第五話 ただいま戻りました、殿下
それから数日後。帝国皇宮の謁見の間に、やつれた顔のエドガー殿下が現れた。
「ラ、ラミア。迎えに来てやったぞ」
第一声がそれだった。
滅の気配は微塵もない。
「お前が結界の要だったとは知らなかった。だが、今なら許してやる。婚約者に戻してやるから、王国へ帰ってこい。な?」
謁見の間が、しんと静まり返った。隣のセヴェリン殿下から、氷点下の冷気が立ちのぼるのを感じる。
わたくしは扇を開き、にっこりと微笑んだ。王国では一度も見せたことのない、心からの笑顔で。
「エドガー殿下。ひとつ、大切なことをお教えいたしますわ」
「な、何だ」
「結界を癒やすには、わたくしが『好きすぎて』溢れさせた光が必要なのです。そしてわたくし、殿下に対しては十年間、一ミリも溢れたことがございませんの」
「……は?」
「つまり、殿下の婚約者に戻ったところで、結界は一切直りません。お役に立てず、申し訳ございません」
エドガー殿下の顔が、赤から青、青から白へと変わっていく。
そこへ、セヴェリン殿下が一歩進み出る。
「王国の国王陛下からは、すでに親書を頂いている。エドガー第二王子は王位継承権と王族籍を剥奪のうえ、魔物の溢れた北の辺境砦へ配属。偽聖女を立てて結界の危機を招いた責任を、最前線で取っていただくそうだ」
「そ、そんな……父上が……!?」
「ああ、それと。私の婚約者を『お前』と呼ぶのは、今日限りにしてもらおう」
衛兵に両脇を抱えられ、元婚約者は謁見の間から退場していった。最後まで、何が起きたのかわからないという顔をしていた。
ざまぁ、とはしたない言葉が胸をよぎったけれど、わたくしは淑女なので口には出さなかった。代わりに、セヴェリン殿下の袖をそっと引く。
「殿下。王国の結界、わたくしに直させてくださいませ。民に罪はありませんもの」
「あなたなら、そう言うと思った」
殿下は優しく目を細めた。
――そして三日後。わたくしたちは、王国の北の国境に立っていた。
目の前で、ひび割れた結界が薄青く明滅している。森の奥では、魔物の唸り声。後方では、配属されたばかりのエドガー元殿下が、へっぴり腰で槍を構えていた。
「さて、ラミア。どうすれば、一番たくさん溢れる?」
「そ、それを本人に聞かれましても……!」
殿下は少し考えてから、わたくしの手を取り、指先にそっと口づけた。
「愛している。五年前の庭から、ずっと」
ぱぁぁぁぁん。
過去最大級の滅だった。
わたくしの身体からほどけた光が、奔流となって空へ駆け上がる。光は国境に沿って幾筋にも分かれ、ひび割れた結界に染み込み、亀裂を一つ残らず縫い合わせていった。夜明けのような輝きが、王国全土の空を覆う。
森の魔物たちが、恐れをなして逃げ去っていく。
王都では人々が空を見上げ、「光の乙女の再来だ」と涙したという。
そしてわたくしは――ぽすん、と。
いつもの場所に、帰ってきた。
「おかえり、ラミア」
「……ただいま戻りました、殿下」
遠くで、エドガー元殿下が槍を落とす音がした。
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