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僕の幼なじみは今夜も知らない誰かに抱かれる(R15版)  作者: 碗古田わん


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二十七、薫アフター

挿絵(By みてみん)

 あれから三日が経った。

 その間、一人暮らしを始めた下野(しもの)(かおる)は、食事はコンビニの弁当で済ませていた。

 料理の経験が無かったからだ。

 土日を挟んで、月曜日の三時限目。

 二年B組は自習だった。

 しかし、真面目に勉強しているのはごく一部で、大半の生徒は駄弁ったり、メッセで他のクラスの友達に茶々を入れたりしていた。

 薫も普段なら静かに勉強しているのだが、今日は違った。

 隣の席の加藤(かとう)小春(こはる)にこっそり隠れてメッセで相談していた。

 曰く、『電車だと()()()の場所がよくわからない』。

 『鋼君に所在地、聞いた?』と小春は返信した。

 すると、『聞いたけど、地図の見方がわからない』と返ってくる。

 薫は方向音痴だったのだ。

「はーっ……」

 小さく溜め息をついてから、小春はメッセを送った。

 『なら、一緒に行く?』と。

 口で説明するの面倒だし、どうせ行き先も同じだから、での提案だった。

 それを読んだ薫は、思わず横を向いた。

 そして、目が合った小春に口パクで、いいの? と聞く。

 小春はコクッと頷いた。

 それから小春は、二年A組で授業を受けているはずの塚田(つかだ)純希(純希)に、『今日、一緒に帰れない』とメッセを送った。

 すると、すぐに既読がつき、『()()?』と返ってくる。

 『委員長を事務所まで案内する』と小春は返事をした。

 今度も、既読はすぐについたが、返信には間があった。

 結局、『了解』と短いメッセージが返って来て、純希とのやり取りは終わった。


 そして、放課後。

 小春と薫は、一緒に学校を出た。

 そのまま、最寄り駅に向かう。

 途中、二人はずっと無言だった。

 薫が、気まずい空気を纏っていたからだ。

「純希と()()んだって?」

 それを察した小春は、いきなり直球をぶつけてきた。

「えっ?」

 その問いに、薫は頭の中が真っ白になった。

「どうして……?」

 辛うじて、その言葉だけを絞り出す。

「純希が自白した」

 小春の言葉に薫は、心の中で、どうして? と繰り返した。

 だが、すぐに純希の性格ならあり得ると思った。

「まぁ、あたし的には別に構わないんだけどね」

 小春は嘘をついた。

 本当は、純希に自分以外とはして欲しくない。

 自分の事を棚に上げるので口には出せないが。

「怒らないの?」

 小春の言葉を信じた……否、信じられなかったから薫は驚いた。

「言ったでしょ? あしたちは幼なじみだって」

 それは詭弁に過ぎなかった。

 幼なじみでも、好きな男子(ひと)が、他の女子と()()のは耐えられない。

(なら、わたしも塚田と自由に()()いいのかな?)

 しかし、薫はまったく別のことを考えていた。

 自分に都合のいい妄想を。

「それに、一回だけって、約束なんでしょ?」

 それを見透かしたように小春は圧をかけた。

「う、うん……」

 その鋭い目つきに、薫がぎこちなく頷いた。

「なら、もう気にしなくていいよ」

「うん……」

 薫は首を縦に振ったが、内心では残念がった。

 そうしているうちに、二人は駅に着いた。

「ちゃんと覚えてよね」

 小春は念を押して、電車に乗り込んだ。

 途中、私鉄を乗り換えて、新横浜へと向かう。

「大丈夫? 覚えられそう?」

 新横浜の駅に降り立った小春は、薫に再び聞いた。

「う、うん……大丈夫だと思う」

 本当はかなり不安だったが、せっかく道案内してくれた小春を思って、薫は強がった。

 そのまま小春について、薫は()()()に向かった。

 薫は首をくるくる回しながら、周りの風景を必死になって覚えようとしていた。

 そして、()()()の入るビルに着くと、エレベーターで上がった。

 ()()()のある階で降りて、スマホをかざしてドアのロックを解除する。

「おっ、コハちゃんも一緒だったすか」

 中に入ると(かぶと)(はがね)が、軽薄な笑みを浮かべて二人を出迎える。

「じゃあ、あたし、仕事の準備するから」

「うん……ありがとう」

 薫にお礼を言われて、小春は、へぇ、という顔をした。

「鋼君、あとよろしくね」

 しかし、それも一瞬で、すぐに素に戻ると奥の待機部屋に向かった。

「じゃあ、俺らも行くっすかね」

「はい……」

 鋼の言葉に薫は少し緊張気味に頷いた。

 二人は()()()を出ると、エレベーターで一階まで下がり、ビルを出た。

 目的地はそこから二ブロックほど離れたビルの中にあった。

 里中産婦人科院。

 そこが今日の目的地だった。

「ちわーす」

 誰もいない受付で鋼が挨拶すると、奥からバタバタと足音が聞こえた。

 そして、ナース服を着たウェーブのかかった茶髪に染めた髪を背中まで伸ばして後ろで結び、黒目がちな目をした二十代半ばの美女が現れた。

 看護師の浅井(あさい)静香(しずか)だ。

「予約していた新人さんを連れて来たっす」

 いつものチャラい調子で用件を伝えた鋼に、静香は無言で頷いた。

 そして、問診票の挟んであるバインダーを薫に差し出す。

「これは……?」

 取り敢えず受け取ったが、薫は戸惑った。

「書い……て」

 それに静香は、言葉少なげに教える。

「わかりました」

 まだ戸惑いは抜けていないが、薫は頷いた。

 待合室のソファーに座って、薫は問診票を記入し始めた。

 名前、生年月日のあと、『今日はどうされましたか?』の欄に性病検査の欄にチェックを入れる。

 今日は()()()に入って初めての性病検査の日だったのだ。

 それから、薫は妊娠検査の項目にもチェックを入れた。

 明らかに生理が遅れていたからだ。

 記入し終わり、薫は問診票を静香に返した。

「そのまま待って……て」

 問診票を受け取った静香は、薫をその場に待機させた。

 奥に入った静香は、すぐに紙コップを持って出てくる。

「尿、取って……トイレの棚に置い……て」

 静香は紙コップを薫に渡すと、指示した。

「はい」

 頷いた薫は、チラッと鋼を意識して頬をほんのり染めながらトイレに入った。

 トイレで尿を取り、言われたとおり棚に置く。

 それから薫は、トイレを出て、待合室のソファーに座ろうとしたとき、診察室から名前を呼ばれた。

 診察室に入ると、年の頃なら三十歳ぐらいで、ストレートの黒髪に前髪を揃えて、切れ長の目に白い肌をした和風美人の女医が待っていた。

「私はこの医院の院長をしている里中(さとなか)結月(ゆづき)、よろしくね」

「し、下野薫です」

 挨拶する結月に、薫は噛みそうになりながら応える。

「じゃあ、検査するから、ショーツを脱いでそこに座って」

 結月の指示で、薫はショーツを脱ぐと内診台に座った。

(これって、確か……)

 産婦人科にかかったのは初めてだったが、この(イス)のことはなんとなく知っていた。

 思った通り、内診台はまず上昇すると、太腿が乗った部分が左右に開いた。

 自然と足が左右に開く。

 そこでいつの間にか診察室に入っていた静香が上半身と下半身を分けるようにカーテンを引く。

 これで、薫からは下半身でなにが行われているかわからなくなった。

 スーッとした感覚がして、薫はスカートをめくり上げられたと思った。

 そのまま検査が始まり、十分ぐらいで終わった。

「じゃあ、待合室で待ってて」

 内診台を下りて身なりを整えた薫に、結月は指示した。

 言われたとおり診察室を出ると、鋼が待っていた。

「結果はいつ出るんですか?」

 鋼の隣に座った薫は、検査中からズッと疑問だった事を聞いてみた。

「ここは迅速検査だから、すぐ出るっす」

 鋼は、ニカッと笑って親指を立てる。

「はぁ……」

 そんな鋼の態度に、薫は若干引き気味だった。

 そして、程なく薫は再び診察室に呼ばれた。

「鋼……も」

 しかし、呼ばれたのは薫だけではなかった。

 鋼にも入るようにと静香に促される。

 鋼は驚いた様子も見せずにそれに従った。

 薫は診察室のイスに座り、鋼はその後ろに立った。

「検査の結果だけど……」

 結月はおもむろに話し出した。

「性病検査は陰性だったわ」

 それを聞いて薫はホッとした。

 もっとも、みな性行為は初めての者ばかりだったので、心配すること自体が杞憂だったのだが。

「でも……」

 そこで結月は言葉を切った。

「妊娠はしてるわね」

 そして、沈着冷静な口調で結果を述べる。

 それを聞いた薫は、予想はしていたが小さくショックを受けた。

「今は妊娠二ヶ月といったところね」

 そんな薫にも結月は容赦なく事実を突きつけた。

「どうする?」

「中絶します」

 結月の問いに、薫はハッキリとした口調で宣言した。

 これは、妊娠が疑われたときから決めていたことだった。

「鋼君もそれでいい?」

 すると結月は、鋼にも意思確認した。

「いいっす」

 鋼は即答した。

 鋼も、あからじめ、この件は()()である(つるぎ)銀治郎(ぎんじろう)()()と協議して決めていたのだ。

「手術は今からでも可能だけど、どうする?」

 今日はもうこのあと、予約は入っていない。

「お願いします」

 偶然だったが、薫的には好都合だった。

「じゃあ、準備しましょう」

 結月は手術の準備を静香に指示した。

「鋼君は、外で待っててね」

「うっす」

 鋼は頷くと診察室を出た。

「じゃあ、ショーツを脱いで」

 結月は薫に指示した。

「あっ、汚れるといけないから、スカートも脱ぎましょうか」

 それに従って薫はジャンパースカートとショーツを脱いだ。

 そして、静香に促されて、内診台に座る。

「手術は静脈麻酔で行うから、痛みは感じないわ」

「右腕をめくっ……て」

 いつの間にか点滴スタンドを持って横に立っていた静香にまたもや即され、右腕をめくる。

 その腕を消毒してから、静香は点滴針を刺した。

「ゆっくり数を数え……て」

「一……二……三……四……五……六……」

 言われるままに薫は数を数え始めた。

「七……八……九…………」

 薫が覚えているのはそこまでだった。


 目が覚めると、白い天井が見えた。

「知らない天井だ……」

 まだハッキリしない意識で、薫はそんなことを呟いた。

「目が覚め……た?」

 すると、静香が顔を覗き込んできた。

「はい……」

 そこで薫は自分がベッドに寝かされていることに気付いた。

「今、先生呼ぶから、待てっ……て」

 そう言って静香は、ベッドサイドを後にした。

 ここは診察室ではなく、別の部屋だった。

 待っているとすぐに結月が静香を従えてやってきた。

「どう? 痛みはない?」

「……大丈夫です」

 結月の問いに、薫は自分の感覚を確かめるように答えた。

 結月の話だと、手術そのものは十五分ほどで終わったらしい。

 そのあと、麻酔が覚めるまで隣の処置室で寝ていたのだ。

 衣服はいつの間にか着せられていた。

 誰が着せたのか気になったが、薫は考えないようにした。

「じゃあ、術後の過ごし方を説明するわね」

 薫は、結月から最初の三日間は安静にすることや二週間は激しい運動はしないことなどの注意を受けた。

「最後に、手術から二週間は性行為はできないから、そのつもりでいて」

「えっ?」

 それを聞いた薫の顔色が変わった。

「何か問題でも?」

 その変化を敏感に感じ取った結月が聞いた。

「いえ……わかりました」

 しかし、薫はなにも言わず、頷くだけだった。

「なら、今日はおしまいよ」

 結月は柔らかく微笑んだ。

「念のため、痛み止めと、鋼君に頼まれていたピルがでるから受け取ってから帰ってね」

「ありがとうございました」

 薫は頭を下げてから、処置室を出た。

「あっ、下野ちゃん、起きたっすね」

 すると鋼がいつものチャラい笑顔で話し掛けてきた。

「大丈夫っすか?」

 それから、薫の身体を心配する。

「はい……」

 薫は少し不安げに答えた。

「なにか心配事でもあるっすか?」

 それを見逃さず、鋼は聞いた。

「手術後、二週間は性行為禁止って言われたんですけど……」

「大丈夫っす」

 心配する薫に鋼は親指を立てた。

()()は、充分休養を取った後からでも全然大丈夫っすから」

「そうなんですか!?」

 鋼の言葉に、薫は驚きの声を上げた。

「こういうパターンも想定してたので、心配は無用っす」

 それを愉快そうに見ながら、鋼は断言した。

 実は、薫が寝ている間に銀治郎と連絡を取って、今後の方針を話し合っていたのだ。

「ありがとうございます」

 薫は鋼の気遣いに心のから感謝した。

「じゃあ、事務所に戻るっすかね」

「あっ、薬が出てるんです」

 鋼の言葉を薫は慌てて否定した。

「こ……れ」

 それまで二人のやり取りを受付で黙って見ていた静香が、薬を差し出した。

「こっちが痛み止めで、こっちがピ……ル」

 二つの薬を受け取った薫は、ピルの袋の中身を覗き見た。

「ピル、飲んだこと……は?」

「ないです」

 静香の問いに、薫は首を横に振った。

「じゃあ、説明す……る」

 それを聞いた静香は、ピルの飲み方を説明した。

「最初は、次に生理が始まったら飲ん……で」

 薫は静香の言葉を熱心に聞いていた。

「そろそろ帰るっすかね」

 一通り説明が終わったタイミングで、鋼は声を掛けた。

「はい」

 その声に、薫は頷いた。

「帰りは車で送るっす」

 チャラい笑顔で鋼は、ウインクした。

 それが不快にならないぐらいまで、薫は鋼のことを理解していた。

「ありがとうございます」

 なので、あらためて頭を下げてお礼を言った。


 それから三日間、薫は学校を休み、家で安静にしていた。

 食事は、心配した純希の母、塚田(つかだ)希美(のぞみ)が三食分用意してくれた。

 それを純希が毎朝、朝食と昼食を届け、夜には夕食を届けた。

 純希は両親に、薫の家庭環境が悪かったこと。

 学校で酷い目に遭ったこと。

 それがきっかけで小春の()()()に保護してもらったこと、を説明していた。

 中絶の件は、小春から聞いていたが黙っていた。

 ()()の件は、敢えて言わなかったが両親は薄々感づいているようだった。


 そして、週末の金曜日。

 学校に復帰する日。

 薫は、緊張気味に塚田家の部屋のインターフォンを押した。

『はぁーい』

 するとすぐに希美が応対に出る。

「おはようございます、薫です」

『おはよう、ちょっと待っててね』

 トタトタと音がして、部屋のドアが開けられる。

「いらっしゃい」

 希美は母性溢れる笑顔で、薫を迎え入れた。

「これ、ありがとうございました!」

 それに薫は、頭を下げながら昨日の夕食を入れていた食品保存容器を差し出す。

 もちろん、洗ってある。

「どういたしまして」

 ニコニコと微笑んで、希美は食品保存容器を受け取った。

 それから薫は希美に連れられて、ダイニングへと向かった。

「おはようございます」

 朝の挨拶をしながら、ダイニングに入る。

「おはよう」

 いつも通り、タブレットでニュースをチェックしていた塚田(つかだ)純生(すみお)が寡黙に挨拶を返す。

「おはよう!」

 おかずの乗った皿をテーブルに置きながら、小春も元気に挨拶を返した。

「あっ!」

 それを見た薫は、慌てた。

「わたしも手伝います!」

「じゃあ、ご飯をよそってくれる?」

「はい!」

 笑顔で指示した希美に従って、薫は炊飯器から茶碗にご飯をよそった。

「おはよう」

 そうしているうちに、身だしなみを整えた純希がダイニングに入って来る。

「じゃあ、揃ったことだし、いただきましょうか」

 希美の言葉に、全員が席に着いた。

 そして、一斉にいただきますをして、食事に入った。


 朝食を済ませた純希、小春、薫の三人は、一緒に学校へと向かった。

「身体の方はもういいの?」

 小春は、薫に聞いた。

 中絶手術したことは、銀治郎から聞いていた。

「出血も痛みもないから、もう大丈夫」

 それに薫は、本当に平気そうに答える。

 念のため、ナプキンはつけているのだが、純希の前では言うのが恥ずかしくて黙っていた。

「あと一週間、体育は見学だけどね」

「誤魔化せそう?」

「なんとか、かなぁ」

 結月(医者)からは、二週間は激しい運動は控えるように言われている。

 今週は三日間、風邪ということにして休んで、今日は体育はないので、一週間はやり過ごした。

 あとは来週、生理休暇で休めばいい、と薫は考えていた。

 そうしているうちに三人は学校に着いた。

 二年B組の前で純希と別れた小春と薫は教室に入った。

「おはよう!」

 いつものように小春は元気よく挨拶した。

「おはよう」

 薫も、いつもの声色で挨拶する。

「おはようっ」

 二人が席に着くと、山野(やまの)美都子(みつこ)がソソクサと寄ってきた。

「一緒に登校したの?」

 美都子は、小春に聞いた。

「まぁね」

 それに小春は、何でも無いことのように答える。

「じゃあ、委員長と仲直りしたんだ?」

「まぁな」

 その問いにも、小春は軽く答えた。

「そっか……そいつはめでたい」

 すると美都子はなぜか喜んだ。

 二人の仲が悪いことを密かに心配していたのだ。

「そう言えば、委員長、朝活辞めちゃったんだ?」

 美都子は、さりげなく薫に話を振った。

 それに薫は、一瞬、ギクッとなる。

「日直の仕事を奪うのもアレかなと思って」

 しかし、すぐに立ち直ると、あらかじめ用意していた答えを口にする。

 実家(いえ)を出たことは学校には連絡したが、クラスメイトには教えていないので本当の事は言えなかった。

「それもそうだね」

 事情を知らない美都子は、何の疑いもなく納得する。

 そんな美都子に、薫は心の中でごめんなさいをした。


 それから一週間は、転移届を出したり、スマホの引き落としを書類上の里親になった鋼に変えたりと、事務手続きに追われた。

 鋼たちが薫の家に行って、私物も回収した。

 薫の母、下野(しもの)(あや)は息子の下野(しもの)(れい)を連れて家を出ていたので、代わりに父親の下野(しもの)(しげる)が対応した。

 仕事用の服の衣装合わせや専用アプリに載せる写真撮影も行った。

 その間に薫に生理が来たので、デビューが年末の土曜日に決まった。


 日曜日。

 デビューの予約が開始される深夜に、薫はベッドに潜り込んで()()()のアプリに注目していた。

 午前零時になるとすぐに予約が埋まる。

「えっ……?」

 ほぼ瞬殺だったことに、薫は驚いた。

 それから相手の名前を確認する。

 デビューの相手は、高木(たかぎ)伸介(しんすけ)だった。

 仕事用のアプリから見られる写真やプロフィールを薫はくまなくチェックした。

「あっ……」

 そこで薫は、伸介が最後に()()()のが小春であることに気付いた。

(あした、加藤にどんな人か聞いてみよ)

 と思う薫だった。


「ところでクリスマスはどうするの?」

 翌朝の月曜日。

 朝食の場で希美は小春と薫に聞いた。

 いつもの年なら、塚田家で小春を呼んでパーティをする。

 小春の母、加藤(かとう)昌美(まさみ)は仕事があるので参加できなかった。

 クリスマスは()()のかき入れ時でもあるからだ。

 だが、今年は例年とは違って、昌美は入院中のため参加できない。

 そして、小春には()()がある。

 なので、希美はあらためて聞いたのだ。

「ごめんなさい……あたし、()()だ」

 小春は申し訳なさそうに答えた。

「そっか……」

 予想はしていたが、それでも希美は残念そうだった。

「薫ちゃんは?」

 だが、すぐに気を取り直すと、薫にも聞いた。

「えっ? わたし?」

 薫は意表を突かれた。

 自分に縁の無い話だと思っていたからだ。

「わたしが参加していいんですか?」

 なので、薫は聞き返した。

「もちろん」

 それに希美は笑顔で答えた。

「でも……」

 しかし、薫は小春を気にした。

「あたしのことは、気にしなくていいよ」

 薫の視線に気付いた小春は、キッパリと言った。

「本当にいいの?」

「いいよ」

 薫の念押しにも、小春は頷いた。

「なら、参加します」

 薫は、真剣な目で答えた。


 朝食も終わり、純希と小春、それに薫は、いつもように三人で登校していた。

「プレゼントも用意しないと駄目だよね?」

 その途中で、薫は純希に聞いた。

「お金無い?」

 それに純希は心配そうに聞き返す。

「それは大丈夫だけど……」

 仕事の開始が遅れると決まったときに、鋼から追加の生活費はもらっていた。

 塚田家に入れる分を除いても、まだ金銭的には余裕があった。

 懸念は別にあった。

「気負う必要はないんじゃない?」

 純希と違ってそれを正確に受け止めた小春が言った。

「こういうのは気持ちの問題だから」

「家の両親も中学生相手だってわかってるから、そんな高価な物を送らなくても大丈夫だよ」

「うん……だけど……」

 相変わらずピントのずれた発言をする純希に、内心、苦笑いしながらも薫は不安がった。

 プレゼントを選びたくても、相手の好みがまるでわからないのだ。

 不安にもなる。

「しょうがないなぁ」

 そんな薫に小春は溜め息をついた。

「今日の放課後なら、買い物つき合えるけど?」

「本当!?」

 思わぬところから救いの手が伸びて、薫は声を弾ませた。

「じゃあ、お願い」

 薫は小春に頭を下げた。

「即答?」

 小春は呆れたように薫を見た。

(なんだかんだで、仲いいな)

 そんな二人を純希は微笑ましく見ていた。


 放課後。

 小春と薫は最寄りの駅から私鉄に乗って、横浜に向かっていた。

「この男性(ひと)が、わたしの初めての()なんだけど、どんな人?」

 その車中で、薫は小春に()()()のアプリの画面を見せて聞いた。

「うん?」

 そこに映る中年男性の写真を見ながら、小春は考え込んだ。

「ああっ……」

 それでようやく伸介のことを思い出した。

「パパ活でJK買ってるから、いろいろ慣れてるよ」

 そして、自分なりの評価を述べる。

「初めての相手にはいいんじゃない?」

 小春の言葉に薫は安心した。

 そうしているうちに、電車は横浜駅へと滑り込んだ。

 電車を降りた小春と薫は、駅の西口から徒歩五分にある複合型専門店に入った。

「うーん」

「純生パパは、シンプルな物を好むから、ハンドタオルとかがいいかなぁ」

 さっそく悩み出した薫に、小春はアドバイスした。

「希美ママは、普段使いできる物がいいと思う」

 それを聞いた薫は、冷蔵庫にメモなどを貼るのに使う可愛いデザインのマグネットを選んだ。

「純希は、文房具でいいんじゃない」

 幼なじみに対しては、小春は適当だった。

 ちなみに、小春もプレゼントをいくつか選んだ。

 クリスマスパーティーには参加はしないが、塚田家にもプレゼントを贈るつもりだったからだ。

 あとは銀治郎などの()()()のスタッフの分も選んだ。

 そして、当日会う()のも。

 結局、純希には、小春がシャーペンを選んだので、薫は三色ボールペンを選んだ。

「ありがとう、加藤」

 無事、買い物も終わり、薫は小春に頭を下げた。

 恋敵(ライバル)に礼を言われて、小春は少し照れた様子だった。

「じゃあ、あたしは行くから」

 そう言い残して、小春は地下鉄に乗って新横浜へ向かった。

 薫は買ったプレゼントを大事そうに抱えながら、私鉄で地元に帰った。


 その二日後。

 クリスマスイブの夜。

 薫は指定された時間に塚田家の部屋を訪れた。

 リビングは飾り付けられ、小さなクリスマスツリーも置かれている。

 ダイニングのテーブルには、ケーキや豪華な料理が並んでいた。

「わぁー」

 その光景に薫は感動した。

 下野家では、薫が小学校に上がるぐらいまではクリスマスパーティーをやっていたが、それ以降は特別なことはやっていなかった。

「さぁ、座って」

 希美は薫に、純希の隣の席――――いつもは小春が座っている席を勧めた。

「はい」

 それに薫は、心の中で小春にごめんなさいしながら、イスに座った。

「じゃあ、乾杯しましょうか」

 グラスを持った希美は周りを見渡した。

 純希、薫、純生もグラスを持った。

「乾杯!」

 声を合わせた四人は、グラスを鳴らした。

 クリスマスパーティーは和やかに進み、プレゼントをあげ合ったり、なんでもないような話に花を咲かせたりして、薫は幸せな時間を過ごせた。

「ありがとうございました」

 パーティも終わり、玄関に送りに来た希美に、薫は頭を下げた。

 それに希美はニコニコと微笑んで応える。

「じゃあ、送ってくる」

 純希はスニーカーを履くと、薫と一緒に玄関を出た。

 薫は不要だと言ったが、希美が物騒だからと純希をつけさせたのだ。

「ありがとう、塚田」

 エレベーターの中で、薫は純希にお礼を言った。

「塚田が救い出してくれなかったら、わたしはこんな楽しい時間を知らずに生きてた」

「うん……」

 嬉しそうな薫に純希は頷いたが、内心は複雑だった。

(でも、僕のせいで委員長は()()をしなきゃいけなくなった……)

 自分の選択に悔いは無い。

 でも、他の道もあったのではないか、と考えてしまう。

 具体的な案はなかったが。

 エレベーターで五階まで上がり、薫の部屋の前まで来る。

「それじゃあ、おやすみ、委員長」

「おやすみなさい、塚田」

 純希の言葉に薫は名残惜しそうに応えた。


 そして、週末の土曜日がきた。

 白い長袖のカットソーにニットのカーディガンを羽織り、黒のロングスカートを穿いた薫は、()()()にやって来た。

「いらっしゃい」

 中に入ると、草津(くさつ)恵美子(えみこ)が笑顔で声を掛けた。

「こんにちは」

 薫は気後れしながらも、挨拶を返す。

「まだ時間には早いから、奥で休んでて」

「はい」

 言われたとおり薫は、待機室に入った。

「準備しないと……」

 約束の時間にはまだ間があったが、落ち着かないので薫は先に着替えることにした。

 更衣室に入り、与えられた自分用のロッカー前に立つと、薫はドアを開けた。

 カーディガンを脱いだ薫は、それをハンガーに掛ける。

 続いてスカートを脱いで、それもハンガーに掛けた。

 そして、カットソーを頭から脱ぐ。

 インナーのキャミソールも脱いで、それは畳んでロッカーの上の棚に置いた。

 これで身体を隠すのは、この日のために用意した可愛らしいデザインのブラとショーツだけになった。

 それから、ブラウスを取り出した薫は、直接、肌に着た。

 ブラ透けよけのキャミソールは着ない。

 その方が()に喜ばれると小春から聞いていたからだ。

 そして、ジャンパースカートを取り出すと下から履いて、左肩のホックを留めて、横のファスナーを引き上げる。

 最後のダブルのブレザーを着て、着替えは完了した。

 更衣室に備え付けられた姿見で身だしなみをチェックする。

「うん……大丈夫」

 納得した薫は、更衣室を出た。

「早いっすね」

 すると、待機室のソファーに鋼が座っていた。

「兜さんこそ」

 鋼みたいなタイプは時間ぎりぎりに来るかと思っていたので、薫は意表を突かれた。

「じゃあ、まだ時間もあるから、先に段取りを確認しとくっす」

「はい」

 鋼の言葉に頷きながら、薫もソファーに座った。

 鋼からは、部屋の行き方から客の識別方法、接し方などのレクチャーを受けた。

「もし、危ない目に遭いそうになったら、スマホを持ってトイレに駆け込むっす」

 そして、最後に危機管理を教わった。

「そこで呼んでくれれば、すぐに駆けつけるっすから」

 鋼は安心させるように、笑顔で言った。

「他に聞きたいことはあるっすか?」

「じゃあ、一つだけ」

 鋼の問いに、薫は小さく手を上げた。

「開始時間が二時からになってますけど、こんな時間にチェックインできるんですか?」

 そして、最初から疑問だったことを聞く。

「問題ないっす」

 鋼は即答した。

「利用するホテルとは()()してて、好きな時間にチェックインできるっす」

 普通なら不可能なのだが、()()()はホテルに()()を持っていて、どんな時間でも利用が可能なのだ。

「もちろん、事前に予約は必要っすけどね」

 付け足した鋼に、薫は納得したように頷いた。

「そろそろ時間っすね」

 左手に巻いたスマートウォッチを見て、鋼は言った。

「じゃあ、行くっすか」

「はい」

 席を立った鋼を見て、薫も席を立った。

 いよいよかと思うと、薫は緊張してきた。

 ()()()を出た薫と鋼は、エレベーターで地下駐車場まで下りると、正式に()()()()になったシルバーのメルセデスAMG・GT434マチックプラスに乗り込んだ。

 地下駐車場を出たGTは、首都高に乗って東京へと向かった。

「今日の()()()のプロフィールは見たっすか?」

 その途中で鋼は聞いた。

「はい……一応」

 薫は、少し曖昧に答えた。

「前にコハちゃんも買ってるし、問題はないと思うっすけど、何かあったらすぐに連絡してほしいっす」

「はい」

 鋼の言葉に、薫は真剣に頷いた。

 そうしているうちに、GTは目的地のホテルに着いた。

「えっ……?」

 そこが都内でも有名な高級ホテルだったので、薫は驚いた。

 ロビーに上がり、鋼がチェックインを済ませる。

「じゃあ、これっす」

 鋼はカードキーを薫に渡した。

「部屋は五○二号室っす」

「わかりました」

 やや緊張気味に薫は応えた。

 そして、鋼と別れるとエレベーターに乗った。

 部屋のある階まで上がり、薫はエレベーターを降りた。

 部屋の前まで来て、カードキーをタッチする。

 ロックが外れた事を確認してから、薫はドアを開けて部屋に入った。

 ホテルの部屋に一人で入るのは初めてだったので、薫は物珍しそうに周りを見回した。

 ソファーに座った薫は、横に置いた学生カバンから()()()のスマホを取り出すとテーブルの上に置いた。

 まだ約束の時間まで間があった。

 待っている間に薫の緊張はいよいよ高まった。

 すると、待ち合わせ時間ぴったりにドアがノックされた。

「合い言葉を言ってください」

 微かに震えた声で薫はドアの向こうに話し掛けた。

「暗号コードは?」

「えーっと……ベータ・ツー」

 薫が問いかけると、すぐに答えが返ってきた。

「正解です」

 それを聞いて薫はドアを開けた。

(この男性(ひと)が高木伸介……)

 目の前に立つ伸介を見て、薫は思った。

(今日の()()()……)

「……中に入っていいかな?」

 黙ったままの薫に、伸介は冷や汗笑いで聞いた。

 それで、薫はあっ、となった。

「失礼しました……どうぞお入りください」

 非礼を詫びてから、薫は伸介を部屋に招き入れた。

「緊張してる?」

 薫にコートを脱がせてもらいながら、伸介は聞いた。

「はい……」

 薫は正直に答えた。

「初めての()じゃあ、しょうがないよね」

 さらにスーツの上着を脱がせてもらいながら、伸介はニコニコと笑った。

「ちなみに、経験はあるの?」

「はい……」

 伸介の問いに、薫は遠慮がちに答えた。

「処女ではないのか……」

 その言葉に伸介は少し残念そうに言った。

「ごめんなさい……」

 期待に添えず、薫は頭を下げた。

「ああぁ、気にしなくていいよ」

 そんな薫に、伸介は優しく声を掛ける。

「こんな仕事をしてるぐらいだから、いろいろあったんだろう?」

「はい……」

 見透かされてことを言われて、薫はぎこちなく頷いた。

「じゃあ、そろそろいいかな?」

 伸介は笑みを崩さず聞いた。

「あっ……! ひゃい!」

 いきなり言われて薫は噛んでしまった。

 それが恥ずかしくて、頬を朱色の染めて俯いた。

「そんなに緊張しなくていいよ」

 あくまで優しく、伸介は語りかけた。

「今日はおじさんが、リードしてあげるから」

「はい……」

 そう言われて、薫は少し安心した。

「じゃあ、キスから」

 伸介は、薫の唇に自分の唇を重ねた。

 薫もそれを受け入れる。

「!?」

 舌が入ってきて、薫は身体をビクッとさせた。

 でも、すぐに舌を絡める。

「くちゅれろじゅるじゅる……じゅるじゅるくちゅじゅる……じゅるじゅるちゅぱ……じゅるくちゅ……」

 淫靡な音が部屋に響く。

(このおじさん、うまい……!)

 キスだけで身体が熱くなってきて、薫は驚愕した。

「ちゅぱじゅるくちゅ……れろれろれろれろれろ……じゅるじゅるじゅる……じゅるじゅるじゅるじゅる……」

 そのまま二人はしばらくキスを続けた。

 そして、伸介から唇を離す。

「ベッドに行こうか」

 顔を上気させた薫を見て、伸介は誘った。

 それに薫はコクッと頷いた。


 ♢♦♢♦♢♦


 結局、ベッドで二回、風呂場で一回()()、薫は今日の()()を終えた。

 ロビーで鋼と待ち合わせて、GTで()()()まで帰る。

 更衣室で薫は私服に着替えた。

 使った制服は、クリーニング箱に放り込む。

 待合室に出て、ソファーに座ると、ドッと疲れが襲ってきた。

 緊張の糸が切れたのだ。

(すこし休んでから帰ろうかなぁ……)

 そんなこと思いながら、私物のスマホをチェックする。

「あっ……」

 すると、純希からメッセが入っていた。

 『仕事、どうだった? 大丈夫?』と言うメッセージに、薫は『大丈夫。自分でもうまくやれたと思う』と返す。

 すぐに既読がついて、『なら、よかった。お疲れ様』と返信が来た。

 それを見た薫は、笑顔を零した。

 『ありがとう』と感謝のメッセージを送る。

(塚田が自分のこと、気づかってくれた……!)

 そのことが嬉しくて、薫はソッとスマホを抱きしめた。

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