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セカンドシーズン ─好きな人を、真っ直ぐに。─ 〜第一章〜高1編〜  作者: 波方 真季


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第28話 文化祭なんて、波乱の予感しかしない



この日、文化祭準備期間において──


クラス内で行われる、避けては通れない最大の修羅場が訪れていた。



クラス催し、シフト決め。



まずは座席の班ごとに、役割とシフトを仮決めする。

その後、クラス全体で微調整。

教室のあちこちからは好き勝手な声が飛び交っている。

午前、昼、午後の三部制。

二日間分。

それだけで、十分すぎるほど揉める要素が揃っていた。


その中でも、ひときわ熱量を放っていたのがこの男。


「絶対、俺は昼シフト!ここだけは譲れねぇ!!」


鷹井綾真だった。


机に手をつき、声を張り上げるその姿は、もはや文化祭への情熱というより個人的な執念に近い。


「なに熱くなってんだよ」


「はいはいわかったよじゃあ鷹井は1日目は昼シフトね」


班のメンバーがあっさりと決める。


「よっしゃーーー!!!!」


拳を握り、全身で勝利を表現する綾真。

陽向が一日目の昼シフトに入ろうとしていた事は雑談の中から調査済み。

綾真は見事にそれを勝ち取った。


「2日目はどうする?」


幸い陽向と席が離れていた綾真は別の班。

そのため陽向と直接シフトを分けなければならない状況を回避できた。


一方、陽向の班。


「陽向は1日目、午前は生徒会シフトなんでしょ?昼シフトと午後シフトどっちがいいとかある?」


「午後シフトに他クラスの友達と休憩時間合わせる話しになってるから、もし他に入りたい人居なかったら昼シフトに入れて貰いたいなって思ってたけど、みんなどう?」


綾真は事前にこの情報を雑談の中でさり気なく入手していた。

そして再び綾真の班。


「2日目かぁー…」


綾真はチラッと陽向の班に視線を投げた。

昨日の休み時間の何気ない雑談。


(バスケ部の先輩が言ってたんだけど、なんか2年でカジノやるみてーだな)


(え!なにそれ楽しそう!)


(だよな!星野、俺と勝負しようぜ)


流れで誘ってはみたけれど、彼女は生徒会の仕事もあって忙しい。


(いいね!休憩時間被ったら一緒に行こ!)


彼女はそんな曖昧な返事だけで、それ以上休憩時間を合わせにいこうとまでは踏み出せず、言えなかった。


問題は、二日目だ。


二日目、彼女の生徒会シフトは昼だと言っていた。

残る空きは、午前か午後。

どちらをクラスシフトに入れ、どちらを休憩に回すのか。

その選択ひとつで、一緒に文化祭を回る事が叶うか、叶わないか、結果が変わる。


綾真は、さりげなく視線を陽向の班へ投げた。

そして、耳を澄まして全力で会話を拾おうとする。


「…………。」


遠い。

あまりにも座席が遠すぎる。


──思い切って聞きに行くか?


一瞬、立ち上がるイメージが頭をよぎる。


無理だ……。

それは流石に勇気が出ない。


「私、2日目午前から昼に掛けて彼氏と回りたいから午後入ってもいい?」


迷っているうちに、班の中で別の声が上がった。


「そりゃ大優先だな」


「彼氏案件は最優先だろ」


当然のように賛同の声が重なる。


やばい。

シフトが埋まる。


残るのは午前。


陽向がどっちを取るかも分からないまま、綾真の選択肢は消えていく。

考える暇はなかった。


甲か。

乙か。


一か八か。


「俺、2日目、午前で!!」






結果──。






星野陽向

一日目 昼

二日目 午後


鷹井綾真

一日目 午前、昼、

二日目 午前 




チーーーーーーーーーン。




頭の中で鐘が鳴り、一瞬教室の音が遠のいた。


大荒れに荒れた末、一年二組のクラス催しシフトは、こうして確定した。


「陽向ー!休憩被ったじゃん!一緒に回ろー!」


クラスの女子同士、そんな会話が繰り広げられて、星野陽向は目の前で二日目の予定を女子数人と楽しそうに取り付けている。


綾真の胸に、ズシンと重たいものが沈んでいく。

綾真は黒板の前から早々に離れ、自席へ戻る。


「はぁ〜…オワコン過ぎる……」


椅子に腰を落とすと、背中が一気に丸まった。

机に突っ伏し、誰に聞かせるでもなく呟いて、どんより項垂れる。


そのまま時間だけが、無情に流れていく。


ざわざわとした教室。

笑い声。

紙が擦れる音。


「綾真っ!」


不意に名前を呼ばれて、綾真はハッと顔を上げた。

そこにいたのは、星野陽向だった。


「休憩一緒になれなかったねー」


ほんの一歩だった。


陽向の言葉に、どうしてあの時、立ち上がる一歩が踏み出せなかったのだろうと後悔した。


(…俺って…いくじねぇな……)


「あー…覚えてたんだ」


休憩が被ったら一緒にカジノ行こうって話。

あの、軽い雑談みたいなやり取りを。

“俺の事を、忘れられてなかった”。

それだけで、ほんの少しだけ報われる。


綾真はもう一度、黒板に目を向けた。


一日目、午後の休憩。

一応シフト上は、そこが被ってるっちゃ被ってる。

ただそこは星野が先約の為に押さえた休憩時間だ。


それでも。

ワンチャン。


「一日目の午後の休憩って誰と回んの?」


出来るだけ、何でもない風を装って聞いた。


「咲とぉー、あと4組の友達」


一年四組?

その情報に、綾真はピクリと反応した。


「もしかして、黒川朔也?」


「そう!よくわかったね!あと津堅蒼太って子!」


「あーね。そこ、いつもよく一緒にいるからそうかなって」


くっそ…黒川朔也。

総選挙の推薦者。

星野陽向の幼なじみ。

多分地元の駅が同じだから毎朝一緒に来てる。

なにかといつも距離が近い。



いつも一緒に居んだから、一日くらい星野を貸してくれたっていーじゃねーかよ!!



口には出せない言葉が、喉の奥で渦を巻く。


そんな綾真の心情なんて知らないまま、陽向は黒板に視線を向けたまま、続けた。


「2日目の綾真の休憩時間、私生徒会ブースにいるわ!」


「……え?」


「フォトスポット、今回私が作るの担当だったから見に来てよ!一緒に写真撮ろ!」


振り向いた陽向の表情は、明るくて、真っ直ぐだった。


「え…お、おう!行く行く!」


二人で撮るツーショット写真。

その事に、胸の奥がくすぐったくなった。




「2日目昼、綾真のこと待ってるね!」




陽向の言葉が、胸の奥に、静かに、でも確かに灯をともす。

完全に終わったと思っていた文化祭に、不意に差し込んだ、小さな光。


綾真は、机の下で、そっと拳を握った。


負けたままじゃ、終われない。




一日目の休憩時間、星野を必ず見つけ出して、どさくさに紛れて──





絶対、攫ってやる。





文化祭は、まだオワコンじゃない。






────────。






文化祭準備は、いよいよ大詰めを迎えていた。


放課後の校舎には、普段とは違う熱がこもっている。

廊下のあちこちから聞こえるガムテープを引く音、段ボールを引きずる音。

夕暮れ前の校舎は、完成直前のざわめきで満ちていた。


生徒会役員は全員、放課後も残って各自の仕事に追われている。

陽向と俊輔は、校内装飾の買い出しペアとして、そのまま装飾作業も二人で担当していた。


昇降口から入って、最初に目に入る長い廊下。

その壁一面に、ペーパーフラワーで大きな “WELCOME” の文字を作る作業。


脚立の上には俊輔。

背が高い俊輔は、安定した足取りで上段へ手を伸ばし、花を一つずつ貼り付けていく。


陽向は床にしゃがみ込み、両面テープを剥がしながらペーパーフラワーを手渡していた。

役割分担は自然で、会話も少ない。

でも、不思議と気まずさはなかった。


——静かで、集中した時間。


そんな中、陽向はふと、手元の花に違和感を覚えた。


「あれ?これ、両面テープ貼られてないじゃん。」


指先で確認すると、両面テープが付いていない。


「えーっと…両面テープ両面テープ…あれー今さっきまでこの辺にあったのになぁ〜」


陽向は小さく首を傾げ、かごの中を探し始める。

ペーパーフラワーが、ばさばさと床に散らばる。


「おかしいなぁ……」


床に膝をつき、顔を近づけて、夢中で探す。


その瞬間だった。



ガンッッッ



「いっ!──」


鈍い衝撃。

陽向は思い切り、頭を脚立にぶつけた。


「…うわ…っ!」


同時にぐらりと脚立が揺れる。

バランスを崩した俊輔の身体が、傾いた。





バターーーンッッッ!!





「…………っっっっ!!!!」



脚立が勢いよく倒れた音が廊下に響いた。


落下した俊輔の身体は────────。





そのまま陽向の上に重なっていた。





俊輔の髪が頬に触れる。

近過ぎる距離から降り注ぐ柔らかい香り。


呼吸が──重なる。






世界の時計が、一瞬止まった。






「………っご…ごめん…っっっ!!!」


俊輔は、慌てて身体を起き上がらせた。






ててて、撤収撤収撤収ーーーーーーーー!!!!!






地球もろとも破壊するかのような核爆弾が陽向の脳内で大爆発を起こした。

久しぶりに現れた“脳内小人軍隊長”が、これまでにない剣幕で非常ベルを叩き鳴らす。


(あ…まずい…っ!)


俊輔が何かを察したその刹那、陽向の逃走癖は猛スピードで発動した。


廊下を全力疾走する陽向。




「……っ」




──俊輔は反射的にに、その背中を追いかけていた。




女の子を追いかけたことなんてない。

そんな発想すら、今までの人生には想像した事もなかった。


追いかけられて。

つけまわされて。

囲まれて。


ずっと、ただ笑顔で、それを受け止めていた。


なのに。

走っている。

逃げる背中を。

迷わず追っている。


理由を考えるより先に、体が動いた。



──ここで君を逃がしたら、もう二度と、同じ場所には戻れない気がした。



また、穏やかな時間を失う予感がした。




君を、捕まえたい。




初めてそんな衝動が、俊輔胸の奥で確かに形を持った。






ガシッ!


「………っ!」


突然腕を掴まれた感覚。


(……え………?)


陽向は、パニックで真っ白な頭のまま、その場に引き止められた。




「はぁー…はぁー…はぁー…捕まえ…た…」




振り返ると、息を切らした俊輔が、必死な表情で腕を掴んでいた。


「ここで君に逃げられたら……僕1人では作業時間内に……決められた今日の作業項目が終わらない…」


肩で息をしながら、言葉を繋ぐ。


「そうなったら…どこで何してたんだって…君がみんなに責められる…ごめんなんだけど…今日のところは頑張って戻って……」


一生懸命に、呼吸を整えながらそう言う俊輔の姿に、自分を全力で追いかけてきてくれた実感が競り上がる。


捕まえられて、その言葉を向けられた瞬間。

陽向の中で、時間が、音を立てずに止まった。



“みんなに責められる”。



その言葉は、陽向にとって恐怖そのものだった。

息が詰まり、胸が縮こまり、過去の記憶が一気に押し寄せてくる言葉。


失敗すれば責められ、躓けば笑われ、何かあれば「自分のせい」にされるのが当たり前だった。


それなのに。


それを、こんなにも真剣に、こんなにも自然に、自分の事を守ろうとしてくれた人が、これまでいただろうか。


唯一、心を許していた幼なじみの朔也でさえ。

強く叱ってくれることはあっても、弱さそのものをこうして包み込むことはなかった。


自分の駄目さを、自分の失敗を、自分の弱さを、こんなにも大事に扱ってくれる。



——こんなに、自分のことを想ってくれる人が、いたなんて。



胸の奥が、じんわりと熱を帯びる。

怖さよりも、恥ずかしさよりも、

もっと深いところで、何かが溶けていく。




こんなに優しい人は、いない。




ただそれだけの言葉では、足りないほどに。


「責められる側」ではなく。

「守られる存在」として扱われたのは、初めてだった。


その事実が、

陽向の心に、静かに、でも確かに刻まれた。




あぁ──


この人は──。




陽向の中で、何かが変わった。


確かに、これは進展だった。

恋として。

そして人として。


もう、元の位置には戻れないと、はっきりと分かってしまうほどの。










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