第5話「俺こそがウマム〇メ(本物)だ」
第一章は初日に一挙公開
第二章からは、一日一話、朝七時公開です。
スタンドから、まばらな拍手が起きた。
「お、モモジリ、イナナいたぞ」
「元気だなあ」
(伝わってない! ちっとも伝わってない!)
背中では、喜城が絶叫していた。
「……勝った……俺の……天才の騎乗だー!!」
(お前の騎乗、一ミリも採用してないからな)
勝てた……
競馬中継の前で叫び続けた俺が、今、主演側にいる。緑の芝の上。観客の拍手。夏の日本海から吹く風。
胸の奥から、こみ上げてくるものがあった。
前世のある時期、俺は競走馬を美少女にした作品にどっぷりはまっていた。競馬の歴史をそこまで愛してくれるなんて、と、三十過ぎの男が大泣きした。
だが。
あの子たちは、二本足で走る。
俺は、四本足で走った。
本物の競走馬の体で。本物の芝の上で。
(俺こそが、本物なんだ。だから叫んだ。叫ばずにはいられなかった)
――いま、まさにメイクデビュー。
勝ったら踊る。それが流儀だ。俺は動画を何百回も見て、振り付けを全部覚えている。自宅の六畳で、一人で、深夜に。誰にも言っていない。
(いくぞ。イントロからだ)
右の前脚を、スッと前に出す。
左の前脚を、それに交差させる。
次はターン。後ろ脚を軸に――
(後ろ脚もあったのを忘れてた!)
四本の脚が、それぞれ別の方向を向いた。
体が、大きく傾いた。
フラッ。
フラフラッ。
トトトッ。
「……おい、なんか、あの馬、ふらついてないか」
スタンドの空気が、変わった。
背中の喜城が、真っ青になって飛び降りた。
「ちょ、ちょっと待て! 止まれ! 獣医さん! 獣医さーーん!!」
(待て! 今いいところなんだ! サビに入るんだ!)
サビに入る前に、獣医が入ってきた。
二人がかりで頭を押さえられ、胸に聴診器を当てられる。獣医の顔が、深刻になっていく。
「……心拍が、かなり乱れてますね。心房細動の可能性があります」
(やめて!おじさん、はじめて人前で踊るから、ドキドキしてるだけです!)
「詳しく検査しましょう。馬運車の準備を」
◇
精密検査の結果、異常はなかった。
ただし、勝利の口取り写真も、祝いの人参も、ぜんぶなかった。俺の初勝利の日は、心電図と血液検査と、尻の体温計で幕を下ろした。
その夜、厩舎の電話が鳴った。新冠からだ。
「……おお……おお……モモが……勝ったんですな……」
受話器の向こうで、弥三郎さんが泣いていた。
「心房細動じゃと……!? 大門先生、モモは、モモは大丈夫なんですかの……!」
そして、泣きながら心配していた。
◇
翌朝の競馬新聞。新潟の結果欄の、いちばん端っこ。
「新馬戦は十一番人気モモジリビジンが勝利。なお同馬はレース後に歩様が乱れ、検査を受けた」
田中さんがそれを読み上げると、隣の馬房からオトメノイチジクさんの声がした。
「あんた、勝ったあとに何したんだい」
「……ウイニングライブを」
「なんだいそれ」
「勝った後に、踊るんです」
「馬は踊らないよ」
正論だった。
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