十、文化祭
文化祭当日の土曜日。
校内は朝から大勢の人でごった返していた。
文化祭は、土日に行われるが、両日とも一般公開されている。
なので、こんなに人が集まっていたのだ。
塚田純希は、作った大道具を演劇が行われる体育館へと運んでいた。
劇はオリジナルで、文芸部に所属する女子生徒が脚本を書いていた。
男子二人の愛と友情を描いた作品で、女子生徒曰く、最高傑作なのだそうだ。
しかし、純希はどこが面白いのか今イチわからなかった。
背景を運び込んで、作業も一段落ついた。
そこへ、加藤小春からメッセが届いた。
『終わった?』
『終わったよ』
純希が即レスすると、すぐに既読がついた。
『こっちも終わったから、一緒に廻らない?』
そして、これまたすぐに返信が来る。
『いいよ』
『じゃあ、クラスの前で待ってる』
『了解』
純希が返信すると、愛らしい猫のキャラが喜んでいるスタンプが返ってきた。
「休憩、行ってくるね」
と、文化祭実行委員に告げてから、純希は体育館を後にした。
二年B組の前では小春が受付をやっている山野美都子と駄弁りながら、純希を待っていた。
「あっ、来た」
すると、小春は混雑する廊下の奥に純希を発見した。
「純希~」
小春は嬉しそうに手を振った。
何事かと、周りの視線が小春に集中する。
それが恥ずかしくて、純希は照れくさそうに小さく手を振り返した。
「純希!」
「小春……」
そのまま二人は合流したが、ハイテンションで喜ぶ小春に、純希は困ったような顔をした。
「どこから廻る?」
純希と一緒に廻るのを楽しみにしていた小春は、尻尾があったらブンブンと振っているじゃないか思うぐらいの勢いで聞いてきた。
「お化け屋敷って、怖いの?」
それに対して純希はいつものテンションで、聞き返した。
「うーん」
その問いに小春は唸った。
「まぁまぁ、怖いかな」
そして、聞いてみた。
「入ってみる?」
「うん」
純希は頷いた。
「中学生二人ね」
それを聞いた小春は、美都子に話を通す。
『コハちゃんと塚田が行くから準備して』
すかさず、美都子はメッセを送った。
『了解』
『りょ』
『がんばるね』
すると、各持ち場から、返事が返ってくる。
「では、いってらっしゃい」
純希に懐中電灯を渡した美都子は、二人を教室に招き入れる。
「暗っ」
ドアが閉められると、中は真っ暗だった。
ここが教室であることを忘れそうになるぐらい。
懐中電灯をつけるといくらかマシになった。
周りはダンボールで囲まれ、人二人がようやく通れるぐらいの狭さだ。
中は迷路のように入り組んでいて、懐中電灯で照らしても先が見えないように工夫されていた。
限られた視界で、純希はおっかなびっくりで歩き出した。
隣の小春は、仕掛けを全部知っているので余裕の顔だ。
「!?」
すると、突然、天井から血まみれの顔が降ってくる。
「わぁーっ!」
たまらず純希は悲鳴を上げた。
「ビビりすぎ」
それを見た小春はケタケタと笑った。
そんな幼なじみの態度に、純希は少しムッとした。
「怖いの駄目だっけ?」
それを雰囲気で察した小春は、聞いてみた。
「駄目じゃないけど、不意打ちはやめて」
「困ったなぁ」
純希の答えに小春は考え込んだ。
「そういうのしかないや」
そして、慢心の笑顔で応える。
「小春はどこで脅かしてたの?」
平静を装いながらも声を震わせて、純希は聞いた。
「うーんとね……」
小春は唇に人差し指を当てた。
「すぐそこ」
同時に、目の前に置いてあった掃除用のロッカーが開いて、中から白装束の幽霊が飛び出してきた。
「ぎゃーっ!」
悲鳴を上げた純希は、小春に飛びついた。
「あはははははっ!」
小春は大爆笑した。
「グッジョブ」
そして、幽霊役の女子生徒に親指を立てる。
「コハちゃんが彼氏連れてくるって聞いて、気合い入れちゃった」
と、女子生徒は血まみれメイクで、ニッと笑った。
「彼氏じゃないから……」
それに純希は弱々しく反論する。
「こだわるとこ、そこ?」
女子生徒は、腹を抱えて笑った。
「じゃあ、あたしたち行くから」
「お幸せに~」
小さく手を振る小春を、女子生徒は手を振り返しながら見送った。
「なんなんだよ」
そのやり取りに、純希は悪態をついた。
「大丈夫?」
そんな純希を小春は心配した。
「戻ろうか?」
「いや、行く」
だが、純希は強がった。
率先して前を歩く。
なのだが、
「わぁーっ!」
次々に襲い来る仕掛けに悲鳴をあげ続けた。
「ぎゃーっ!」
小春はそれを横で笑いながら見ていた。
「小春……」
とうとう限界を超えた純希は、情けない顔で小春を見た。
「ありゃ、ちょっとやり過ぎたかな」
そんな純希に、小春は冷や汗笑いをした。
「少し休憩する?」
小春の問いに、何も考えられなくなった純希はコクッと頷いた。
すると小春はその場で四つん這いになると、ダンボールの一部を開いた。
そのまま、中に入る。
入る直前、小春が手招きしたので、純希も四つん這いになってそれに続く。
しばらく進むと、人が二人ぐらい立てる部屋に辿り着いた。
「ここは……?」
「設計ミスでできた空き部屋だよ」
純希の問いに、小春は答えた。
「ここなら、怖いこと起きないから」
小春の言葉に、純希は頷いたが、まだ肩が震えていた。
「おいで」
それを見た小春は、両手を広げて優しく微笑んだ。
「うん……」
言われるがままに純希は小春の胸に飛び込んだ。
「よしよし、怖かったね」
純希を抱きしめながら、小春は頭を撫でてあげた。
「情けない……」
薄ら涙を浮かべながら純希は呟いた。
「知ってる」
それに小春は笑って見せた。
「そこは否定してよ……」
小春の胸に抱かれながら、純希は少し拗ねた。
「ごめん、ごめん」
謝りながら、小春はさらに純希の頭を撫でた。
「お詫びにいいことしてあげるから」
純希から離れた小春は、その場にしゃがみ込んだ。
「えっ?」
その行動に純希は、意表を突かれた。
♢♦♢♦♢♦
「はーっ……」
事を終えて、余韻を味わうように小春はうっとりとした吐息を漏らした。
”ブルッ”
と、そこで小春のスマホが振動した。
ポケットからスマホを取り出し、メッセを確認する。
『遅いけど、なにかあった?』
美都子からのメッセージだ。
『ちょっとアクシデント』
手早く小春は返信した。
『すぐ、出る』
その間に純希は身なりを整える。
それが終わると抜け穴を抜けて、二人は正規ルートへ戻った。
だが、お化け屋敷はまだ続いている。
仕方なく、ここから先は小春が事前に仕掛けを教えて、なんとか怖がらずに純希はゴールへと辿り着いた。
「アクシデントって、なにごと?」
廊下に出ると、すぐに美都子が寄ってきた。
「それがさぁ、純希が怖がって途中でへたり……」
「わぁーっ!」
小春の台詞に、純希は慌てて声を被せた。
「純希の名誉のために秘密」
なので、小春は人さし指を唇に立てる。
その仕草で悟った美都子は、それ以上は追求しなかった。
「じゃあ、行くね」
美都子に断ってから二人は廊下を歩き出した。
「……」
そんな二人をジッと見詰める視線があったのだが、純希も小春も気付かなかった。
「ちょっとトイレ」
ちょうどトイレの前で小春は言った。
「待ってる」
純希の答えを聞いてから、小春はトイレの中に入った。
と、
「二年の塚田か?」
純希は見知らぬ男子生徒に声を掛けられた。
「そうですけど」
ネームプレートと上履きの色から三年生だとわかったので純希は敬語を使った。
「二年B組の加藤とやりたいんだけど、いくら出せばいい?」
(またか!)
その男子生徒――――神谷海斗の言葉に、純希はいつものごとく心の中で舌打ちをした。
(しかもこんな時に!)
今は小春が一緒なのだ。
こんな話、小春には聞かせたくない。
「それはデマです」
なので純希は、ハッキリとした口調で否定した。
「惚けなくてもいいぜ」
しかし、海斗は引かなかった。
「俺の後輩で相手したもらった奴から聞いたんだから」
「それもデマです」
だが、純希も引かなかった。
「はぁ?」
その態度が海斗の怒りを買った。
「適当扱いてるんじゃねぇぞ」
海斗は純希の首元を掴んでねじ上げた。
「おまえが加藤の仲介役やってるっていう話は、聞いてるんだよ」
「だからぁ、それもデマです」
凄む海斗に内心ビビりながらも、純希は反論をやめなかった。
「ちょっと!」
そこへトイレから出てきた小春が割って入った。
「なににやってるの!?」
「おまえが加藤か」
ネームプレートを見て海斗は言った。
「ちょうどいい」
純希を締め上げるのをやめた海斗は、小春を見た。
「いくら出せばやらしてくれるんだ?」
「そんなこと、純希に聞いたの!?」
小春はカッとなった。
「そういうのは、直接、あたしに聞いて!」
そして、怒りのまま言葉をぶつける。
「じゃあ、聞くが、いくら出せばいい?」
海斗は小春を足の先から頭のてっぺんまで品定めするような視線で見ながら、聞いた。
「一万? 五万?」
それを聞いた小春はキッと海斗を睨んだ。
「こ、小春……!」
それ見て、純希はマズいと思った。
「五十万!」
しかし、止める前に小春は言い放った。
「それだけ用意できたら考えてあげる!」
勢いに任せて本当の値段を口走ってしまった。
「ご、五十万!?」
流石に海斗は驚いた。
「いくらなんでも高過ぎだろう?」
「あたしはそんなにお安くないわよ」
小春は勝ち誇ったように薄笑いを浮かべた。
「ちっ!」
その態度に海斗は舌打ちをした。
「しらけちまったぜ」
そして、肩をすくめる。
「もうあんたには頼まねぇよ」
捨て台詞を吐いて、海斗は立ち去った。
「小春……」
廊下を歩く海斗の後ろ姿にあかんべーをしていた小春に、純希は心配そうに声を掛けた。
「ごめんね、大丈夫だった?」
けれども、逆に小春に心配されてしまう。
「僕は平気だけど、今のは……」
「えへへ、頭きたから、つい本当のこと言っちゃった」
悪びれない様子で、小春は笑った。
「小春……」
なので、純希はそれ以上なにも言えなくなってしまった。
「また、噂になるかな?」
小春はあっけらかんと言った。
「でも、流石にそんな大金用意できないから、ウザいのが絡んでくることはなくなるでしょう」
それからケタケタと笑う。
「うん……」
純希はとりあえず頷いた。
(だと、いいんだけど……)
だが、心の中に生まれた不安を拭うことはできなかった。




