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セカンドシーズン ─好きな人を、真っ直ぐに。─ 〜第一章〜高1編〜  作者: 波方 真季


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第34話 手出していい?


「レオ!レオ!いくぞー…それーっ!」


乾いたフローリングを、軽い足音が駆け抜ける。

ボールが転がり、追いかける小さな影。


「おー!!来い!ちょーだい!レオ!」


弾む声と、弾む心。

綾真は夢中だった。


小さな体で必死にボールを追いかけ、何度も転びそうになりながら、また立ち上がる。

その姿があまりにも健気で、愛おしい。


「よーし!レオすごいぞー!えらいなー!お前ー!」


ワシャワシャ〜っと全身を撫でると、レオはくすぐったそうに身をよじらせ、綾真の手の中で尻尾を振った。

柔らかい毛の感触が、指先に残る。


「可愛い〜なぁ〜お前は〜♡」


そりゃ高校生男子。

好きな女の子の家に行くなんて、下心が全くのゼロなはずはない。


しかしいざ来て、可愛い子犬を目の前にした途端、つい夢中になってしまい、抱っこして、撫でて、メロメロになっているピュアな綾真だった。


「ねっ!めっちゃ可愛いでしょ〜!レオーおいでー!」


陽向が呼ぶと、綾真の腕からピョンと降りて、尻尾を振りながら駆け寄っていく。

しゃがみ込む陽向の足元で、子犬はくるくると回りながら甘える。


その光景を、綾真は見つめていた。

胸の奥が、妙に温かい。


「しかし…レオって戦術大戦じゃん」


「そ!推しの名前♡」


「はは、星野らしいなー」


和やかな時間。

時計の針も、外の音も、全部が遠く感じる。


「あ、そーだ!ドーナツ食お!」


陽向はレオを置いて立ち上がり、テーブルの上のドーナツの箱を開けた。


「どれにしよっかなぁ〜、まぁでも私はカスタード一択だな」


綾真も一息つくように、リビングのソファへ腰を沈めた。


「綾真なにがいい?」


「なんでもいいよ」


「じゃあねー、買ってくれた綾真くんにはですねぇ〜」


陽向は声を弾ませた。


「期間限定の新作、マロンクリームにしてあげよう!」


ドーナツを二つ手にした陽向は、ソファに座る綾真の隣へ何の迷いもなくピッタリと座った。


え…近くねっっっ!!??


綾真は心臓を跳ね上げた。


思わず、背中が強張る。

肩と肩の距離が、やけに狭い。


「はい!」


綾真の緊張をよそに、陽向はなんでもないような無邪気な笑顔でドーナツを手渡す。


「あ、ありがと」


陽向は先に頬張って、満足そうに目を細めた。


「ん〜!うまっ!やっぱこれしか勝たんよなぁ〜」


綾真は幸せそうなその顔を盗み見つつ、渡されたドーナツをかじった。


「そんなうまい?」


「うん!超絶うまい。そっちは?」


「普通にうまいよ」


「ひとくちちょーだい!」


「はっ!?」


綾真は一瞬戸惑うも、その動揺を隠すように冷静を装った。


「ん。」


陽向に手渡そうと、ドーナツを差し出したその瞬間。


パクッ!


(…な……っっっ!!!!)


普通に陽向の手がドーナツを受け取るかと思いきや、そのまま綾真の手からドーナツにかじりついた陽向。

指先に一瞬触れた、柔らかい感触。


(…く、口から行くか!?普通!)


「うん!めっちゃうま!」


綾真が慌てていても、陽向はドーナツの味に感動している。


そして──


「食べる?」


平気な顔で、綾真の顔の前に自分の食べかけているドーナツを当然のように差し出す。


(…こ、これは………)


俗に言う、“あーん”では……?


そしていわゆる、“間接キッス”では…?


陽向のあまりにも無垢な、天然無自覚距離詰め爆撃は容赦なく綾真の胸を揺さぶる。


ドキドキ…


ドキドキ…


えいっ!


と意を決してドーナツにかじりついた。



なんという至福。



「カスタードうまくね?」


「うん…うまい」


問いかける陽向に対し、綾真はもはやドーナツの味などわからなかった。


そのやり取りの間、レオは二人の足元をうろうろしながら、甘い匂いを追っている。

陽向はドーナツを食べ終えると、パンパンと手を払ってレオを抱き上げた。


「レオおいでー!」


そして抱きしめて、頬をすり寄せた。


「ん〜っ可愛いっ!」


綾真は、陽向が無防備に笑う表情に、目が離せなかった。


「うん…まじで……可愛い…」


呟いた言葉は、もはやレオに向けたものじゃない。

視線はレオでは無く陽向のその表情へ向けられていた。




その瞬間──



ペロッ


レオの小さな舌が、カスタードの甘い香りが残る陽向の唇に触れた。


ペロペロペロ──


陽向は驚きもせず、くすっと笑ってそれを受け止め続けていた。


綾真の心拍数は一気に急上昇していく。



俺は今……


至近距離で……


レオにディープキスされている星野を見せられている………。



身体が、全身が、熱くなる。



(あー…レオになりたい……)



綾真は心の底からそう思った。

じっとその光景を見つめながら、荒くなってしまいそうな鼻息を、必死で押さえる。



おいレオ。

その唇は俺のだぞ!



そして陽向はそのまま、綾真の熱を帯びた視線へ向けて、唐突な一言。




「抱く?」


首を傾げて、上目遣い。




(…◯×△◻︎⭐︎#@…っ!?)


陽向の口から突然飛び出し出した台詞に、綾真の頭は一瞬でパニックになった。


“抱く?”って。

その顔で、この距離で、そのワード。

やばい。

破壊力がやばすぎる。



「抱きたい。」



即答した。

陽向の目を真っ直ぐ見つめながら、綾真は気づいたらそう答えていた。


「はい!」


ポンッ


と、陽向はあっさり頷いて、レオを差し出す。


「え?あ、あぁ…」


綾真は、急に渡されたレオを抱き上げがら、拍子抜けする。


なんだ……レオの事か……


するとその直後──



ペロッ


(……っっっ!!!!!)


ドーナツの香りが名残り惜しいレオの舌は、続いて綾真の唇に触れた。


綾真は石像のように硬直した。



ペロペロペロ──


(………〜〜〜〜っっっ!!!!)


今しがた、陽向の唇に触れていたレオの小さな舌が、今度は自分の舌に一生懸命触れている。


あー………


やばい………


(……星野に……ディープキスされてる気分だ……)





キスがしたい。





綾真の理性はじわじわと溶かされていく。


「も〜レオ〜っ可愛いなぁ〜」


綾真の唇を舐めているレオに、陽向は突然頬を擦りつけた。


顔が近い。

ふわっと髪の香りが鼻を掠める。




その瞬間、抑え続けていた綾真の自制心は完全に崩壊した。



(ちゃんと告ってからにしろよ、順序がおかしくなっちゃうからな)


教室で言われた友達の言葉が頭に響く。




もう告ろう。




綾真は、レオをそっとフローリングの上に置いた。


告って、OK貰って、キスをして………


(お前…ついに今日で童貞卒業か?)


再び友達の言葉が木霊する。



星野を全部食べてしまいたい。



(行けるところまで……行こう……!)




可能であれば、最後まで。




「星野……」


限界突破した綾真は、ソファに座ったまま身体の向きを陽向の方へ正面に向き替えた。


「ん?」


キョトンとする陽向。

綾真は真剣な眼差しで、陽向の瞳を真っ直ぐ見つめ、距離を詰めた。




「……俺…………星野の事が──」






ピンポーン





“星野の事が”に重なるように、リビングにインターホンのベルが鳴り響いた。


「ん?誰だろ」


陽向はすぐに立ち上がり、モニターを確認する。


「げ。忘れてた!」


そう呟いて、玄関へと小走りに向かっていった。


取り残されたソファで、綾真は深く息を吐く。

胸の鼓動が、まだ速い。


陽向は慌てて玄関の扉を開いた。


「ごめーん!忘れてたー!」


夕方の空気が、玄関から一気に流れ込む。

その中に、苛立ちを帯びた声が落ちた。


「お前今日6時から走り込みだっつってんのになんでまだ制服なんだよ!ふざけんなよ」


朔也の視線は、陽向の顔を一瞬だけ捉え──

次の瞬間、玄関に揃えられた靴へと落ちた。


男子の……スニーカー……?


思考よりも先に、背中に冷たい汗が滲む。


(んーなんか、友達が家に犬見に来るんだって!)


ディンバーで聞いた咲の声が、頭の中で再生された。


「……っ!!!」


一気に、血の気が引いた。


朔也は何も言わず、陽向の肩を押しのけるようにして中へ入る。

遠慮も、躊躇もない足取りで、リビングへ。




そして──


ソファに腰掛け、子犬を抱いている男と視線がぶつかった。




(こいつ確か…文化祭でひなにカジノへ拉致られた……)


「お前…そこで何してんだよ……」


低く、抑えた声。

刃物みたいに冷たい。


「………黒川…朔也?」


綾真の目が揺れた。


なんで……こいつがここに……?



(星野って、黒川と付き合ってんの?)


(本当やめれる?只の幼なじみだから。まじきしょい)



生徒会総選挙のポスターを見た日に聞いたあの時。

彼女のその表情と口ぶりにホッしたのを覚えてる。



彼氏でもない状況で。

なぜ。

今、ここに。

当たり前のように星野の家に上がり込んでくる?



そして、頭の整理がつかない朔也はリビングの入口で呆然と立ちつくす。



親も居ない状況で。

なぜ。

今、ここに。

当たり前のようにひなの家に上がり込んで二人きりで過ごしてる?


「あ、朔也、これは綾真!同じクラスなの。犬見に来たんだよ」


陽向の声は、いつも通り明るい。


「へぇー……犬、ね。」


視線だけを動かし、綾真を見る。

疑いと、苛立ちが混じった目。


「ごめん、綾真ー!私これからランニングしなきゃいけないんだ。またいつでも、すぐ来てよ」


「え?あぁ…なんで黒川朔也とランニング?」


思わず出た、率直すぎる疑問。


「家隣なんだ。ダイエットに付き合って貰ってるの」



家、隣ーーーー!!!???



いや、幼なじみとは聞いていたけども!

まさか、そこまで距離が近かったなんて。


「あ……あ…あぁ…そ、そうなんだ……」


動揺を隠せない綾真。

その時レオが、綾真の膝からピョンと飛び降り、尻尾を振りながら朔也の足元へ向かう。


朔也は無言でレオを抱き上げた。


「そーゆうわけだから、悪いけど帰ってくれる?」


撫でる手は優しいのに、あからさまに不機嫌そうに綾真を威嚇する朔也。


(…うっぜーーーーー!!!!)


さっきまで、腕の中でじゃれついていたレオの温もり。

弾けるみたいに陽向と笑った時間。


それを一瞬で奪われた感覚。


まるで、自分と陽向の子供を取り上げられたような気持ちに綾真は襲われる。


「ごめんね綾真、駅まで送るよ!」


そんな綾真へ寄り添おうとする陽向。


「ふざけんな!お前、俺の時間をなんだと思ってんだよ」


それを朔也は容赦なく一刀両断する。


綾真のメンタルはボッキリと大きな音を立てて折れた。

一刻も早くここを立ち去りたい。


「大丈夫だよ1人で…マップ見て行くから」


「でも……」


「また明日、学校でな」


「うん、ごめんね繚真……またね」


陽向は申し訳なさそうに、玄関まで綾真を見送った。




「…はぁ〜……」


ひとりぼっちの帰り道。

綾真は深い溜め息をこぼした。


あいつ……黒川朔也……

カジノの時に続いて、今回またしても。

星野と良い雰囲気になると、それをぶち壊しにしてきやがって。

星野執着レーダーでもあんじゃねーの?

星野はあいつを純粋に幼なじみとしてしか微塵も気持ちは無さそうだけど……


黒川朔也の方は……


総選挙の時の熱意。

カジノの時の独占欲。

そして今日の……


(そーゆうわけだから、悪いけど帰ってくれる?)


まるで殺すように向けてきた、あの目。


く…っ

ちっ…くしょー……!


綾真は拳を力強く握った。


絶対に、あいつに星野を渡さない!!







一方、星野家リビング。


朔也は綾真が帰った後のリビングで、嫉妬心が抑えきれずにいた。


ディンバードーナツの箱。

フローリングに散乱する犬のおもちゃ。

配置がずれてるソファのクッション。


ここで二人が過ごした痕跡が、生々しい程リアルに伝わってくる。



絶対に、あいつにひなを渡さない!!



そして怒りの矛先は、陽向へと向けられた。


「お前、なに考えてんの?親も居ないところで男なんか連れ込んで、何が起きてもおかしくねーぞ!」


「綾真に限ってそれは無いわ」


「そーやって思ってんのはお前だけかもしんねーぞ」


「いやいやいやいや、犬好きなだけだって」


「好きなのは犬だけじゃねーかもな」


「何なの?またそーやってすぐ父親面するのやめてよっ!無いもんは無いから!」


「…く…っ父親父親って…お前な……」


せめて、彼氏面って言えねーのかよ!


「無いってなんで言い切れるんだよ!男は男だからな!」


「あっそ。なら朔也も男だよね!親も居ない家に男子を連れ込んじゃまずいなら、今すぐ帰ってくれるー?」


「俺は違うだろ!あいつと一緒にすんな!」


「なにが違うの?男子は男子じゃんっ」


「………っ」


そう。

俺だって男子だ。

父親なんかじゃない。



朔也の中で、何かが弾けた。






「あっそ。なら手出してもいい?」






グイッ──


ドサッ


突然陽向の腕を掴み寄せ、その身体をソファへ投げ倒した。


「………っ!!??」




陽向がパニックになったその瞬間。




「メーーーーーーーン!!!!」




ビシィィィィッ!!!




朔也の手刀が、剣道で相手の頭部を攻撃する時の掛け声と共に、陽向の頭頂部にクリティカルヒットした。


「いったあぁぁぁーーーー!!!」


「隙だらけなんだよ!もっと警戒心を持て!お前は!!!」


「朔也のばかやろーー!!」


「うるせぇな!!早く着替えて来い!!」


胸の奥底で、ほんの一瞬、確かに灯った小さな炎。


朔也は無理矢理それを鎮めるように、怒鳴り合いながら二人はいつもの距離に戻っていく。





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