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麗子様は好き勝手に生きてやる!  作者: 古芭白あきら
第4章 中等部のみぎり

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第131話 麗子様は中秋の名月に涙する。


 あー、くさくさするー。


 制服は……ハンガーにかけるのもめんどい。


 ポイっとベッドに制服を脱ぎ捨てて、部屋着に袖を通す。するりとしたシルクの肌触りが心地良い。きちっとした制服からゆったりとした服装になって、解放感からちょっとは気分が晴れる。


 掃き出し窓からバルコニーへ出る。ちょっとはしたないけど、素足でそのまま。足の裏がひんやりして気持ちいい。


 もう陽が沈んでいるのに、意外と明るいわね。

 見上げれば、私の瞳に映るのは煌々と輝く月。


「そう言えば、今日は中秋の名月だったわね」


 もう、そんな季節か。


 季節は移ろい、秋が見え隠れしている。虫の音に夏の残り香を感じる……けれど、昼はバカじゃないかってくらい暑い。残り香どころか真夏じゃ。


 地球温暖化というのは、どうやら真実らしい。


 ふわっと涼しい風が私の服を軽く嬲る。それを全身で受け止めると、昼に焦がされた体の熱気が払われるようで心地良い。


 そのまま手すりに身を預けて月見と洒落込む。暑気払いにちょうど良い。


 うーむ、だけどススキと月見団子がないのが悔やまれる。


「今年は……満月ではありませんのね」


 けっこう勘違いされるけど、中秋の名月とは秋の満月のことじゃない。むしろ、満月である方が珍しいのだ。


 ちょっと欠けた月も風情だと昔の人は考えたのかしら。


「まっ、これはこれでありなのかな?」


 あー、月の陰影がはっきりして、クレーターが良く見えるわね。ホントにウサギさんが餅つきしてる。


 こうやって古今東西、色んな人が月を眺めていたんだろーなぁ。その優しい月明かりが私を感傷的にさせるのかもしれない。


 いや、月のせいじゃない。私が感傷的になってしまうのは……


 冬馬様。


「恋はしたいって……ずっと思ってたけどな」


 月を眺めていても思い浮かぶのは冬馬様の顔ばかり。これが恋なのだとはっきり自分でも分かる。


「苦節三十年と十二年、念願叶っての初恋ですのに」


 本当なら喜ぶべきことなんだろう。だけど素直に喜べない。それは私の初恋が誰からも祝福されていないから。


「どうして、みなさん寄ってたかって冬馬様を否定なさるのかしら?」


 その理由も分かってる。


 冬馬様の噂。


 それは、あっちこっちで女性を口説いているというもの。つまり、冬馬様はかなりの女ったらしなのだ。


 それを嘘だなんて言わない。私はそれが真実であると知っている。お兄様から裏は取ってるから。


 じゃあ、なんでお兄様はそんな人と付き合ってるのか?


 それは冬馬様が非常に優秀だから。


 なんと言っても、社交性の広さはお兄様でも舌を巻く。その能力を買って近づいたら、いつの間にか腐れ縁になっていたんだって。


 でも、女性関係でマイナスイメージもあるんじゃないかって思ったんだけど……


『あいつはちゃんと一線を越えてないんだよ』


 来る者は拒まず、去る者は追わず、冬馬様は恋愛ゲームを楽しんでいる。基本的には相手も同じだからトラブルは案外少ないのだそうだ。


『何かといわくのある奴だけど、基本は善良だから』


 だったら、私の恋を応援してくれても良いじゃないって思ったんだけど……


『冬馬は決して本気で恋愛をしない。あいつの数少ないトラブルは、相手が本気になった時なんだ』


 そんなもっともらしい理由を述べたけど……お兄様は何か他にも隠しているような気がする。


 桔梗ちゃんは相変わらず冬馬様に対して心証が良くない。菫ちゃんは口にこそ出さないが、私の恋をあまり応援してくれていない。ただ、この二人はあくまでも私を心配してくれているのが分かる。


 許せんのは早見だ。


 あいつめ、ずっと冬馬様の批判ばかり言いやがる。意外だったのは、逆に滝川が私の恋に肯定的だったことだろう。


 まあ、アヤツも美咲お姉様との仲を否定され続けてきた。だから、私に同情的なのかもしれん。


 だが、君ジャスの通りなら。可哀想だが滝川と美咲お姉様は絶対に上手くいかない。あの二人が結ばれるハッピーエンドはないのだ。


 だけど、それは原作を知っている私だけの理屈だ。私は滝川の気持ちを考えていなかったんだな。今ならあやつの苦しみが理解できるような気がする。


 滝川には悪いことをした。もう少し優しくしてやれば良かった。これからは滝川の恋を応援してやろう。


 まっ、100%失恋して、失意のどん底に突き落とされるんだがな。うん、その時はクマさんクッキーを焼いて慰めてやろう。


 なんて、滝川の心配をしている場合ではなかった。今は私の方が失意のどん底を目前としているんだった。


「私の恋はあの夜空に輝く月のようなのね」


 闇を照らす月はとても綺麗で、とても幻想的で、誰もが焦がれ欲して手を伸ばす。だけど、どんなに伸ばしても、月には決して手は届かない。


 西行法師も旅の途中で見上げた月に私と同じ想いを抱いたのだろうか。


 ——ほろり


 気づけば涙が一つ頬を伝い落ちていた。


 ——嘆けとて 月やは物を 思はする かこち顔なる わが涙かな


 私が勝手に想い焦がれたんだ。

 冬馬様は何も悪くない。


 きっと、この涙は月のせい……


 ぐすっ。

 ゴシゴシ。


 くぅー、ちくしょーめ、黄色い光が目に染みやがる。どうして月ってのは人の心を揺さぶりやがるんでい。


 …………ダメだ。いつもみたいなキレがない。


 もー、調子が出ないなぁ。


「にゃー」

「えっ!?」


 びっくりした〜。


 鳴き声の正体は、手すりの上で不思議そうに私を見ている愛くるしいハチワレ顔の……


「……マダラさん」


 いつの間にこんな近くに。


 それにしても……相変わらず超絶可愛いわ。


 世の愛猫家はみんな勘違いするものよね。「うちの子が一番可愛い」って錯覚するの。気持ちは良く分かるわ。だけど、それは我が子への偏愛が生んだ偏見なの。


 でもね。冷静にならなければいけないわ。


 とてもツライことだけど、全ての愛猫家に真実を告げなければならない。「うちの子が一番可愛い」は間違いなの。


 なぜなら世界一可愛いのはマダラさんだからよ!


 ごめんなさい。マダラさんが可愛すぎちゃって。

 あゝ、全世界の愛猫家達が嫉妬してしまうわね。


 それにしても、こんなに間近で見たのはいつ以来かしら。珍しい。滅多に近寄ってこないのに。


 も、もしかして慰めてくれてるの?


 それじゃあ、やっとマダラさんにもデレ期が到来したのね!


 ちょうどモフモフで癒されたいとこだったのよー。私のその気持ちが届いたのね。きっとそうだわ。


 モフモフさせてぇ、スーハースーハー猫吸いさせてぇ、肉球ぷにぷにさせてぇ!


 さあ、マダラさん、かも〜ん。

 私の胸に飛び込んでおいで〜。


「にゃっ!?」


 って、両腕を広げたらサッと距離を取られてしまった。


 そんなぁ。


「マ、マダラさん、あなたを大鳳の森で拾ったのは私ですのよぉ」

「にゃん」


 あっ、ソッポ向かれた。くすん。


「あなたの命の恩人は私なんですからぁ」


 スタスタ……


 あゝ、マダラさんが背中向けちゃった。


 マダラさ〜ん、かむば〜く!


 だけど、私の願い虚しく、マダラさんは振り向きもせず去っていく。


 くっ、マダラさん、気を持たせておいて……なんてイケズなの!


 あーあ、結局、誰も私に構ってくれないのね。


 いや、我が家には空気を読まずに、私にいつも絡んでくるタヌキが一匹いたわね。


 我が家のゆるキャラ、タヌパパンか……


 顔を上げれば、まあるいお月様がまるでタヌキのお腹のよう。なんだか私の繊細な心の中で弱気の虫が騒いでる。


 お父様に甘えたら、慰めてくれるかしら。


 ふむ、やっぱあれはいいわ。和みはすれど、癒される気がしない。かえって苛立ちそうだ。


 結局、私は傷心癒せぬまま、次の朝日を迎えた。


 このまま登校せねばならぬ。しかし、学校には解決できぬ問題が山のよう。


 早見は絡んでくるし、シラノ君は相変わらずストーカーだ。藤浪グループにも手を焼いてるし、虐めを受けてる梓ちゃんも心配だ。


 気が重い……はぁ……


 さて、どうしたものか。


 登校中の車の中で途方に暮れていたら、いつの間にか窓の外の景色に学園の門が!


 くっ、もう着いちまったんかい。


 かくなる上は——


「あー、私、どうもお腹の調子が……今日はお休みいたしますわ」

「朝ごはん、お替わりしてたじゃないっすか」

「……」


 誰もが私を裏切っても、私の食欲だけは最後まで私を裏切らないらしい。なんと頼もしいことか。


 だけど、今だけは裏切って欲しかった。


 ——ガチャッ


「さっ、お嬢、バカなこと言ってねぇで、ちゃっちゃと行っちゃってくだせえ」


 宇喜田さん、そんな無情にドアを開けて降車を促さないで——って、愚痴りたくなったその瞬間、開いたドアから小さな黒い影がサッと外へと飛び出した。


 その影はスタッと大地に降り立つと、一度こちらを振り返った。その顔を私は絶対に見間違えることはない。


「マダラさん!?」


 だって、そこにいたのは世界一愛くるしいハチワレ猫だから。


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