十一、五十万
その後、文化祭は特にトラブルもなく無事二日間のスケジュールを終えた。
そして、週が明け、加藤小春は仕事に復帰した。
「ふーっ……」
湯船に浸かり、中年男性は息を吐いた。
その上には小春が乗っている。
ホテルの浴槽は広く、二人が一緒に入っても狭さは感じられなかった。
「最高だったよ」
中年男性――――宮野友彦は、今日のプレイを思い出して感歎した。
既にベッドで二回戦を終えて、今はこうして風呂に入っているのだ。
「ありがとうございます」
それを褒め言葉と受け取った小春は、お礼を言う。
「こうして一緒に風呂まで入れて……」
友彦はしみじみと呟いた。
「女の子と一緒に風呂なんて娘が小さかったとき以来だ」
それを聞いた小春は、内心、ギクッとした。
「娘さんがいるんですね?」
それから当たり障りのないような聞き方で尋ねる。
「もう高校生だけどね」
と、友彦は苦笑いした。
その言葉に小春はホッとした。
さすがに立て続けでクラスメイトの父親が客になることはなかったらしい。
「女の子も大きくなると可愛気がなくなるね」
友彦は肩をすくめた。
「私なんて、ゴミ扱いだよ」
そして、溜め息をつく。
「こんなに素敵なのに……」
落ち込む友彦を小春は慰めた。
「そう言ってくれるのは小夜子ちゃんだけだよ」
その言葉に友彦は自嘲気味に笑った。
小夜子――――小迎小夜子は小春の源氏名だ。
「なら、あたし、がんばっちゃいます」
友彦が可哀想に思えた小春は、ガッツポーズをした。
「もう回復してますよね?」
さっきから臀部にあたる感覚を踏まえて、小春は聞いた。
「ああっ」
期待を瞳に宿らせて、友彦は頷いた。
「もう一度、しましょ?」
小春は湯船から立ち上がった。
♢♦♢♦♢♦
風呂での行為を終えて、後始末をしてから、風呂を出た小春と友彦は身なりを整えた。
「今日は楽しかったよ」
友彦は満足そうな笑みを浮かべた。
「ありがとうございました」
それに小春は笑顔を返す。
「それじゃあ、また」
そう言って、友彦はドアへと歩き出した。
「はい」
手を振って、小春は友彦を送り出した。
それから小春は、スマホを取り出すと、メッセの通話機能で剣銀治郎に連絡した。
「終わったぁ」
『では、ロビーで落ちお会う』
「はぁーい」
いつもの固い口調で応える銀治郎に、間の抜けた返事をして小春は通話を切った。
忘れ物がないかチェックしてから、小春は部屋を出た。
エレベーターでロビーに下りる。
銀治郎と合流して、チェックアウトを済ませる。
そして、地下駐車場まで降りて、メルセデスAMGクーペでホテルを後にした。
「フーッ……」
サイドシートに座った小春は、シートに身体を預け、息を吐いた。
「疲れたか?」
正面を見たまま、銀治郎は気遣った。
「一週間ぶりだったからね」
小春は言った。
「でも、プレイ自体は楽だったよ」
そして、コロコロと笑う。
「そうか……」
銀治郎は静かに頷いた。
「今週の予約争奪戦は、凄かったらしいぞ」
それから、珍しく饒舌に語った。
「そうなの?」
小春は少しびっくりした。
「なんでも、サーバーが落ちかけたそうだ」
「そうなんだ……」
そうは言われたが、小春は今イチ、ピンとこなかった。
元々、厳格な審査があるので会員数は限られている。
それでサーバーが落ちそうになるのは、恐らく全員が小春を指名したからなのだが、小春にはその凄さが理解できなかった。
「まぁ、予約争奪戦はいつものことだし」
小春はあっけらかんと笑った。
翌日。
いつものように塚田家で朝食を済ませた純希と小春は、学校へと登校した。
そして、休み時間。
「A組の塚田だろう?」
トイレを出たところで、純希は見知らぬ男子生徒に声を掛けられた。
「そうだけど……」
その時点で嫌な予感がして、純希は身構えた。
「B組の加藤とやりたいんだけど、五十万って本当?」
(またか!)
悪びれた様子もなく聞いてきた男子生徒に、純希はげんなりとした。
(ここで肯定すれば、噂が本当だったと認めることになりかねない)
そして、考える。
(でも、否定すればまた噂が広まるかもしれない)
純希は迷った。
「……デマだよ」
結局、純希は否定することを選んだ。
「そうだよなぁ」
男子生徒は簡単に納得してくれた。
と、思ったが、
「でっ? 本当はいくらなんだ」
「だからぁ」
真顔で聞いてきた男子生徒に、純希はカッとなった。
「それがデマだって言ってるの!」
純希は語尾を強めて言い放った。
「そ、そうなのか」
その気迫に男子生徒はタジタジになった。
「変な事をきいて悪かった」
そう言い残して、男子生徒は逃げるように立ち去った。
「ったく」
収まらない怒りに、一人愚痴った。
「純希」
と、そこへ小春が声を掛けてくる。
「今の男子となに話してたの?」
「たいしたことじゃないよ」
純希は誤魔化そうとした。
小春に嫌な話は聞かせたくなかったからだ。
「純希?」
だが、小春は心の中を見透かしたようにジト目で睨む。
「はい、例の噂の件です」
なので、純希はすぐに白旗を揚げた。
「噂にさらに尾ひれがついてた」
純希の言葉に、小春は申し訳なさそうな顔をした。
「ごめんね、純希」
「別に気にしてないよ」
純希は嘯いた。
「でも、なんで純希まで巻き込んじゃったんだろう?」
「多分、下野がなにか言ったんじゃないのかな」
首を捻る小春に、純希はズッと考えていたことを口にする。
「そっか……」
それに、小春は力なく頷いた。
「本当にごめんね」
そして、謝る。
「だから、気にしてないから」
それに純希は平気そうに応えた。
「……」
そんな二人のやり取りを陰からジッと見ている男子生徒がいたのだが、純希も小春も気付かなかった。
それからさらに数日が経った。
すでに十月に突入していたが、まだ制服は間服――――冬服にブレザーなしの生徒が多かった。
秋とは言え、まだ気温は普通に高かったからだ。
その日、純希は一人で下校しようとしていた。
小春は月二回の性病検査のため、先に帰ったからだ。
下駄箱で外履きに履き替えようとしたとき、
「つ、塚田君」
と男子生徒から声を掛けられた。
黒い短髪に度の強い眼鏡を掛けて小太りな顔した少年で、体型は小太りでずんぐりむっくりしている。
(またか!)
その容姿に見覚えがなかったので、純希は心の中で悪態をついた。
「ぼ、僕はB組の花江宏」
宏は律儀に自己紹介した。
「き、君に頼めば、か、加藤さんとできるって聞いたんだけど……?」
明らかに挙動不審な態度で、宏は聞いてきた。
「だから、それは……」
純希は怒りをぶつけようとした。
「こ、これ!」
だが、その前に宏が、札束を差し出した。
「えっ?」
純希は完全に意表を突かれた。
「ご、五十万揃えたから、こ、これで、か、加藤さんを買わせてください!」
テンパりながら宏は頭を下げた。
その勢いに、思わず純希は札束を受け取ってしまう。
「じ、じゃあ、た、頼んだから!」
そして、宏は逃げるようにその場を立ち去った。
「……マジか」
残された純希は、呆気にとられていた。




