十二、純希の懸念
「……四十八、四十九、五十」
加藤小春は、手渡された札束を丁寧に数えた。
「うん……確かに五十万あるね」
そして、困った顔をする。
あの後、塚田純希は、メッセで小春に状況を説明した。
それを受けて小春の仕事が終わった深夜に、純希はマンションの部屋を抜け出して、小春の部屋で善後策を協議しようとしていたのだ。
「どうする?」
「とりあえず、返すかなぁ」
純希の問いに小春は唸った。
「直接、あたしに渡されても困るし……」
「だよねぇ」
困惑する小春に純希は頷いた。
「説明して返すしかないか……」
それから、独り言のように呟く。
「なんて説明するの?」
小春は札束をベッドに丁寧に置いてから尋ねた。
「噂はデマだから、これは受け取れない……かな?」
「信じるかなぁ?」
純希の答えに、小春は訝しげに言った。
「信じてもらうしかないだろうね」
まさか、本当の事を言う訳にはいかないので、ここは惚けまくるしかないだろう。
「ところで、花江宏ってどんな奴?」
純希は気になっていたことを聞いた。
「オタクだよ」
それに小春は率直に答える。
「クラスでは気持ち悪がられていて、イジメられてはいないけど、迫害はされてるかな」
小春は遠慮なく言った。
「まぁ、あたしはそんなの気にしないから、普通に喋りかけてるけど」
「それだ」
その言葉に純希は指を鳴らした。
「なに?」
だが、小春はわからないような顔をする。
「迫害されてる中でも普通に話し掛けてくれた小春に、多分、惚れてる」
「えええっ!」
純希の言葉に、小春は驚きの声を上げた。
「疑問だったんだよ」
純希は指摘した。
「ただしたいだけで五十万も用意するのは、ちょっと異常だって」
五十万といえば、中学生が集めるには相当大変な金額だ。
それをこの短期間で集めてきたことに、純希は強い執着心を感じていたのだ。
「それはそうかもだけど……」
小春は複雑そうな顔をした。
「でも、あたし、色恋接客はしないから……」
「花江もそう思ってくれるといいんだけどね」
小春の呟きに純希は肩をすくめた。
「とにかく、明日、花江と話してみるよ」
小春は意を決した。
「僕も付き添おうか?」
だが、心配になった純希は聞いてみた。
「うん、お願い」
それに小春は、真剣な面持ちで頷いた。
翌朝の二年B組の教室。
「おはよー!」
小春はいつもの調子で教室に入った。
「おはよう」
すると、教室の至る所で挨拶が返ってくる。
自分の席に向かう途中に宏の横を通る。
宏は緊張している様子で俯いていた。
「おはよっ」
そんな宏に小春は気軽に声を掛けた。
「お、お、おはよう」
すると宏は顔を上げず、頬を染めキョドりながら応えた。
そのとき、小春は周りに気付かれないように、メモを机の上に置いた。
「!?」
宏の心臓がビクッと跳ねた。
メモには『放課後、屋上で待ってます』と書かれていた。
慌てて振り返ると、何事もなかったように小春が自分の席に着いていた。
期待で心臓をバクバクさせながら、宏はメモをソッと机の中に仕舞った。
そして、放課後。
メモ通り、宏は屋上の重いドアを開けた。
そこには、純希と小春が待っていた。
(噂は本当だったんだ……)
小春の他に純希もいたことで、宏は確信した。
「こんにちは、花江」
小春は笑顔で挨拶した。
「こ、こ、こんにちは」
それに対して宏は、キョドりながら応える。
「これなんだけどさ」
いきなり小春は本題に入った。
札束を宏に見せる。
「う、うん……」
宏の緊張は最高潮に達した。
「受け取れないから返すね」
「えっ……?」
小春の言葉に宏は唖然となった。
「そ、それって……」
この世の終わりが来たような顔で宏は小春を見た。
「ぼ、僕がキモいから、あ、相手するの嫌だ?」
「そうじゃないよ!」
慌てた小春は、思わず声を上げた。
「そうじゃなくって……あたしがパパ活やってるいうのがデマなの」
小春は少し困ったような顔で説明した。
「そ、そうなの……?」
「うん」
唖然とする宏に、小春は申し訳なさそうに頷いた。
「そ、そんな……」
それを聞いた宏は絶望した。
「き、君とできるって聞いたから、お、お宝グッズを売って、し、資金を調達したのに……」
宏はその場で膝をついた。
五十万の元手は、集めていた数々のオタクグッズを売り払って調達していたのだ。
「うううっ……」
ボロボロと涙をこぼす宏に、純希と小春は反応に困った。
「か、加藤のことが好きだったんだ……」
宏は恥の上塗りとばかりに告白した。
(やっぱり)
それを聞いて純希は予想が当たったと思った。
「で、でも……う、噂を信じて……こ、こんなことしちゃって……」
宏の涙はコンクリートの床にシミを作った。
「か、加藤も……ぼ、僕のこと……キ、キモい奴だと思ったよね……?」
宏はすがるような目で小春を見た。
「別に思ってないよ」
その場でしゃがみ込んだ小春は、宏と視線を合わせた。
「でもね、あたしはお金じゃ買えないんだ」
そして、諭す。
「う、うん……」
涙声で宏は頷いた。
「けどね、あたしじゃないあたしならお金で買えるよ」
「えっ?」
小春の言葉に、宏は呆気にとられた。
「こ、小春!」
その言葉に純希が慌てた。
「誰にも内緒だよ?」
だが、その声は届いていないようで、小春はポケットからスマホを取り出すと、アプリを立ち上げて宏に見せた。
「このアプリをいれば、もう一人のあたしを買うことができるよ」
「ほ、本当に……?」
泣くのも忘れて、宏は驚いた。
「ただし」
そこで小春は語尾を強めた。
「アプリを入れたからって、必ず会員になれるわけじゃないから」
そして、釘を刺す。
「あと支払いはクレカだけだけど、持ってる?」
「ゲ、ゲーム用に作った父親名義のカードがあるよ」
小春の問いに宏はキョドりながら答えた。
「父親名義か……多分、大丈夫だと思う……よね?」
そこで小春は純希に聞いた。
「その場合は登録時も父親の名義にしなくちゃいけなかったはず」
純希はムスッと答えた。
そんな純希に、宏は疑いの目を向けた。
「審査も基本的に父親が対象になるはずだから、誤魔化すにはちょうどいいかもね」
それを意図的に無視して、純希は事務的に説明した。
「誤魔化す?」
その単語に宏より先に小春が反応した。
「さすがに、小春のクラスメイトを会員にはしないでしょう」
純希は冷たい口調で断言した。
「それもそっか……」
純希の答えに、小春は納得した。
「が、学校までいれるの?」
すると、宏が不安そうに聞いてきた。
「入れないけど、調べられるよ」
純希は宏を見詰めた。
「それが嫌なら、諦めた方がいい」
そして、突き放すように言った。
「い、いいよ」
宏は涙を拭いて立ち上がった。
「そ、それでも構わないから、ア、アプリを入れさせて」
決意した宏は、ポケットからスマホを取り出した。
「スマホはアンドロイド?」
「う、うん……」
「じゃあ、まずこのバーコードを読み込んで……」
小春はアプリの入手方法を説明し始めた。
「……」
そんな小春と宏の姿を純希は冷めた目で見ていた。
宏への対応が済んで、純希と小春はいつものごとく小春の部屋に帰ってきた。
「なんか怒ってる?」
そこで小春は、ブラウスのボタンを外しながら純希に聞いた。
「別に怒ってないよ」
それに純希は同じくワイシャツのボタンを外しながらぶっきらぼうに答える。
「やっぱ、怒ってるじゃん」
ブラウスを脱ぎながら小春は言い返した。
「あたしが花江に仕事のことを明かしたのが気に入らないの?」
小春は、ブラ透けよけのキャミソールを脱ぎながら追求する。
「気に入らないって言うか……」
ワイシャツを脱いで、インナーのTシャツに手を掛けながら純希は言った。
「同じクラスの奴を客にするなんて危険すぎる」
Tシャツを脱ぎながら、純希は不満を漏らした。
(違う……)
言葉ではそう言ったが、心の中では否定する。
「それは、ごめん」
背中に手を回してブラのホックを外しながら、小春は謝った。
「だって、可哀想だったんだもん」
ブラを抜きながら、小春は言い訳した。
「だからって……!」
ボクサーパンツを脱ぎながら、純希は思わず声を荒らげる。
「心配してくれてありがとう」
ショーツを脱ぎながら、小春はお礼を言った。
(違う……)
その言葉に、またもや心の中で否定する。
「でも、あたしは大丈夫だから」
小春は優しく語りかけた。
(これは、嫉妬だ……)
そこで純希は気付いてしまった。
小春が仕事を始めてから感じていたモヤモヤの正体に。
身近な人物が客になったことで、はっきりと感じられるようになったのだ。
「謝るのは僕の方だ」
純希はうなだれた。
(僕は小春にとってはただの幼なじみだ……誰としようと口を出す権利はない……)
なのに、小春が宏とするのを嫌だと思ってしまった。
「どうして、純希が謝るの?」
そんな純希の胸の内を知らない小春は、首を傾げた。
「小春が気にしてないなら、別にいいよ」
純希は口を濁した。
本当のことは言うべきではないし、なにより言いたくなかった。
「うん……」
とりあえず頷いた小春だったが、納得はしていなかった。
「じゃあ、しようか……おいで」
全裸でベッドに寝転がった小春は、両手を広げて誘った。
「うん」
頷いた純希は、小春に抱きしめられるように覆い被さった。
♢♦♢♦♢♦
「どうした?」
待っていても次の行動に出ない純希を不審に思った小春は声を掛けた。
「勃たないんだ……」
「えっ?」
その言葉に小春は、身体を起こして純希を見ると確かに股間は小さいままだった。
「勃たないんだよ……」
純希は自分でも気付かぬうちに涙を流していた。
「さっきのこと、気にしてる?」
そんな純希に小春は直球をぶつけてきた。
「それは……関係ない」
しかし、純希は首を横に振る。
嘘、なのだが。
「なんか、今日は調子悪いみたいだ」
純希は涙を拭き取った。
「ごめん……」
「いいよ」
謝る純希に、小春は優しく接した。
「今日は帰るね」
それから純希はベッドを降りると服を着はじめた。
「うん……」
小春は掛ける言葉が見つからず、ただ頷くことしかできなかった。




