第三話 夢じゃないと証明しよう
翌朝。公爵邸の応接間で、わたくしはセヴェリン殿下と向かい合っていた。
両親と兄は「何かあったらすぐ呼べ」と言い残して隣室に控えている。扉の隙間から三人分の目が覗いているのは、見なかったことにした。
「昨夜は驚かせてしまったようで、すまなかった」
殿下が頭を下げる。皇太子に頭を下げさせるなど、とんでもない。
「い、いいえ。わたくしの方こそ、お見苦しいところを」
無表情、無表情。心の中で素数。二十九、三十一、三十七。
「単刀直入に言おう。ラミア嬢、私と結婚してほしい」
四十一、四十三、四十七、五十三――
「……あの、殿下。なぜ、わたくしなのでしょう。婚約破棄されたばかりの、氷の人形などと呼ばれている女です」
殿下は少し困ったように笑い、懐から一枚のハンカチを取り出した。
白い布地に、拙い刺繍の青い鳥。
息が止まった。五年前のあの茶会で、褒めてもらえたのが嬉しくて、帰り際に思わず押しつけてしまったものだ。
「ずっと持っていた。あなたは覚えていないかもしれないが」
覚えております。一日たりとも忘れたことはございません。
「あの日、庭の隅で一人刺繍をしていたあなたは、誰よりも楽しそうだった。氷の人形なんかじゃない。好きなものを好きだと、針の一目一目に込めている人だと思った。この五年、婚約者がいると聞いて諦めようとした。でも、昨夜あんな形で手放す男がいるのなら――私が、迎えに来ても許されるだろう?」
素数が、どこかへ吹き飛ぶ。
「殿下……」
「好きだ。ラミア」
ぱぁん。
本日一回目の滅である。
わたくしはまた祭壇の前のクッションに落ちた。壁一面のセヴェリン殿下が、いっせいにこちらを見下ろしている。
「ああああ……求婚の最中に消えるなんて……!」
頭を抱えていると、廊下が騒がしくなった。
「ラミア嬢!無事か!」
「お、お待ちください殿下、そちらは娘の私室で――」
お父様の制止もむなしく、扉が開いた。殿下は帝国随一の魔術師でもある。光の残滓を辿って、ここまで来てしまったのだ。
そして殿下は、カーテンの向こうに立ち尽くした。
壁一面の、自分の肖像画。新聞の切り抜き。帝国公報の束。手作りの刺繍入りタペストリー。中央には「セヴェリン殿下お誕生日おめでとうございます(五回目)」と書かれた小さな旗。
終わりました。わたくしの人生、ここで終わりました。違う意味での滅です。
「……ラミア嬢」
「ち、違うのです、これは、その、学術的な、帝国研究の一環で」
「この肖像、去年の建国祭のときのものだな。こっちは十六歳の誕生日の。……全部、集めてくれていたのか」
恐る恐る顔を上げる。
殿下は、耳まで真っ赤になっていた。片手で口元を覆い、明らかに緩みそうな表情を必死に堪えている。
「すまない。嬉しすぎて、どういう顔をすればいいかわからない」
「……わたくし、夢でも見ているのでしょうか」
あまりにも都合がよすぎる。五年間、肖像画を眺めることしかできなかった方が、目の前でわたくしのことを好きだとおっしゃっている。それだけでも信じられないのに、この祭壇を見られて、喜んでいただけるなんて。
殿下はわたくしの前に膝をつくと、そっと手を取った。
「夢じゃないと証明しよう」
そのまま指先に口づけられた。手袋越しにも伝わる温もりと、見上げてくる青い瞳。こんなことをされて、平静でいられるわけがない。
ぱぁん。
本日二回目。
ブックマーク、★★★★★、リアクション
よろしくお願いします( *・ㅅ・)*_ _))ペコ





