十五、宏の告白
(また、この夢だ……)
塚田純希は思った。
近くもあるし遠くもあるベッドの上で、加藤小春が知らない誰かに抱かれていた。
(いや……知っている)
小春に覆い被さる男子の顔には、見覚えがあった。
(あれは花江だ……)
小春とまぐわっているのは、花江宏だった。
♢♦♢♦♢♦
行為が終わり、ベッドを降りた小春はゆっくりと純希に近づいた。
「ごめんね、純希」
純希の前まで来た小春は、済まなそうに謝った。
「花江が凄いから、あたし、身も心も花江のものになっちゃった」
そして、申し訳なさそうに言った。
「もう純希だけを見てあげられないや」
寂しそうに笑う小春を見て、純希は胸が苦しくなった。
そこで純希はハッと目を覚ました。
「おはよ」
すると、ベッドの横で寝顔を眺めていた小春が挨拶する。
「こ……小春」
純希は目に涙を浮かべた。
「どうした?」
驚きながらも、小春は純希の頭を撫でた。
「小春が……」
そのままの姿勢で、純希は今見た夢のことを話した。
「そっか……」
それを聞いた小春は、優しく微笑んだ。
「不安になっちゃったんだね」
言いながら、純希の頭を撫で続けた。
「でも、それなら大丈夫」
小春は安心させるように言った。
「花江のたいしたことなかったから」
そして、断言する。
「それに何度も言ってるけど、あたしは純希とするときが一番気持ちいいんだよ」
「うん……」
力説する小春に、純希は頷きながら涙を拭った。
「コハちゃん、純希まだ起きないの?」
と、そこでドア越しに塚田希美の声がした。
「あっ、今、行きます」
返事をしてから、小春は純希を見た。
「さぁ、ご飯食べよ?」
「うん」
小春が立ち上がると、純希もベッドを降りた。
いつものように塚田家で朝食を済ませた純希と小春は、朝の通学路を歩いていた。
「しかし、心配だなぁ」
その途中で純希がポツリと呟いた。
「まだ、あたしがNTRれる心配してるの?」
小春はジト目で純希を見た。
「いや……そっちは大丈夫だと思うけど……」
「だと思うけど?」
口を濁した純希に、小春は続きを即した。
「なんか、勘違いしなきゃいいけどなぁ」
余計な心配とは思ったが、それでも純希は気になった。
宏がこれをきっかけに距離感をバグらせるのではないかと。
「そこは大丈夫だと思う」
だが、小春は断言した。
「散々、言い聞かせたから」
そして、ニヤリと笑う。
「……」
その笑みがあくどく見えて、純希は背筋が寒くなった。
「これで約束を守れないなら、蹴ってやるよ」
小春は、本気とも冗談ともつかない口調で言い切った。
「あはははは……」
それを聞いた純希は、冷や汗笑いをするしかなかった。
そのまま二人は学校に着いた。
下駄箱で上履きに履き替え、教室のある二階へと上がる。
二年B組の教室前で、小春は純希と別れた。
「おはよー!」
毎度のごとく元気よく挨拶をして、小春は教室に入る。
「おはよう」
と、教室のあちらこちらから挨拶が返ってくる。
「おはよー」
そのまま自分の席に向かう途中で、宏にも挨拶した。
「お、おはよう……」
すると宏は、俯いて目を合わさず、オドオドとした態度で挨拶を返した。
(ちゃんと約束、守ってるじゃん)
いつもと変わらぬ様子の宏の態度に、小春は感心した。
小春が席について、リュックから教科書を机の中に移動させているとき、親友の山野美都子がソソクサと近寄ってきた。
「なんか、花江がいつも以上にキモいんだけど」
開口一番に美都子は言った。
「そうなの?」
小春は首を傾げた。
「なんか、教室に来てから、ズーッと一人でニマニマしてるんだよね」
「ふーん」
美都子の言葉に生返事しながらも、小春は心の中で、
(やっぱ、隠しきれてないじゃん)
と、冷や汗笑いをした。
(まぁ、思い出すぐらいならいいか)
それでも小春は、そんなことを思うのだった。
その翌日の金曜日。
「おはよー!」
小春はいつもように元気よく挨拶して教室に入った。
「おはよ」
宏にも挨拶する。
「……おはよう…………」
なにやら暗い声で挨拶が返ってきた。
「?」
その態度に小春は頭に疑問符を浮かべた。
週が明けて月曜日。
登校した小春は、クラスメイトへの挨拶を済ませた後で、宏にも挨拶した。
「おはよ」
「…………おはよう……」
それに対して宏は、落ち込んだような素振りで挨拶を返す。
(怪しい……)
そんな態度に、小春は訝しげな顔をした。
その日の帰り道で、居た堪らなくなった小春は、純希に相談した。
「考えられるのは、この前、小春を買ったのがバレた、とかかな?」
話を聞いた純希は、最初に思いついた推論を述べた。
「それって、マズくない?」
その考えはなかった小春は、真剣な顔で聞き返した。
「専用アプリを見られたら、マズいね」
専用アプリには当然だが、買える女性の全リストが顔写真入りで載っている。
そこに小春がいることが知られたら、問題になるだろう。
「花江に直接、聞いた方がいいんじゃない?」
純希は提案した。
事実なら、すぐにでも専用アプリを強制削除してもらわなければならない。
「うん、そうするよ」
ことの重大性を理解して、小春は強く頷いた。
翌日の朝の教室で、小春はいつものように登校すると宏の横まで来た。
そこで、誰も見ていないことを確認してからソッと机の上にメモを置く。
メモには『放課後、屋上で待ってます』と書かれていた。
「!?」
それに気付いて、宏はハッとなった。
慌てて後ろを振り返ると、小春が素知らぬ顔で席に着いているところだった。
「…………」
前を向いた宏は密かに決意した。
火曜の三時限目は音楽だった。
クラス全員が音楽室に移動して授業を受けた。
そして、休み時間。
教室に戻ってきた生徒たちは、それぞれ自分の席へと着く。
小春も同様で、教室の窓際最後尾の席に着いた。
「……?」
教科書を出そうとした小春は、そこにメモが入っていることに気付いた。
メモには『僕も話があります。一人で来てください。花江』と書かれていた。
それを見た小春は、思わず宏の背中を見た。
宏は緊張で僅かに震えていた。
(どうしよう……)
小春は思案した。
そして、放課後。
小春は悩んだ末、純希には先に帰ってもらうことにした。
「危険だ」
と、純希は止めたが、宏がわざわざ一人で、と書いたことが引っかかったのだ。
純希は最後まで難色を示したが、結局、折れてくれた。
屋上の重い扉を開くと、既に宏が来ていた。
「こんにちは、花江」
「こ、こんにちは……」
小春がニコリと笑って挨拶すると、宏はいつものようにキョドりながら挨拶を返した。
「話って、なに?」
小春は意識して笑みを作った。
そうしないと、心のドキドキが表に出てしまいそうだったからだ。
それだけ、今日の会談には重要な意味はあった。
「か、加藤の話は……?」
それに対して、宏はいつも以上にドキドキしているのが見た目でもわかった。
緊張で身体が震え、さっきから視線が定まらない。
頬は紅潮して、呼吸も速くなっていた。
「最近、花江の様子がおかしかったから、どうしたのかな? と思って」
そんな宏の態度に、小春は内心、ヤバいかもと思った。
「もしかして、小夜子を買ったこと、親バレした?」
そして、ズバリ聞く。
「い、い、い、いや、いや!」
すると、宏は首をブンブンと横に振って、全力で否定した。
「そ、それはない……!」
「そうなの?」
それを聞いた小春は、ホッと胸を撫で下ろした。
「じゃあ、あたしの話はおしまい」
すると、今度は宏の話が気になりだした。
はっきり言って、予想できない。
「花江の話は?」
なので、少し警戒しながら聞いてみた。
「じ、実は……」
宏は言い淀んだ。
「こ、後悔してたんだ……さ、小夜子を買ったことを……」
それからポツリポツリと語り始めた。
「後悔?」
意外な単語に、小春は思わず口を挟んだ。
「ぼ、僕の好きなのは加藤であって……さ、小夜子ではないんだ……」
宏の目には涙が浮かんでいた。
「き、教室で加藤を見るたびに……さ、小夜子とのギャップを感じて……そ、それは日に日に大きくなっていったんだ……」
「……」
宏の言いたいことは、小春も理解できた。
むしろそう仕向けたのは小春自身だ。
だからこそ、小春はなにも言えなくなってしまった。
「だ、だから……も、もう一度加藤にお願いしたいんだ……」
そこで宏は涙を拭うと、顔を上げ、小春の目をしっかりと見た。
「ぼ、僕とつき合ってくれませんか……?」
そして、意を決して告白する。
「……」
予想外の展開に、小春の頭は真っ白になった。
「……花江は、あたしがこんな仕事していて、嫌じゃないの?」
ようやくそんな言葉を絞り出す。
「い、嫌だけど……ど、どうしようもない事情があるんでしょ?」
宏の問いに、小春はコクッと頷いた。
「だ、だったら、受け入れるよ……」
「……優しいんだね」
その答えに小春は寂しく微笑んだ。
「でも、ごめんね」
それから小春は、歌うように言った。
「あたし、好きな男子がいるんだ」
まるで鎮魂歌のように。
「多分、あたしが仕事を続けてる間は……ううん、たとえやめたとしても受け入れてはもらえないだろうけど」
そしてまた、寂しそうな笑顔を見せる。
「それでも、好きなの……」
「そ、それって、つ、塚田?」
「純希は幼なじみだから……」
宏の問いに、小春は優しい嘘をついた。
「でも、ありがとう」
小春は優しげな眼差しで宏を見た。
「こんな加藤小春を好きになってくれて」
「う、うん……」
小春に礼を言われて、宏は頷きながらも頭を垂れた。
瞳から涙をこぼしながら。
そんな宏の頭を小春は優しく撫でた。
屋上での用事が終わり、小春は一人、帰ろうとした。
すると、校門の前で純希が待っていることに気付く。
「小春」
同時に気付いた純希が手を上げる。
合流した二人は、そのまま学校を後にする。
「どうだった?」
純希は恐る恐る聞いた。
「とりあえず、親バレはしてないって」
小春は一番心配していたであろうことを答えた。
「よかった……」
それを聞いて純希は胸を撫で下ろした。
「でっ? 花江の用事っていうのは?」
「うーんとね……」
純希の問いに小春は少し考え込んだ。
「内緒」
それから、唇に人差し指を立てる。
「えーっ」
純希は怪訝そうに小春を見た。
「代わりに、今日はサービスするからそれで勘弁して」
それに小春は笑って答える。
「サービスって……」
その言葉に純希は冷や汗笑いをするしかなかった。
そのまま二人は言葉でじゃれ合いながら、帰宅の途についた。




