しさに顔を歪ませた。
それを聞いた誠也と結は、あちゃーとなった。
「野上って、そんな経験豊富なのかよ……」
すぐに言葉が出なかった誠也だったが、やっとのことでそれだけ絞り出した。
「人は見かけに……」
それを受けて結も言いかける。
「いや……見た目通りか……」
だが、教室の隅で今日も発情している野上沙弓を見て、結は発言を修正した。
「よし!」
落ち込む幸太の背中を、誠也はバン! と叩いた。
「俺が今日、復讐してやるから!」
「……それって、誠也がやりたいだけじゃないの?」
威勢良く言った誠也を、幸太はジト目で見た。
「まぁ、うまくいけばまた野上とできるようにしてやるから楽しみにしてな」
それに誠也は自信を持って応える。
「逆襲されないように、ね」
そんな誠也に、結は水を差した。
「任せておけって」
しかし、そんな茶々も気にしない様子で、誠也は胸を張った。
授業と授業の間の短い休み時間。
誠也は、沙弓の席に行った。
「野上」
誠也が声を掛けると、沙弓はビクッと肩をふるわせた。
それから警戒心マックスで、誠也を見る。
「今日の放課後、話があるから教室に残ってくれない?」
あいかわらず色香をダダ漏れさせている沙弓に、頭をクラクラさせながらも誠也は用件を伝えた。
それを聞いた沙弓は躊躇した。
今まで話したことのなかった男子から、急に話し掛けられたのだ。
警戒もする。
人見知りな沙弓なら、なおのことだ。
それを見た誠也はとっておきの殺し文句を口にする。
「昨日の幸太……浅沼と同じ用だ」
「……!?」
誠也の言葉に沙弓は目を見開いた。
それから、コクッと頷いた。
それだけで誠也は、発する色香に股間を熱くした。
「じゃあ、頼んだよ」
周りの女子が訝しげにこちらを見ているのに気付いた誠也は、念を押すと急いでその場を立ち去った。
「……♡」
そんな誠也に、沙弓は期待してしまった。
そして、放課後になった。
誠也に言われたとおり、沙弓は教室に残った。
もちろん、誠也も一緒だ。
「野上……」
誠也は、沙弓の席に近づいた。
「ん……?」
顔を上げた沙弓は、視点の定まらない目で誠也を見上げた。
その仕草が色っぽくて、誠也ははたくも股間を熱くした。
「昨日、幸太としたんだって?」
誠也の問いに、沙弓は頬を朱色に染めた。
それから、コクッと頷く。
「なら、今日は俺としようぜ」
はやる気を押さえながら、誠也は提案した。
「俺は幸太と違って、大きいから」
そして、自信ありげに言う。
これは決して誠也の思い込みではない。
小学校の頃、所属していたサッカーチームの合宿で、風呂のとき、比べあったのだ。
「そうなん……だ」
その言葉に、沙弓は期待の目で誠也の股間を見た。
「いいだろう?」
誠也の問いに、沙弓はコクッと頷いた。
♢♦♢♦♢♦
「ごめん、野上!」
沙弓の前で誠也は手を合わせた。
結局、行為は一擦り半で終わってしまい、誠也は平謝りした。
「いい……よ」
それが可哀想で、沙弓は気を遣った。
「もう一回、チャンスをくれ!」
「もう、ゴム、な……い」
拝む誠也に、沙弓は困ったような顔をした。
「そっか……」
それを聞いた誠也は露骨に落ち込んだ。
翌朝の一年C組の教室で、幸太は相変わらず落ち込んでいた。
しかも、今日はそれに誠也も加わっていた。
二人の周りの空気だけが、ドヨーンと重かった。
「結局、誠也も撃沈か」
それを見て、結は冷や汗笑いをした。
「仕方ないなぁ」
そして、幸太と誠也に言った。
「ここは僕の出番かな」
「自信あるのかよ?」
ドヤ顔の結に、ふてくされたように幸太が聞いた。
「二人とも焦りすぎなんだよ」
その問いに結は立てた人差し指を振った。
「入れる前に、ちゃんと前戯しなきゃ」
それから、もっともな意見を述べる。
「でもよ……」
それに対して誠也は反論した。
「実際、野上の前だと我慢できなくなるぞ」
誠也の言葉に幸太もコクコクと頷いた。
「僕は、そこまでがっついてないからね」
結は自信ありげに言った。
「まぁ、見てなよ」




