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セカンドシーズン ─好きな人を、真っ直ぐに。─ 〜第一章〜高1編〜  作者: 波方 真季


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第35話 体育祭は、恋の代理戦争で一触即発


翌朝。


昨夜は、ほとんど眠れなかった。

目を閉じるたび、何度も脳裏に浮かんでしまう。


いつもより早く登校した教室は、まだ静かで、机と机の間を抜ける空気までひんやりとしていて、クラスメイトの数も疎らだった。


綾真は一晩中、昨日の出来事が頭から離れなかった。


指先に一瞬触れた柔らかい唇の感触。

真横で首を傾げて上目遣いに言われたあの言葉。

至近距離でレオとキスをしていたあの映像。

鼻を掠めた甘く柔らかい髪の香り。


その全てが、胸をどうしようもなく締め付けて仕方がない。


綾真は立ち上がり、勢いよく教室の窓を開けた。


そして秋晴れの空気をスーーーッ──と胸いっぱいに吸い込んだ。





(大好きだーーーーーー!!!!!!)





って、この窓から空に向かって叫びたい。


この気持ちに、もう我慢は出来ない。

“友達”というもどかしい関係に、これ以上は耐えられない。


昨日みたいに、当たり前のように一緒に帰って。

お家デートも日常的に出来るようになって。

遠慮もなくぎゅっと抱きしめることが許されて。

躊躇いもなくキスをして。


その先も…………


カァァァッと胸の底から熱が競り上がり、綾真は頬から耳まで赤くなった。


興味のない男子の席に、休み時間の度に訪れるだろうか。

同じ気持ちでなければ、親のいない家に誘ったりするだろうか。


多分……きっと。

いや、絶対そうだ。



星野と俺は、両想いだ!!



今週末は体育祭。

俺はクラスで一番足が早い。

クラス対抗リレーのアンカーであり、選抜対抗種目の障害物競走でもアンカーだ。


アンカーそれは即ち、クラスのヒーローだ。

見せ場しかない。


体育祭で星野にかっこいいところを見せつけて、彼女の視線を独り占めにして。

改めてしっかり俺に沼らせて、気持ちが最高潮になったその後に──



告白する!!



綾真は熱い闘志を燃やして、固い決意を体育祭という舞台へと宿した。



────────。



そして迎えた、体育祭当日。


空はどこまでも高く、抜けるような秋晴れだった。

雲ひとつない青空の下、校庭にはクラスカラーの旗がはためき、歓声と笛の音、太鼓のリズムが混じり合って、地面そのものが熱を帯びている。


陽向は生徒会役員として、体育祭実行委員や放送委員と連携を取りながら、忙しく駆け回る。


中央テントの本部席では俊輔が副会長として、生徒会長や、もう一人の副会長である朝比奈凛佳らと共に司会や全体の進行管理を行っていた。


競技は滞りなく進み、歓声は徐々に熱を増していく。


そして——

プログラムはいよいよ、選抜対抗競技へ。


種目は三種類。


障害物競走。

二人三脚。

綱引き。


クラスの中で全員がいずれかの競技に分かれて、それぞれの種目で他クラスと得点を競い合う。


最初のクラス対抗選抜競技種目──

障害物競走。


一年二組の最終走者として、綾真は赤いゼッケンを胸に、スタート前の列へ並んだ。


しかし、そこで。


「え?」


「あ?」


同じく最終走者。

一年四組、緑のゼッケン。


それは──

黒川朔也だった。


お互い、同時に相手のゼッケンが目に入る。

その一拍で、火花は確実に散った。


「へぇー…お前と走んのか」


先に口を開いたのは朔也だった。

薄く笑いながら、挑発を隠そうともしない。


「なんで黒川がアンカーなの?剣道部って足速かったっけ?」


「障害物で重要なのは足の速さじゃねーんだよ。集中力と精神統一。そんな事もわからねぇようじゃお前の勝ち筋はねぇな。」


「な……っ!!」


言葉の端が、明確に刺してくる。

二人の火花はバチバチにぶつかり合っていた。


やがて、走順は最終へ。


アンカー二人はスタートラインに並んだ。


(よくよく考えたら…こいつには負け通しだ)


文化祭で、星野の休憩を先約として先取られ。

ガジノで二人になれたと思ったらまんまと回収されて。

家に行ったらあと一歩のところで横取りされて。


今度こそ。

この体育祭では、絶対にこいつに負けるわけにはいかない。


「絶対、お前には負けない。」


綾真が、低く言った。

一拍置いて、朔也は言い返す。


「あっそ。だったら俺に負けたら──」


綾真を鋭い視線で睨みつける。


「ひなから引けよ」


「は…?」


耳を疑った。


ここまで、露骨に。


こんなにいきなりハッキリと、これまでほとんど絡みのなかった相手から、突然叩きつけられた宣戦布告。

文化祭の時は話してないし、この前星野の家で初めて一瞬会話しただけだ。


それにも関わらずこの剥き出しの敵対心。

独占欲。

こいつの星野執着レーダーは……


異常だ。


「上等じゃん。俺が勝ったら、お前が星野から身を引けよ。」


「上等。」


二人の視線は、自然と同時に陽向を探す。


次の選抜種目競技“二人三脚”に出る陽向は、ゴールテープの先あたりに位置する次競技の待機エリアにて、同じクラスの仲間と一緒に溜まっていた。

二人三脚のペアである咲と並んで校庭に視線を向けている。


((ぜってー勝つ!!))


朔也と綾真の胸には、同時に熱い闘志が宿る。

その瞬間、選抜対抗競技は、ただの体育祭の種目ではなくなった。


これは——

アンカー同士で恋を賭けた、骨肉の代理戦争だ。


「最終走者!位置について!」


校庭に、先生の声が響く。


「よーい!」


パーンッ──


乾いたピストル音が空を裂き、二人の戦いの火蓋が、切って落とされた。


一組から五組の走者が、一斉にスタートラインを蹴る。


砂埃が舞い、歓声が爆ぜる。

地面を蹴る音、呼吸がぶつかる音、全身に伝わる振動。

校庭が、一瞬で戦場に変わった。


最初の障害物は平均台。


綾真は迷いなく踏み出す。

足裏に伝わる細い感触。

だが揺れない。

怖くない。


横目で見えた朔也も、まるで地面と一体化したかのように、静かで正確な動きだった。

剣道で鍛えた体幹。

無駄のない重心移動。


綾真と朔也は並んで五クラスの先頭へ躍り出た。


二人は、ほぼ同時に平均台を降りる。


「……ちっ」


次の障害物はピンポン球。


スプーンを掴む瞬間、指先に一瞬だけ力が入る。

焦るな。

ここで落としたら終わりだ。


朔也は早かった。

無駄がない。

まるで呼吸の延長みたいにスプーンに球を乗せ、そのまま綾真よりも一足早く歩き出す。


急いで進むと簡単に落ちるピンポン球。

ゆっくり慎重に、トラックのコースを進む。


朔也との距離が、じわじわと開く。

背中が遠くなる。


綾真の胸に、焦りが刺さった。


(なにが精神統一だ……あいつの得意の精神を揺さぶってやる。)


綾真は後ろから、朔也の背中めがけて声を投げた。


「俺、この前お前が星野ん家に来た瞬間、ちょうど星野とキスする寸前だったんだぜ」


それは、まるで刃を投げるごとく。


「………嘘だな。」


一瞬。

ほんの一瞬だけ、朔也の歩幅が乱れた。


「ひながそんな事出来るわけねぇ」


顔だけを横に向ける。

視線は冷静を装っているが、声は硬い。

それでもピンポン球をキープしながら前に進む。


「嘘だと思いたいなら思っとけよ。俺、またすぐ来てって星野から言われてるかんな。絶対すぐに行ってやっから。次ん時は──」


綾真は言葉の刃を、さらに奥へ突き刺す。


「俺は星野と最後までいくから。途中でインターホンなんか出させねぇからな。」


「……っ!!??」


ポロッ


動揺した朔也の手元から、ピンポン球が落っこちた。

綾真の作戦は見事に朔也へヒットした。


「…お先!」


慌ててピンポン球を拾う朔也を追い抜き、綾真がリードした。


(……な…なんだ……あいつは……)


このまるで獣のような欲望剥き出し、煩悩丸出しの、危険極まりない男だ。


(綾真に限ってそれは無いわ)


朔也の頭に、綾真が帰った後に放たれた陽向の言葉が蘇る。


(無いもんは無い!!)


それでもあいつは、素であんな事言って、何の警戒心も無く平気で文化祭で拉致って、家に連れ込んで、全く何も気づいてないのか。


無頓着にも程がある。



危なっか過ぎて、とても落ち落ちしてらんねぇよ!!



朔也は、完全にスイッチが入った。


次の障害物は網潜り。


朔也は一気に火が付いたように、尋常じゃないほどの爆速で網の中を進んでいった。


ワッ──


「な…っ!」


そのあまりの速さに、群衆から歓声が上がったと同時に追い抜いて、綾真の口からも驚きの声が漏れた。


(くそ…っ!)



この俺という網を抜けて、ひなに手出しはさせない。



その一念だけで、朔也の体が動いた。


最後の障害物はハードル。


綾真はまたもや遅れを取り、朔也が三つ目のハードルを跳び越えるところでようやく一つ目に差し掛かった。


(バスケ部のジャンプ力を…舐めんなよ!!)


ワッ──


綾真がハードルを跳び始めた瞬間。

華麗なジャンプと脅威のスピードに、群衆は大盛り上がり。


朔也との距離は一気に縮まっていく。

先を行く朔也のハードルは残り三つ。

ゴールは目の前だった。


その瞬間──




「いけーーー!!綾真ーーーー!!」




真っ直ぐで、迷いのない声。


胸の奥に、火を落とす声。


陽向が上げた大声が朔也の耳を貫いた。



「………っ」



ガシャン!!


ゴールテープの先で、綾真を応援する陽向の姿が視界に飛び込んだ瞬間、朔也はハードルを足に引っ掛けた。


「なにやってんだあいつ……」


それをギャラリーから見た蒼太は思わず独り言を呟いた。


わかってる。

綾真とあいつは同じクラス。


ひなにとっては俺は敵だ。




「綾真ーーーー!!抜けーーー!!」




陽向の声援が、綾真の耳に何度も届く。


星野の鉄壁とも言える、黒川朔也。




恋のハードルを超えたゴールの先に、星野陽向が待っている。




バンッ──




一気に。

風を切って。

躊躇なく。


最後のハードルを跳び越えた瞬間、綾真は朔也を追い抜いた。


ゴールへ向かってラスト一直線。


そのまま持ち前の足の速さで走り抜き──




綾真は見事一位でゴールテープを切った。




パンパンッ──


ゴールを知らせるピストルの音が、校庭に鳴り響いた。


ワアァァァ──!!


歓声が爆発する。


綾真は止まらない。

減速しない。


そのままゴールの先の、ただ一人へ目掛けて一直線に走る。





「星野ーーーーー!!!!!」





校庭中に響き渡るほどの大声で、腹の底から叫ぶ。


世界へ向けて。


「はは、星野に勝利を捧げてるな」


「ほぼ公開告白だな」


「いやもう告ってるだろ」


綾真の友達男子がその光景に笑った。


勝った。

掴んだ。




この瞬間は、確かに俺がヒーローだ!





「………!」


校庭中に響き渡った綾真の叫びは、ざわめきと歓声の渦を抜け、確かに本部席の俊輔の耳にも届いた。


思わず視線を向けたその瞬間──


視界の先で、赤いゼッケンが勢いよく陽向へと突っ込んだ。



ガシッ!!



綾真は減速もせずその勢いのままに走り抜け、勝利の余韻をそのまま抱え込むように、止まらず陽向を思いきり抱きしめた。


「やったーーー!!綾真ーー!!イエーー!!」


弾ける声。

抱きしめられる綾真の腕の中で跳ねる軽い体温。


「星野…!俺勝ったよ!俺かっこよかった!?」


「うんっ!綾真めっちゃかっこいーー!!」


陽向は迷いなくそう言って、そのまま綾真の腕の中でピョンピョン跳ねている。

勝利の喜びが、全身から溢れていた。




「………っ」




俊輔は、思考より先に足が動いた。




「俊輔…?」


俊輔を呼ぶ朝比奈凛佳の声も、耳に入らなかった。


本部席を離れた瞬間、俊輔は自分でも驚いていた。


足は勝手に前へ駆け出して、視線はゴールテープの先から離れない。


抱き合う二人。

弾ける笑顔。

跳ねるように喜ぶ陽向。


──行ったところで、なんて言う?


頭は必死に理由を探していた。


“公衆の前だから”

いや、体育祭では勝利の喜びに抱き合うなんて、よくある光景だ。

“彼女が困っているから”

いや、彼の腕の中で、弾ける笑顔で嬉しそうに跳ねている。

正当化できる言葉が、どこにも見つからない。


どうしたら──


それでも俊輔は、止まる事が出来なかった。

理由なんて、もうどうでも良かった。


離してほしい。

今すぐ。


胸の奥から、理由にならない衝動だけがせり上がってくる。


ただ、あの腕の中から、彼女を引き剥がしたかった。




“彼女から離れろ。”




その言葉を出す事しか、もう俊輔の中での選択肢は無かった。





(え…っ!?なんで藤崎先輩がこっちに向かって走ってきてんの!?)


咲はその事に気がついた。

反射的に隣の陽向を見る。


綾真と抱き合いながら嬉しそうに跳ねて、全く気付く素振りもない。


咲は再び俊輔へ視線を戻す。

それと同時に、同じ方角で、地獄の淵にいるような朔也の殺意に溢れた視線が、抱き合う二人に今にも襲い掛かりそうな勢いで向けられている事に気がついた。


一触即発の三つ巴。

頭が高速で警鐘を鳴らす。


(か、カオス……!!)


やばい!!荒れる!!


バリッ!!


咲は、陽向から綾真を勢いよく引き剥がした。




「はいっ!!そこまでっっ!!!!」




「えっ…あ…」


綾真が状況を理解するより早く、クラスメイトたちが雪崩れ込んできた。


「イエー!!綾真ー!!」


「ナイスファイトー!!」


ハイタッチを求めて両手を掲げるクラスメイト達に、綾真は笑顔で次々と応じていった。


キッ──


と急停止した俊輔。


ハッと我に返ると、心臓が遅れて強く脈打つ。

胸の奥に溜まった熱を、息と一緒に静かに吐き出す。


ホッ…と胸を撫で下ろし、すぐ側で倒れているハードルを何事も無かったかのように回収していった。


完璧な所作。

感情の痕跡を、一切残さない動き。

そんな俊輔に、朝比奈凛佳が駆け寄った。


「障害物の撤去担当、俊輔じゃないよね?」


「手が空いてるから手伝おうと思って。さっき怪我人の生徒が出て、今役員が1人付き添ってるでしょ」


落ち着いた声。

いつもの俊輔。


「そーゆう事ね。私も手伝うよ」


俊輔は冷静沈着に、本来の自分へと戻っていった。




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