第四話 何度でもどうぞ。全部受け止める
わたくしは覚悟して目を閉じた。またクッションの上に落ちるのだろう。今度こそ殿下の目の前の祭壇に――
ぽすん。
温かい。クッションより、ずっと硬くて、ずっと温かい。
目を開けると、至近距離に青い瞳があった。
わたくしは、セヴェリン殿下の腕の中にいた。
「……え?」
「……え?」
殿下とわたくしの声が重なる。扉の向こうで、兄が「うわ」と呟くのが聞こえた。
心の中でいちばん大切な場所に、わたくしは現れる。五年間、それは肖像画の前だった。でも、本物が目の前にいる今――
「なるほど」
殿下が、とろけるような声で言った。
「あなたの一番大切な場所は、もう私の腕の中に更新されたらしい」
「お、下ろしてくださいまし……!また滅してしまいます!」
「何度でもどうぞ。全部受け止める」
殿下はわたくしを抱え直し、嬉しそうに微笑んだ。その顔を見た途端、胸の奥から熱いものがこみ上げてくる。五年間、遠くから眺めているだけで幸せだったのに、これ以上どうしろというのだ。
「で、殿下は……どこまで好きにさせる気なんですの!」
「まだ足りないくらいだ。私は、もっとあなたに好きになってほしい」
ぱぁん。
その後、わたくしは計四回滅し、四回とも殿下の腕の中に戻った。
五回目を迎える前に、殿下が真顔でこう言った。
「待ってくれ、ラミア。あなたの光は、ただの転移魔法じゃない。純粋な魔力を光に変換している。古文書で読んだ、王国の結界を張った始祖――『光の乙女』の記述にそっくりだ」
わたくしと、扉の隙間から覗く家族三人は、同時に首を傾げた。
結論から言うと、わたくしは帝国へ渡った。
エドガー殿下の「国外へ出ていけ」に従ったわけではない。セヴェリン殿下の婚約者として、帝国の皇宮に招かれたのだ。両親は「娘が幸せならそれでいい」と送り出してくれた。兄は「祭壇は俺が守っておく」と謎の宣言をした。
帝国での日々は、穏やかで、そして滅だらけだった。
朝、殿下に「おはよう」と言われて滅。
庭で花を贈られて滅。
執務の合間に「会いたくなった」と顔を見に来られて滅。
そのたびにわたくしは殿下の腕の中に戻り、殿下は毎回とても嬉しそうに受け止めた。
皇宮の侍女たちは三日で慣れた。
その間、殿下は王国の古文書を取り寄せ、ひとつの仮説に辿り着いていた。
「やはりそうだ。王国の結界を張った光の乙女は、エーデルシュタイン家の祖先だ。そして結界は、乙女の血を引く者の溢れた魔力――つまり『滅』の光を、少しずつ吸って維持されている」
「……つまり?」
「この五年、王国の結界は史上最も安定していた。あなたが私を想って滅するたびに、結界が補強されていたんだ」
「わたくしの推し活が、国防に……?」
思わず両手で顔を覆った。
肖像画を眺めて滅し、誕生日ケーキを焼いて滅し、帝国公報に殿下の新しい挿絵を見つけて滅した、あの五年間が。
「ちなみにエドガー殿下とお茶会をしていた時間は、結界的には何の貢献もなかった計算になる」
「でしょうね」
そして、わたくしが国を出て一月。
王国の結界が、揺らぎ始めた。
国境の森から魔物が溢れ、辺境の村々が悲鳴を上げた。王家は慌てて「聖女」ミナ様に結界の修復を命じた。
だが、彼女の光は結界に一滴も届かなかった。
当然だ。ミナ様の胸元で瞬いていた聖女の光は、闇商人から買った発光の魔道具だったのだから。帝国の調査官が出所を突き止め、王家に報告書を突きつけた。偽聖女として捕らえられたミナ様は、取り調べで「エドガー様が、公爵令嬢より目立つ女なら誰でもいいって言うからぁ」と泣き叫んだという。
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