第二話 またここに戻ってきてしまいましたわ
ぱぁん、と光が弾け、わたくしの姿は夜会の広間から跡形もなく消え失せた。
「き、消えた!?」
「公爵令嬢が消えたぞ!」
「天に召されたのでは!?」
大混乱の広間で、ただ一人。セヴェリン殿下だけが、光の残滓が漂う空間を、呆然と見つめていたという。
ぽん、と軽い音がして、わたくしは柔らかい何かの上に落ちた。
目を開ける。見慣れた天蓋。エーデルシュタイン公爵邸、わたくしの寝室だ。正確には、寝室の奥のカーテンで仕切られた小部屋。壁一面にセヴェリン殿下の肖像画と切り抜きが貼られた、通称「祭壇」の前のクッションの上である。
「……またここに戻ってきてしまいましたわ」
滅したわたくしは、いつも「心の中でいちばん大切な場所」に再び現れる。幼い頃はお母様の膝の上だった。ここ五年は、ずっとこの祭壇だ。
我ながら、どうかと思う。
「ラミア!」
扉が勢いよく開き、お母様と、夜会から馬を飛ばして帰ってきたらしいお父様、それに兄のテオドールが雪崩れ込んできた。
「やっぱり滅していたのね!夜会の真ん中で光になって消えたって、もう王都中の噂よ!」
「婚約破棄されたショックで、か?」
兄が気遣わしげに覗き込む。わたくしは首を横に振った。
「いいえ、お兄様。婚約破棄は全然まったく平気でした。むしろ清々しいほどでした」
「じゃあ何で滅したんだ」
「……セヴェリン殿下に、庇っていただいて」
家族三人が、同時に天を仰いだ。
わたくしのこの体質が初めて現れたのは五歳のとき。
庭に迷い込んだ子猫が、わたくしの指をぺろりと舐めた瞬間だった。可愛い、可愛い、可愛すぎる――そう思った次の瞬間、わたくしは光になって消え、お母様の膝の上に現れていた。
宮廷魔術師も医師も匙を投げた。
害はない。ただ、好きの気持ちが器から溢れると、身体が光にほどけて移動する。家族はそれを、冗談めかして「滅」と呼ぶようになった。
困るのは社交の場だ。令嬢が夜会でいきなり消えては醜聞になる。
だからわたくしは、幼い頃から感情を抑える訓練を重ねた。
好きなものを見ても顔に出さない。ときめいても深呼吸。心が揺れたら素数を数える。
その結果、出来上がったのが「氷の人形」と呼ばれる公爵令嬢である。
皮肉なものだ。誰よりも好きが溢れやすいから、誰よりも無表情になったのだから。
「まあ、エドガー殿下相手なら抑える必要もなかったけれどね」
お母様がため息をつく。
「十年婚約していて、一度も滅しなかったものね。あなた」
「ええ。一度も。ちらりとも。指先ひとつ光りませんでした」
「それはそれで殿下がお気の毒な気もするが……いや、聖女とやらに乗り換えて国外追放まで口走ったのだ。同情はやめよう」
お父様が咳払いをした。その顔が、妙に強張っている。
「ところでラミア。落ち着いて聞きなさい。深呼吸の準備はいいか」
「はい?」
「明朝、セヴェリン皇太子殿下が当家にいらっしゃる。正式な訪問だ。用件は――」
お父様は一度言葉を切り、覚悟を決めたように言った。
「お前への、求婚だそうだ」
「…………」
わたくしは、黙って素数を数え始めた。二、三、五、七、十一、十三――
「ラミア、指が光ってる!光ってるわよ!」
「十七、十九、二十三……!」
どうにか持ちこたえた。持ちこたえたが、その夜わたくしは一睡もできなかった。
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