第130話 麗子様は大鳳政変に頭を悩ます。
「それで——」
紅茶を一口含んでからカップを膝上のソーサーに戻す。前を見ればローテーブルを挟んで早見がセティに座って黙ったまま。
「——いったい、私にどのようなお話がおありなんですの?」
早見のヤツが沈黙したままジッと見てくるから居心地悪いんや。放置プレイか?
だいたい、自分から誘ったんやろーがい。
そうなのだ。早見から話があると言われ、いま私達はサロンの一画を占拠している……なぜか途中から一緒についてきた滝川までいるから二人きりではないけど。
ったく、用があるなら、さっさと話せよ。こっちはお前と違って暇じゃない……こともないけど、テメェに割く時間がもったいないんじゃ。
それにしても、いったい何の用だ?
早見のおば様の料理教室はまだ先だし、特にこいつと話すことなんてないはずやが……って、不思議に思ったが、とにかく早見の用件を聞こうとしばし待った。
そう……待ったのだ。
ところが、早見のヤツ、待てど暮らせど一向に喋らん。おかげで、手にした紅茶も飲み干してしまったぞい。
あっ、そこの綺麗なコンシェルジュのお姉さん、お代わり頂けます?——って、お姉さん、そんなにビクビクせんといてぇな。
カタカタ震えてるせいで、ティーポットから注がれる紅茶が少し飛び散っちゃった。お姉さん、我は大丈夫やけん、そんな真っ青にならんといて。
んー、と言っても、まだそこまで仲良くないから我の気持ちは伝わらんか。お姉さん、逃げちゃったよ。さゆりんやゆかりんがいればなぁ。あの二人が懐かしいのぉ。
まったく、これも早見がピリピリしとるせいや。みんな怖がっとるやんけ。サロンの空気が張り詰めて、みんな息を殺しとるやないか。
というわけで、仕方がないから私の方から切り出した次第である。
「……用件というか、確認?」
「確認ですの?」
やっと重い口を開けたと思ったらなんとも曖昧な。まあ、早見らしいと言えば早見らしいけど。
「うん、あの噂は本当なの?」
「噂……と申しますと?」
はて、どの噂を指しているのやら。
何分にも、我は良くも悪くも注目を集めとる清涼院家の悪役お嬢様。話題には事欠かんのや。
「水無瀬さんのことだよ」
「冬馬様ですか?」
「……あの人はダメだからね」
ああ、こいつもか。
カチンッときたぞ。
だけど、興信所の調査員みたいな桔梗ちゃんならともかく、テメェはゴシップ好きじゃないって以前言ってたやんけ。ふざけんな!
「おっしゃっている意味が分かりかねますわ」
自分でも驚くほど低い声が出た。
それは、怒りを胸の奥へ飲み込もうとする私の感情の唯一の発露だったのかもしれない。だけど、そんな私の情動の変化は早見に伝わらなかったようだ。
「あまり水無瀬さんに近づかない方が良い」
「冬馬様はお兄様のご学友というだけですわ」
「本当に?」
「……それ以外に何があるとおっしゃいますの?」
私を見つめる早見の目が言っている。空々しいと。
ちっ、相変わらず他人の心を見透かしてくるヤツ。
「清涼院さんとあの人じゃ釣り合わない」
そんなこと、あんたに言われるまでもない!
冬馬様は高等部の三年生。私は中等部の一年生。十年後ならともかく、十代での五歳差はとてつもなく大きい。
いや、年の差を抜きにしても、冬馬様と私には途方もない隔たりがある。
冬馬様はずっと大人で、私はぜんぜん子供で……前世三十年なんて何の役にも立たない。私は恋愛に関して、てんでお子様だった。
私は前世で何をしていたの。趣味や遊びに興じて、人としての経験がてんで足りてない。
そんな自分が情けなくて、不甲斐なくて……やだ……感情が押し留められない……悔しくて、悲しくて、そんな感情の雫が目から溢れそう。
「あの人は危険なんだ」
「は?」
どういうこと?
冬馬様が危険?
早見の言おうとしていることが意味不明で私の思考が完全フリーズ。
「清涼院さんは少し迂闊すぎるよ」
「早見様、いったい何の話をされておられるんですの?」
今は冬馬様と私が釣り合わないって話をしていたんじゃなかったの?
「もっと自分を大切にすべきだ」
なに言ってんだコイツ?
「水無瀬さんは色んな女性と浮き名を流しているのを知らないの?」
イラッ!
「清涼院さんに近づいたのだって、何か魂胆があるに違いないんだ」
イライラッ!
「これ以上、水無瀬さんに近づいてはダメだ」
どうしてこんなにイライラする。変だ。どうにも余裕がない。こんな程度、いつもなら軽く笑って流しているのに。
「いいね清涼院さん、もう水無瀬さんには関わらないで」
早見の言ってることは桔梗ちゃんと同じ。だから、私が苛立つ必然性はない。
だけどな……
桔梗ちゃんは私を心配してくれていた。お前は何の権利があって否定する。我とお前は悪役お嬢様と準ヒーローという敵対関係やぞ。あーもう、ふざけんな!
「……どうして早見様に私の交友関係を指図されなければなりませんの?」
もうダメだ。苛立ちが抑えられない。
「僕は清涼院さんのために忠告しているんだ」
「それこそ大きなお世話ですわ!」
決して大きな声ではなかった。
だけど、怒りの篭った声音は意外と周囲に響いたらしい。何事かとサロン中の視線が私達のテーブルに集まったのが気配で感じる。
ヒソヒソと囁く声がさざめきとなって広がる。けど、知ったことか。
「だいたい、冬馬様は私のお兄様の大切なご友人でしてよ。それを侮辱するなど失礼ではありませんの?」
「まさにそれが大問題だよ。どうして雅人さんはあんな悪い噂ばかりの人と交友関係を持ってるんだか……」
こいつ!!
私のお兄様まで愚弄するつもり!
「早見さ——」
「瑞樹!」
抗議しようとした私の声を遮ったのは滝川だった。これまで目を閉じてジッと私と早見の口論を聞いていたのに。
親友の早見の援護でもするつもり?
「今のはダメだ」
「和也?」
だけど、意外にも滝川は早見に厳しい目を向けた。早見は訳が分からないようで戸惑っている。親友の滝川から非難されて驚いているのだろう。私もびっくりだもん。
「できれば瑞樹の味方をしようと思っていた。だが、どう聞いても瑞樹の方が悪い。それに最後のはとうてい許容できる範囲を逸脱している」
「だけど、和也だって水無瀬さんの噂は知ってるだろ?」
「女を取っ替え引っ替えしているプレイボーイ、か?」
冬馬様の女性遍歴は有名だ。そんなの私だって知ってるし、滝川も耳にしていておかしくない。こいつも冬馬様を貶めるのか?
「だからどうした」
滝川がぶった斬った!?
今日の滝川はどこまでも予想外だ。
「そんなの当人同士の問題だ」
「だけど、水無瀬さんは何人も女性を泣かせているんだよ。その中に清涼院さんも入ったら……」
「瑞樹、それは清涼院の問題だ。お前が立ち入って良いことじゃない」
あまりの展開に唖然……ホントにどうした滝川。今日のお前はマジでイケメン過ぎるぞ。なんぞ悪いスイーツでも食ったか?
「それに、お前は清涼院をみくびっている」
「僕が? 清涼院さんを?」
「そうだ、清涼院はしっかりした奴だ。簡単に惑わされるような女じゃない」
滝川、お前……そんなに我のことを買ってくれてたんか。
我はお前のことを誤解しておった——
「それに、清涼院なら大丈夫だ」
ん?
滝川がにやって……
「こいつ、男に騙されたくらいで傷つくタマじゃないだろう」
おい、キサマ!
前言撤回だ。やっぱりキサマはどこまでもデリカシーのないヤツだ!
「二人とも失礼でしてよ」
まったく、滝川も早見もやっぱ我の敵やな。コイツらには二度と心を許さんぞ。
だが、時すでに遅し。このサロンでの出来事はあっという間に学園中に広まった。あちらこちらで清涼院麗子と滝川・早見は対立していると囁かれている。
まあ、ちょっと誤解もあろうが、それはどうでもいい。もともとコイツらは敵認定しとったからな。
だけど……
「ふふん、これで麗子様の時代も終わりね」
「これからは藤浪さんの時代だわ」
やれ政権交代だの、やれ大鳳の女王は自分だだのと、どこぞの勘違いバカがまた大きな顔をしだしたのだ。
うざいことこの上なし。
しかも、気が大きくなった藤浪さんは好き放題しているみたい。梓ちゃんへのイジメもエスカレートしているらしい。ちょっと心配だ。
シラノ君のストーキングも続いてるし、学園内で私の休まる暇がなし。
「はぁ……悩みの種は恋だけにあらずって?」
大鳳事変はまだまだ続くようだ。




