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セカンドシーズン ─好きな人を、真っ直ぐに。─ 〜第一章〜高1編〜  作者: 波方 真季


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第32話 言えるわけねーだろ、バカ


それから一週間。


文化祭の熱が嘘みたいに引いて、学校はいつもの顔を取り戻していた。

廊下の装飾は片付けられ、壁は白く、床は妙に広い。

教室の窓から見える空は、やけに広かった。

秋の入口みたいな薄い青に、雲が白く間延びしている。

あの二日間が夢だったみたいに。


そして日曜日。


先週の文化祭の疲れもあって、この日朔也と朱里は黒川家で“お家デート”と決めた。

外に出て、誰かに会って、余計な視線を浴びるのが面倒だったわけじゃない。

ただ、二人の時間を“戻したい”という気持ちが、朱里のほうに少しだけ強くあった。


朔也の部屋。

カーテン越しに柔らかい光が落ちる。

テーブルの上には、二人で買ってきたコンビニのスイーツ。


テレビはついていた。

けれど音は、ただの”背景のざわめき”でしかなかった。

誰の頭にも入ってこない。

まるで、部屋全体が薄い膜で覆われていて、現実だけが外側に置いていかれているみたいだった。


朱里はベッドの端に座ったまま、横目で朔也を見た。


朔也は、同じ空間にいるのに。

どこか、いないみたいだった。


スマホを触ってるわけじゃない。

ぼーっとしてるだけ。

いつもの雑なツッコミも、訳の分からないノリも、返ってこない。

冗談を言う準備すらしていない顔。


朱里は、喉の奥に引っかかった息を一度飲み込んでから、ゆっくり朔也に寄った。

唇が触れる。

今までなら、自然に寄り返してくるはずだった。


「ねぇ…朔也来て…」


朱里が呼び、その腕を引いた。

甘えるみたいな声のはずなのに、喉の奥に引っかかる。


「いや…ちょ、昼間だし….」


「は?」


朱里の冷えた声が落ちた。


「なに言ってんの?いつも昼間じゃん。今までそんな事言った事なくない?」


朱里は笑えなかった。

冗談として流す余裕がない。


「え…あー、そうだっけ?」


「………。」


はぐらかす様子の朔也に、朱里は自分の中の何かが削れていくのを感じた。


「……朔也さ、最近なんか変じゃない?」


「は?変ってなにが?」


朔也は軽く返す。

でも声が、いつもみたいに強くない。

誤魔化しの声だと、朱里には分かった。


「一緒に居てもポーッとしてる事多いし、なんかテンション低いってゆーか。」


「……そんな事ねぇよ…」


朔也は、否定した。


だけど。

否定の仕方が、遅い。

弱い。

心が、こっちにない。


朱里は、目を細めた。




「私、気づいてるよ。」




「え?」


朔也の声が、情けないくらい弱い。

朱里は、確かめるように、でも逃げ道を塞ぐように言葉を続けた。


「朔也の様子がおかしくなったのって、あん時、ひなちゃんに部屋開けられた時からだよね?」


朔也の手に、じわりと汗が滲む。

顔色が変わる。

ほんの少し。

でも決定的に。


「い…いや………」


その反応だけで、朱里の中の疑いが“確信”へ変わっていく。


「そんなショックだったの?ひなちゃんに見られたの。」


「…………。」


その朔也の沈黙の様子に。


朱里の胸の奥に、嫌な熱が集まる。

怒りより先に、怖さが来る。


「なに…?」


声が震えそうになるのを、歯で噛み殺した。


「…まさか……ひなちゃんの事……好きだとか…ないよね?」


「………っ」


ズシンッと。


言葉が落ちた瞬間、朔也の胸の奥に鉛が落ちたみたいに重く響いた。

息が詰まる。

心臓が、一拍遅れて痛む。



沈黙は、あまりにも答えだった。



嫌だ。

嫌だよ。

やめてよ。

朔也。


言いたくない。

口にした瞬間、全部が壊れる気がする。


それでも、止まらなかった。


「……急に黙るとかなに?」


声が、尖る。


「否定くらいしろよ……っ!!」


朔也は、苦しそうに眉を寄せる。

それでも、朱里を見ない。


「……そんなんじゃ……ねぇよ…っ」


「遅いよっっっ!!!!」


ようやく絞り出したような小さい朔也の声は、苦しそうで。

“言葉”というより、“逃げ”だった。

まるで、それが朔也の本音を全て表しているようだった。


わかっちゃったんだ。

朔也の事が、本当に好きだったから。

いつも一緒に居たから。

その横顔を、隣でずっと見てたから。



本当は、どこかで気づいてたんだ。



「はぁー、なるほどね…そういうこと」


朱里は、全てを悟った。


「ひなちゃんを垢抜けさせて、自分の彼女にしても恥ずかしくないようにしたかったわけだ?」


その言葉を聞いた瞬間、朔也の中で衝撃が走った。


呼吸が、詰まる。

焦りが皮膚の下を走って、全身に鳥肌が立ち込めた。


「叶うはずのない藤崎先輩への恋を利用して、オタクを卒業させたかったわけだ?」


ドクン、ドクン、と心臓が脈を打つ。

全身の血が煮えたぎる。


「その為に……この私の事も利用したわけだ?」


「ちげぇよ!!」


自分で自分の本音を握り潰すように、朔也は朱里の言葉を否定した。


朱里の事は好きだった。

ちゃんと、好きだったんだ。


そのはずだったのに──




どうして最近浮かんでくるのは………あいつの顔ばっかりなんだ。




「そんな図星突かれたような顔して、説得力ねぇから!!」


悲痛な叫びと共に、朱里の瞳から涙がこぼれた。


中3の時。

塾の後にコンビニ寄った帰りの夜道で、くだらない話をしながら笑っていた朔也の顔が浮かんだ。

「お前マジでバカだな」って言われて嬉しかった、あの声。


その時、朔也を好きになった。


「…………。」


また、黙る。

泣いてるのにフォローもしてくれない。

私の事を…見てもくれない。



──ねぇ、私はちゃんと…彼女だったよね?



「………ピエロじゃん。」



バシンッ!



朱里の平手が、朔也の頬を打ち抜いた。


朔也の顔が横を向いたまま、戻らない。

朱里は震える息を飲み込んで、最後の一言を置いた。


「さようなら、クソ男。」


ドアが閉まる音が、やけに大きく響いた。


残ったのは、日曜の光と、溶けない沈黙だけだった。





…………………ひなが………好き……?





朔也は改めて、自分自身に問いかけた。


ありえない。

そんなはずない。

認めたくない。


それなのに──


(ひなちゃんを垢抜けさせて、自分の彼女にしても恥ずかしくないようにしたかったわけだ?)


(叶うはずのない藤崎先輩への恋を利用して、オタクを卒業させたかったわけだ?)


朱里の言葉が、自分でも信じられない程、自分の胸を貫いた。


ずっと感じていた苛立ちも。

何故かわからない胸の痛みも。

いつもあんなに必死だったのも。


全部が一本の線で繋がったみたいだった。


「…くっそ…っ!」


朔也は枕を拳で殴った。


気づけば気づく程、心拍数が上がっていく。


逃げ場がない。

心臓が、裏切る。

思考が、追いつかない。


どうしようも無い程に、鼓動が高まっていく。


陽向の屈託の無い笑顔が、容赦なく思考を全て占領していく。




胸が──


高鳴る。




朔也は、背中を壁にもたれたまま、髪をくしゃっと握った。






あー……



好きだ。






気づきたくなんて、なかった。

それでも、気づいてしまった。


“幼なじみ”


この言葉が、突然呪いのように感じる。

近すぎる。

あまりにも当たり前すぎて、今更それを動かせない。



この今の関係を──


変えていく術なんて、どこにも無い。




────────。




朱里は、散々泣いたその夜、スマホを握ったまま、ベッドに仰向けになっていた。


部屋の電気は消してある。

カーテンの隙間から差し込む街灯の光が、天井に薄く滲んでいる。

頬はまだ熱く、まぶたは腫れて、喉の奥には泣き疲れた後特有の痛みが残っていた。


涙はもう出ない。

代わりに、胸の奥に、じんわりとした鈍い感覚だけが居座っている。


スマホの画面を見下ろす。

指先が、ほんの一瞬だけ迷った。


それでも朱里は、文字を打った。


“朔也と別れちゃった!”


送信。


”ひなちゃんは絶対に何が何でも死ぬ気で先輩への恋を叶えてね”


二回目の送信ボタンを押した瞬間、胸の奥に、ちくりとした痛みが走る。


これは、優しさなんかじゃない。


悔しさ。

裏切られた自尊心。

あいつへの、静かな報復だ。


スマホは、ほとんど間を置かずに震えた。



“え!!!!”


なんで!!!!”



すぐ続けざまに、大号泣してるイラストのスタンプが三連打。


朱里は、思わず小さく息を吐いた。


……こんなに悲しまれるとは。


私と朔也の破局を、こんなにも純粋に、こんなにも本気で。

あまりの朔也の浮かばれなさに笑えてくる。


“女たらしに嫌気が刺して振ってやった!”


すぐに返信がくる。



“寂しいよ〜〜〜〜”


”考えなおしてよ〜〜〜〜”



とうとう朱里は、フッとうっかり吹き出してしまう。

笑ってしまった自分に、少し驚く。


なんでだろう。

恋敵なのに憎めない。


不器用で、純粋で。

先輩へ、真っ直ぐな恋をしている子。


私の好きな人の、好きな人。



“朔也と別れちゃったけどひなちゃんの恋はこれからも全力で応援するよ!”


”コスメとか服買いに行きたい時連絡してね!”



私も…ひなちゃんみたいに。

次の恋では、好きな人を真っ直ぐに、好きでいられる恋が出来たらいいな。



“本当!?いいの!?”


”わーい!!師匠ー!!大好きー!!”


“ひなちゃん!ファイト!”


“朔也の事、今夜首締めて殺しておくね”


“ガチでよろしく頼むわ”



朱里の口元が、少しだけ緩む。


それからしばらく、スタンプと短い言葉が行き交うたわいないラリーが続いた。


画面の向こうでは、誰かが恋を続けている。


画面のこちらでは、誰かが恋を失ったばかりだ。


それでも──

朱里は、スマホを握りながら、ほんの少しだけ、胸の奥が軽くなった気がしていた。



────────。



バンッッッ


鈍く、荒々しい音が、月曜日の朝の静けさを叩き割った。


「おいゴルァ!朔也てめー!!」


まだカーテンも開けきっていない薄暗い朔也の部屋に、ドスの効いた怒声がなだれ込んでくる。


「うわ…っ!」


ベッドに腰を下ろしたまま、朔也は反射的に身を引いた。


次の瞬間、突然襲撃してきて目の前に迫った陽向が、迷いなく両手で朔也の胸ぐらを掴み上げる。


洗いたての制服の袖。

至近距離からぶつかってくる、怒りと正義感の塊みたいな視線。


「朱里ちゃん傷つけてどーゆーつもりだ!?お前は毎回女と続かねーでコロコロコロコロホイホイホイホイ次から次へと!!あぁ!?」


ギクーーーーッ!!!!


朔也の全身からサァァァ──っと血の気が引いて、一瞬にして顔が青ざめた。


「…お、お前…朱里から…な、なにを…聞いた…?」


声が、情けないほど震える。

途切れ途切れで、焦りで上手く口が回らない、


「女たらしが嫌んなったって!!お前の女たらしは病気だよ病気!!」


「…え?」


朔也が間の抜けた声を出す。


「え?」


陽向も一瞬だけ、首を傾げた。


「あ、そ、そーゆうことね、あーはいはい!そうそう!」


朔也は一気に肩の力を抜いて、やけに明るく言う。


「なに?違うの?女たらしが嫌になったから振ったって言ってたけど」


「いや!!違くない!!そーなんだよ、朱里に昨日振られちゃったんだよー!」


軽い。

やたら軽い。

明るく言う朔也に、陽向の怒りは火に油だった。


「振られちゃったんだよーじゃねぇよ!!あんなに良い子を彼女にしといて、浮気する男なんて最低だかんな!!」


(げ。まじで誤解されてる……)


朔也は内心で頭を抱えた。


(でも事実は言えねぇし…困ったな………)


「浮気は別にしてねぇよ!!」


思わず声を張り上げる。


「じゃーなによ」


「いやぁー…それはー……」


視線がユラユラ〜っと横に逸れていく。


「なに、新しく狙ってる女?」


「えー…まー…そんな……とこ…?」


言った瞬間、心臓がドクンと跳ねた。


「誰よ」


「はっ!?」


「同じ学校?どこのクラス!」


陽向の強い瞳を真っ直ぐに受ける。


「え…や…それ….は……」


心臓が早鐘を打ち始める。


ドク、ドク、ドク、ドク……


鼓動が今にも陽向に聞こえてしまいそう。




そんなの…言えるわけねーだろ──



バカ!




「うるせぇな!お前に関係ねーだろ!」


「関係ないってなんだよ!いつもこっちが散々関係ないって言ってもお構い無しなくせに、自分はそー言うわけ!?」


ガチャガチャと、朝の部屋にいつもの喧嘩の音が広がっていく。

言葉がぶつかり、声が重なり、理屈も感情も、ぐちゃぐちゃになる。


いつもの光景。


……の、はずだった。


(……はぁ……)


朔也は、内心で深く溜め息をついた。


好きを自覚した矢先だというのに、いつもの喧嘩で始まる朝なんて。


ようやく気づいたその直後で。

このタイミングで。

この相手。


なんで……


この俺が……


よりにもよって…


こんな奴を好きなんだ?


色気もない。

可愛げもない。

遠慮もない。

容赦もない。


俺とした事が…不覚にも………




──本当まじで、最悪だ。









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