十三、揺れる思い
塚田純希が帰った後、加藤小春は一人シャワーを浴びて仕事用の下着を着けると長袖のTシャツにジーンズを穿いて、家を出た。
最寄りの駅から電車に乗る。
(純希、勃たなかったなぁ……)
ドア付近に立った小春は、さっきのことを思い出していた。
(一体、どうしちゃったんだろう……)
窓越しに流れる景色をぼんやり眺めながら考える。
(やっぱり、花江に仕事のことを教えたのが嫌だったのかな……?)
今、思いつく原因はそれしかない。
(泣いてたし……)
純希が泣くのを見るのは何年ぶりだろう、と小春は思った。
本当は文化祭のときにも涙目になっていたのだが、それは頭から抜け落ちていた。
(でも関係ないって、言ってたしなぁ……)
それが強がりの可能性もある。
けど……、
(あたしが仕事しているのは、今更だよね……?)
考えているうちに電車は乗換駅に着いた。
そこで、新横浜方面行きへと乗り継ぐ。
(それとも……)
小春はさらに考えた。
(もう、あたしの身体、飽きちゃったかな……?)
迷走する思考は別の可能性にぶつかり、小春を奈落の底へと突き落とす。
(最近、するのもマンネリ気味だったし……)
純希が小春に飽きる。
それは一番考えたくない結論だった。
(なにか、別の刺激があったほうがいいのかな……?)
長年連れ添った夫婦でも、マンネリはあるという。
それを手を替え品を替え、打破していると聞いたことがある。
(でも、それってなに……?)
そうしているうちに電車は新横浜に着いた。
電車を降りて、小春は事務所へと向かった。
「おはようございます……」
「おはよう、コハちゃん」
事務所に入ると、事務の草津恵美子が挨拶を返してくれた。
「今日は早いのね」
自分の今日の分の仕事の進み具合から時間を察した恵美子が聞いていた。
「うん……」
それに小春は力なく答える。
「?」
小春にいつもの元気がなくて、恵美子は首を傾げた。
それを気にも留めずに、小春は奥の控え室に入った。
「おはようございます……」
やはり力なく小春は挨拶した。
「おはよう、コハちゃん」
それに畳のあぐらを掻いてスマホをいじっていた久東梓が元気よく挨拶する。
剣銀治郎はまだ来ていない。
今の控え室は小春と梓の二人っきりだ。
「今日は早いんだな」
梓は、恵美子と同じ事を言った。
「うん……」
それにも小春は元気なく頷く。
「なんだか、元気ないなぁ」
小春の揺れる瞳を見ながら、梓は聞いた。
「なんかあったか?」
「あず姉ぇ……」
畳まで来た小春は、梓に泣きついた。
「どうした? どうした?」
そんな小春を、梓は優しく抱きしめた。
「あのね……」
小春は梓に事情を話し始めた。
気が緩んでいたので、洗いざらい全部。
「なるほどね……」
話を聞き終わった梓は腕を組んだ。
「てか、それ、普通に規約違反だから」
そして、突っ込む。
「お願い、銀兄ぃには黙ってて」
それで初めて自分の失敗に気付いた小春は、拝み倒した。
「まぁ、いいけど……」
困った顔をしながらも、梓は了承した。
「まず、言えることは……」
梓は小春をしっかり見ながら言った。
「純希君が、コハちゃんに飽きたってことは絶対ない」
「そうなの!?」
断言する梓に、小春は驚いた。
「だいたい、おまえらしはじめて何年になる?」
梓の問いに小春は指折り数えた。
「えーっと……三年かな?」
「それだけ長くしてて、今更飽きたもねぇだろう」
ちなみに純希と小春が深い関係あることは、梓は知っていた。
他には、銀治郎や事務所の代表、それに小春の母である昌美も知っている。
「じゃあ?」
「やっぱ、そのクラスメイトとするの、気にしてるんじゃないか?」
小春の疑問に、梓はキッパリと言った。
「男が勃たないのは、だいたいはストレスが原因だからな」
それは仕事で得た経験則だった。
「そこで勃ったら、NTR属性があるってことだし……」
「でも、あたしが仕事を始めて半年ぐらい経つし、それこそ今更だよね……?」
「うーん……」
小春の指摘ももっともなので、梓は唸った。
「気付いちまったんじゃなぇか?」
それから、思いついたことを口にする。
「自分がNTRてるって」
それは憶測に過ぎなかったが、小春にとっては絶望的な答えだった。
「それじゃあ、もう純希とはできないの?」
小春は、哀しそうな顔をした。
空気が一気に重くなる。
「いや……男って単純だから、小春がエロいところ見せれば、自然と勃つんじゃない?」
それを振り払うように梓は、ケタケタと笑った。
「エロいところって……?」
「例えば……」
首を傾げた小春に、梓がソッと耳打ちをした。
それを聞いた小春は見る見るうちに顔を真っ赤にした。
「そんなの恥ずかしいよ……」
小春は熱を持った頬に手を当てて冷やした。
「おはよう」
そこへ銀治郎がやって来た。
「おはようございます」
梓が元気よく挨拶を返す。
「お、おはようございます」
それに対して小春は、まだ熱の抜けない顔でぎこちなく挨拶を返した。
「ちょとコハにききたいんだが……」
小春の様子がおかしいことを気にしながらも、銀治郎は聞いた。
「なに?」
小春は息を整えつつ、首を傾げた。
「花江宏って、知ってるか?」
その名前に、小春は内心、ギクッとなった。
「同じクラスの男子だけど……」
そして、ボロが出ないように曖昧に答える。
「顔なじみか?」
「ううん、ほとんど喋らない」
これは嘘ではない。
実際、宏との接点は朝の挨拶ぐらいだ。
「そっか……ならいいんだ」
そこで銀治郎は話を終わらせた。
とりあえずバレていないようで、小春はホッと胸をなで下ろした。
その日の深夜。
純希は自分の部屋で、ボーッと考え事をしていた。
思い出すのは今日の小春とのことだった。
(なんで、急に勃たなくなったんだ……?)
純希は自問した。
(そんなの決まっている……)
別の自分が断言した。
(小春と花江がするところを想像したからだ)
また別の自分が言った。
(僕は小春を嫌いになったのか……?)
純希はもう一度自問した。
(そんなことはない……)
それは自分で否定した。
(僕は今でも小春のことが好きだ……)
その事実だけは変わらなかった。
(だから、苦しんだ……)
純希は思った。
(この感情が嫉妬だと気付いてしまったから……)
それこそが問題だった。
(僕はもう、小春の前で勃たせることはできないんだろうか……?)
苦しみと抱えたままで、小春とできるだろうか、と純希は不安になった。
(それは、嫌だな……)
好きな女子とすることは、純希にとっては最高の幸せだった。
それが、取り上げられるのだ。
純希は絶望の淵に立っていた。
(今は勃つかな……?)
試しにスマホを取り出した純希は、制服姿の小春の画像を呼び出した。
「小春……」
頭の中で小春の裸体を想像する。
股間に血が集まり、大きくなっていく。
しかし、想像の中の小春が宏に抱かれるところが頭に浮かぶ。
途端に股間は萎えた。
(駄目だ……! やっぱり気になっちゃう……)
純希が足を踏み外しかけたとき、
”ブルッ”
スマホのメッセに着信が入った。
『今から、来られる?』
それは小春からだった。
純希は一瞬、悩んだ。
こんな精神状態で小春と会っても、いい結果にはならないと思ったのだ。
しかし、小春を生で見たいという欲求もあった。
『行けるよ』
結局、純希は自分の欲望に素直になった。
スマホとキーホルダーを部屋着の短パンのポケットに突っ込んで、純希はソロリソロリと自分の部屋を出た。
チラッとダイニングとリビングに灯りが点いていないことを確認してから、マンションの部屋を出る。
すぐ隣の小春の部屋の前まで来た。
もらっていた合い鍵でドアを開け、中に入る。
「こんばんは、純希」
その気配に気付いた小春が、ひょこっと自分の部屋から顔を出す。
小春はいつものキャミソールにショートパンツという部屋着姿だった。
「どうしたの、こんな時間に?」
首を傾げなら、純希は小春に招かれるままに部屋へと入った。
「さっきできなかったから、そのリベンジ」
「リベンジって……」
ニカッと笑った小春に、純希は呆れた。
そもそも、あれは小春がどうにかできる問題ではない。
小春が仕事をやめれば、話は別だが。
「これから小春さんが、純希のためにショーをします」
そんな純希の思いなど知らずに、小春は高らかに宣言した。
「純希はそこで見ててね」
そして、フローリングの床に置かれたクッションを指さす。
「ショー?」
訝しげな顔をしながらも、純希はクッションに座った。
「じゃあ、始めるね」
ベッドに座った小春は、恥ずかしさに頬を染めながら目を閉じた。
♢♦♢♦♢♦
「どうした?」
突然、股間を小さくした純希に、小春は行為を中断して聞いた。
「できないよ……」
純希は肩を落とした。
「どうして?」
うなだれる純希に、小春は聞いてみた。
「だって……」
しかし、純希は俯いたままで言葉を濁した。
それで小春はピンときた。
「やっぱり、あたしが花江とするの、嫌なんだ?」
「それは……!!」
図星を指された純希は、今回は嘘で繕うことができなかった。
「あたしが誰にでもこんなの見せると思った?」
小春の問いに純希はコクッと頷いた。
「安心して」
小春はできるだけ優しく純希に語りかけた。
「これを見せるのは純希が初めてだよ」
それは今まで客が要求しなかっただけなのだが、それは黙っていた。
「本当に?」
「本当だよ」
半信半疑の純希に、小春はキッパリと答えた。
「本当は凄く恥ずかしかったんだからね」
小春は少し剥れた。
それがおかしくて、純希はクスリと笑いを零した。
「でも、恥ずかしいのにどうして?」
「純希は落ち込んでるみたいだったから、元気づけようと思ったんだよ」
純希の問いに小春は当然のように答えた。
「前にも言ったけど、あたしは純希としてるときは一番気持ちいいんだからね」
小春は少し恥ずかしそうに言った。
「だから、純希もお客様なんて気にしなくていいから」
そして、断言する。
(ああ、そうか……)
その言葉に純希は心が軽くなっていくのを感じた。
(身体は許しても心はいつも僕に向いてるんだ)
安心すると同時に、純希の股間がみるみる大きくなっていく。
それを見た小春は安堵した。
「しよっ!」
「うん」
小春の誘いに純希は頷いた。




