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第11話「フラワーカップの誤算」

諸事情により、今日は二話公開です

三月。中山競馬場。

フラワーカップ。三歳の重賞、芝千八百メートル。

事業計画の、最初の関門だ。

ここを勝てば、重賞ウイナー。計画書の結論に書いた「重賞二つ」の、一つ目に手が届く。賞金も入る。英雄と同じゲートに入る資格にも、ぐっと近づく。

一勝馬が重賞を勝つ。普通に考えれば無謀だ。だが今の俺には、師匠直伝の武器もある。

俺はパドックで、静かに闘志を燃やしていた。

(色気で、ライバルたちのやる気を、根こそぎ削いでやる)

特訓の成果を試すときが来た。流し目。尻の振り方。そして、内側からにじみ出る色気。加齢とつまようじシーシーの匂いは、この一週間でだいぶ薄まったはずだ。

周回しながら、俺はまず、隣の馬に流し目を送った。

相手は、まったく反応しなかった。

(……ん?)

次の馬に。その次の馬に。尻を振る。流し目を送る。白目にならないよう、細心の注意を払いながら。

誰も、反応しない。

それどころか、一頭の馬が不審そうにこちらを見た。

「……あなた、さっきから何してるの?」

その声は、明らかに牝馬のものだった。

(……え?)

俺は、出馬表の記憶をたどった。フラワーカップ。三歳。芝千八百メートル。そして――牝馬限定。

(ここ、牝馬しかいねえーーーッ!!)

◇

色仕掛けが空振りに終わった俺は、逆に冷静になった。

色仕掛けは封じられた。だが、武器はそれだけじゃない。

きんせんか賞のあと、俺は坂路を死ぬほど駆け上がった。脚が笑っても、息が切れても、もう一本。スタミナは、確実についた。

(最後まで、粘れるはずだ)

『さあ直線! 先頭は、オサワリヨ! 強い、強い! 後ろからモモジリビジンも粘っている! 五番手争い!』

(粘れ……! ……ダメだ、脚が残ってない! 前の馬が、どんどん遠ざかっていく……!)

五着。重賞で、五着。

勝った牝馬は、ゴールの後、こちらを振り向きもせずに引き上げていった。その背中は、あの日の英雄と同じくらい遠かった。

(……やっぱり、無理だった)

色仕掛けが空振りしたことより、そっちの方がこたえた。全力以上で走った、それでも届かない。これが、一勝馬の本当の力だった。

(計画書の最初の関門で、いきなりつまずいた)

◇

翌日、坂路のふもとで、師匠に報告した。

「……牝馬限定戦で、色仕掛けを?」

「はい」

師匠は、深いため息をついた。

「作戦会議の段階で、誰か気づきなさいよ」

「作戦会議は、俺一人でやってました」

「……そうよね」

隣で聞いていたオトメノイチジクさんが、ぽつりと言った。

「でもあんた、女王様の特訓の成果かねえ。最近、ちょっと可愛くなったように見えるよ」

「……そう、ですかね?」

(今日は牝馬しかいなかったから、効いたかどうかすらわからなかった。でも……やっぱり、少しずつ効果が出てきているのか……?)

俺は水桶をのぞき込んだ。映っているのは、いつもの栗毛の顔だった。可愛くなったのかどうか、自分では、さっぱりわからなかった。

お読みいただきありがとうございます。

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