二十八、初詣
大晦日。
十二月三十一日の深夜。
塚田家の部屋では、塚田純希が外出の準備をしていた。
セーターにジーンズを穿いて、その上にダウンジャケットとマフラーをしている。
完全防寒の装備だ。
ソファーに座って、年末特番を眺めていると、インターフォンが鳴った。
「はい」
母、塚田希美が出ると、画面には下野薫が映っていた。
『薫です』
「待っててね、今開けるから」
薫の言葉に、希美はバタバタと玄関に向かうとドアを開けた。
「夜分遅くに失礼します」
薫は、あらためて頭を下げた。
「年末だもん」
だが、希美は意に介さない様子で、薫を招き入れた。
薫はセーターにデニムのロングスカートを穿き、上には純希と同じくダウンジャケットとマフラーで武装していた。
そのまま、希美について薫はリビングに入った。
「こんばんは、委員長」
「こんばんは、塚田」
純希と薫は互いに挨拶を交わす。
「あれ?」
そのあとで薫は首を傾げた。
「加藤は?」
加藤小春がいなかったからだ。
「まだ来てないよ」
それを聞いた薫は訝しがった。
「そろそろ時間じゃない?」
リビングの時計は約束の時間を過ぎていた。
「そうだね……連絡してみようか」
ポケットからスマホを取り出した純希は、『時間だけど、なにかあった?』とメッセを送った。
すると、いつもならすぐつくはずの既読がつかない。
純希は首を傾げた。
そのまましばらくスマホと睨めっこする。
すると、既読がついて、『終わった』『すぐ行く』と返事が返ってきた。
「今、来るって」
純希が薫にそう告げると、インターフォンが鳴った。
希美が対応に出ると、
「あら」
と笑みを零した。
『小春です』
「待っててね」
またもやバタバタと玄関に向かった希美は、小春を迎え入れた。
そして、リビングに戻ってくる。
「あっ……」
一緒に入ってきた小春を見て、純希は目を奪われた。
小春が振り袖を着ていたからだ。
振り袖は、赤地に白い鶴が舞い、桜の花が散りばめられた柄で、帯は金、黒、それに赤が入り交じった柄をしていた。
髪は後ろ髪が上げられ、いつもは隠れているうなじが露わになっていた。
前の髪には、赤い花を集めたような髪飾りが彩られている。
(やられた……!)
それを見た薫は、心の中で叫んだ。
案の定、純希は小春の振り袖姿に見とれて言葉が出ない。
「変かな……?」
無反応の純希に、小春は珍しくしおらしくなった。
「ううん」
それで純希は、我に返った。
「似合ってる」
純希は、ドギマギしながら応えた。
「……」
二人の間に流れる甘酸っぱい空気に、薫は言いようのない敗北感を味わった。
「じゃあ、初詣行ってくる」
ソファーを立った純希は、希美に告げた。
「暗いから気をつけてね」
希美は笑顔で三人を送り出した。
大人はついて行かない。
小学生までは家族でお参りをしたが、中学に上がったのを機に子供たちだけで行かせるようになったのだ。
その間、大人は酒を酌み交わしていた。
もっとも、今年は小春の母、加藤昌美がいないので、少し寂しい年越しになったのだが。
除夜の鐘が鳴り響く中、純希と小春と薫は、神社へと向かっていた。
「着付けなんてできたんだ?」
その途中で、薫はやっかみ半分で小春に聞いた。
「この日のために練習したんだよ」
それに対して、小春は鼻高々だった。
「わたしも振り袖にすればよかった……」
暗い夜道の中でも、小春だけ明るいスポットライトが当たっているかのように栄えていた。
それを薫は羨ましいと思った。
「着れるの?」
「着れないけど……」
小春の問いに、薫はふてくされ気味に答えた。
「そろそろ時間かな?」
純希はスマホの時計を見て、独り言のように呟いた。
時計は、二十三時五十九分を表示していた。
それが零時に変わる。
「あけましておめでとう」
「あけまして、おめでとう!」
「あけまして、おめでとうございます」
三人は互いに新年の挨拶を交わした。
そうしているうちに、神社に着いた。
神社は小さいが、ちゃんと夜店も出ている。
人も大勢来ていて、ごった返していた。
それを見た小春は、純希の袖を掴んだ。
「?」
「はぐれると、困るから……」
純希が首を傾げると、小春は珍しく恥ずかしそうに言った。
「うん」
頷いた純希は、小春の手を握った。
(そういえば、小春と外で手を繋ぐのって、子供の頃以来だ……)
そう思うと、純希の顔は熱くなった。
「……!」
それ見た薫も、純希のもう片方の裾を掴んだ。
「はぐれると困るから……」
薫は頬を朱色に染めながら、小春と同じ事を言った。
「うん……」
小春のことを気にしながらも、純希は薫の手を握った。
「真似っこ」
当然、小春はムッとした。
「人が多いから……」
それに薫は言い訳をする。
そんな二人に挟まれた純希は、心の中で冷や汗笑いした。
そのまま三人は、お参りの列に並んだ。
しばらくすると順番が来た。
純希と小春と薫は、お賽銭を投げた。
そして、祈る。
(小春と恋人になれますように)
純希は熱心に祈った。
(純希と両思いになれますように)
小春も熱心に祈った。
(塚田とまた、できますように)
薫は祈ってから、自分はなんてふしだらなお願いをしてしまったのだろう、と自己嫌悪した。
「熱心になに、お願いしてたの?」
お参りが終わったところで、小春は純希に聞いた。
「えっ?」
それに純希は、一瞬、答えに詰まった。
本当の事は言えなかったからだ。
「成績アップを、ね」
なので、咄嗟に誤魔化した。
「僕らも来年、受験だし」
「そっか……」
純希が自分のことをお願いしていなかったので、小春は少し気落ちした。
「小春は?」
「仕事がうまくいきますように、かな」
だから、聞き返した純希に、小春は意地悪した。
「あははは……」
案の定、純希は乾いた笑いを浮かべた。
「委員長は?」
それから純希は、話題を変えるため、話を薫に振る。
「わたし?」
不意を突かれて、薫は驚いた。
「わたしは……」
薫は少し考え込んだ。
「塚田と同じ高校に行けますように……かな?」
そして、曖昧に答える。
「ふーん」
そんな薫を小春は疑いの目で見る。
(絶対、嘘だ)
純希と小春は、心の中で思った。
「あっ、おみくじがある!」
その空気を感じ取って、薫は露骨に話題を逸らした。
「本当だ」
「引いていこうよ」
二人も、それ以上追求する気はなかったので、それに乗った。
純希と小春と薫は、おみくじを引いた。
結果は、小春が大吉、薫が末吉。
「本当か……」
そして、純希は凶だった。
「あたしがついてるから大丈夫」
落ち込む純希を、小春は励ました。
「枝に括れば厄除けになるんじゃなかったけ?」
薫もフォローする。
「うん」
それで元気を取り戻した純希は、すでに多数のおみくじが結ばれている枝に、自分のおみくじも結んだ。
それが終わると、三人は屋台を見て回った。
「あっ、リンゴ飴ある!」
小春は、喜んだ。
「買おうっと」
それから、リンゴ飴を買う。
「小春、好きだもんね」
そんな小春を、純希は笑った。
「一口、いる?」
上機嫌の小春は、食べかけのリンゴ飴を純希に差し出した。
「ん……」
頷いた純希は、自然な流れでリンゴ飴を一口かじる。
「!?」
それを見て、薫は驚愕した。
「どうしたの?」
その様子に気付いた純希が聞いた。
「今の……間接キス……」
薫はワナワナと唇を震わせた。
「あっ……」
言われてみて、始めて二人は自分達の行為を自覚した。
「これぐらい、いつものことだから」
だが、小春は照れる様子も見せず、なんでもないことのように言った。
「そう、なんだ……」
その言葉に、薫はまたもやいいし得ない敗北感を味わった。
三人の間に微妙は空気が流れる。
「あっ! 絵馬がある!」
それを吹き飛ばすように、小春は叫んだ。
「奉納していく?」
「うん」
純希の問いに、小春は頷いた。
「じゃあ、わたしも……」
さっきのことは忘れて、薫も頷いた。
絵馬をもらい、三人は裏にそれぞれの願いを書いた。
純希は『小春とずっと一緒にいられますように』と。
小春は『純希とずっと一緒にいられますように』と。
そして、薫は少し迷ってから『塚田と両思いになれますように』と書いた。
「同じだね」
絵馬を見せ合った純希と小春は、笑った。
「委員長は?」
それから純希は、薫の方を見た。
「わ、わたしは……!」
薫は慌てて絵馬を隠した。
「……内緒」
そして、頬を朱色の染めながら答える。
しかし、純希は見てしまった。
薫が絵馬に託した想いを。
(ごめん、委員長……その願いは叶えてあげられない)
心の中で純希は、頭を下げた。
そして、帰り道。
「寒いね」
人混みの熱気で感じなかったが、神社から離れて小春は息で手を温めた。
「こうすれば、暖かいよ」
すると、純希は小春の手を自分のダウンジャケットのポケットの中に入れた。
「!?」
完全な不意打ちを食らって、小春はドキッとした。
それを見た薫は、小春が羨ましくなった。
「わたしも、手が寒いなぁ」
そんな薫のアピールに、純希はクスッと笑った。
「こっち側が開いてるから、手を入れたら?」
「いいの!?」
純希の提案に薫は驚いた。
それから、いそいそと手を純希のダウンジャケットのポケットに入れる。
(甘いなぁ……)
そんな純希に、小春は心の中で苦笑いした。
そのまま三人は、マンションまで帰ってきた。
小春と一緒に、薫を部屋まで送った純希は、加藤家の部屋に入った。
そして、二人はリビングまで来た。
「お茶でも煎れる?」
小春はダイニングへ向かおうとした。
「小春……」
しかし、それを純希が止めた。
「キスしたい……」
純希の言葉に小春は顔を蕩けさせた。
「あたしも……」
純希はソッと小春の唇に自分の唇を合わせた。
始めは軽く、そして、段々と激しくディープになっていく。
「……ちゅぱれろれろじゅる……ちゅぱじゅるじゅるじゅる……ちゅぱくちゅ……れろくちゅ……」
純希と小春は、舌を絡めあった。
「れろくちゅれろ……じゅるじゅるれろれろれろ……れろれろちゅぱ……れろれろ……」
淫靡な音がリビング中に響く。
「ちゅぱっ……」
どちらともなく二人は唇を離した。
「ベッド、行く?」
小春は、潤んだ瞳で聞いた。
「いや……」
それに純希は否定した。
「今日はこのまましたい」
「着物、着たまま?」
純希の言葉に、小春は首を傾げた。
「うん」
純希は割と真剣な目で頷く。
「でも、帯ずれたら着崩れちゃうよ」
「後ろからすればあまり着崩れないよ」
戸惑う小春に純希は即答した。
「……なんで、そんなこと知ってるの?」
小春は訝しがった。
「それは……」
いつか着物姿の小春とすることを想って勉強していたのだが、純希は本当の事は言えなかった。
「純希のエッチ」
だが、それを見透かした小春はジト目で純希を見る。
「あはははは……」
その視線に純希は乾いた笑いをするしかなかった。
「いいよ……このまましよっ」
ソファーの背もたれに手をついた小春は、着物に包まれた臀部を突き出す。
「うん……」
それを見た純希はズボンのベルトを緩めた。
♢♦♢♦♢♦
「はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……」
荒い息がリビング中に響く。
純希と小春は、ソファーに折り重なるように朽ち果てていた。
しばらく快感の余韻に浸る。
ようやく回復した二人は、起き上がった。
「純希っ……!」
すると小春はずいぶんお冠のようだった。
「えっ?」
怒りの理由はわからず、純希は焦った。
「うなじにキスマーク、つけたでしょう?」
「つけたけど……悪かった?」
問い詰める純希に、小春はキョトンとした。
「うなじなら髪で隠れるから、大丈夫だと思ったんだけど……」
言い訳する純希を小春はジト目で見た。
「あたし、今晩も仕事なんだけど?」
「えっ?」
その言葉に、純希は意表を突かれた。
「まさか……、着物で仕事に?」
純希は思いつく最悪の答えを恐れながら聞いた。
「そうだよ」
それに、小春は頷いた。
「そのために着物も買ってもらって、着付けも練習したのに……」
「ごめん!」
純希は頭を下げて、手の平を合わせて拝むように謝った。
「まぁ、いいよ……お客様には、他のお客様につけられたって言うから」
小春の言葉に他意はなかったが、それでも純希は僅かに傷ついた。
「本当にごめん!」
しかし、悪いのは自分である。
結局、純希にできるのは平謝りすることだけだった。
(まぁ、純希にマーキングされること自体は、悪い気はしないけどね)
そんな純希の思いなど知らずに、小春は呑気に思った。




