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セカンドシーズン ─好きな人を、真っ直ぐに。─ 〜第一章〜高1編〜  作者: 波方 真季


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第25話 恋を怖がっちゃ駄目だ

※X(旧Twitter)にて第25話イラスト公開しました!

https://x.com/exbrrh2oof32785?s=21


そして、土曜日。


街は、週末の熱気で満ちていた。

人の波。

ショーウィンドウの光。

秋を先取りしたディスプレイ。


その中心で——


「陽向ちゃんは骨格ストレートだから、絶対ハイウェストが大優勝だと思うの!」


朱里の声が、店内に軽快に響く。


「そんで脚出した方がいい!因みに陽向ちゃんブルベっぽいから、霞みカラーで、青みピンクとか超絶似合うっしょ!あー秋っぽくバーガンディもいいかもー!」


ハンガーを次々に手に取りながら、朱里のトークは止まらない。

相変わらず、なに語なのかわからない用語が次から次へと口から飛び出している。


「そんで、好きな人との初デートは絶対ガーリー!これ鉄則。」


「だから、デートじゃないってば!」


慌てて否定すると、頬が勝手に熱を持つ。


「んな事言っちゃって〜。買い出しは、め、い、も、く、でしょ♡」


「違うってば!」


「ねー!見てー!このブラウスちょー可愛くない!?パフスリがめっちゃくちゃガーリー!あーでも…あたし的にはもうちょい露出欲しいなーこれ胸元詰まりすぎ」


「あの…聞いてますか?」


「何かこう…胸とかガッと開いてて、肩とかバッと出てて、鎖骨ドーン!みたいな、可愛いのないかなー」


「そんなの着れないよっ!!」


明るい声が店内に響く。

ラック越しに振り返る朱里は、本当に楽しそうで。

照明を受けた髪も、動くたびに揺れるピアスも、全部がキラキラして見えた。


こういう時の朱里は、いつもそうだ。

迷いがなくて、前向きで、躊躇がない。

その姿を見るだけで、陽向の胸の奥に溜まっていた重たいものが、少しずつ溶けていく。

いつだって、自信の無い自分に元気と勇気をくれる。


自分には無いものを、全部持っている人。

だからこそ、陽向は朱里を“師匠”と呼ぶ。


二人で鏡の前に並び、

「これは違う」「それは可愛い」「でも先輩にはこっちじゃない?」

そんなやり取りを何度も繰り返した。


「う〜ん…デザイン可愛いけど履いてみたら丈が却下だな!もっとスカートは短い方が可愛い!」


試着室のカーテンを開けては閉め、首を傾げ、笑って、また悩む。


そして——

ついに。


「はい来ましたー。」


朱里が、満足そうに腕を組む。


「陽向ちゃん史上最強コーデ爆誕したわ」


鏡に映る自分を見て、陽向は一瞬、言葉を失った。


淡い霞みピンクのトップス。


胸元は開き過ぎずにふんわりしたリボンが揺れ、肩に入る切り込みからは肌色が覗き、ひじ丈の袖はパフスリーブ。


胸下の位置でキュと閉まったハイウェストスカートはバストの膨らみを強調していて、胸元のリボンがサイズアップを錯覚させる。

深いワインレッドで、ミニ丈の裾にはさりげなく色なしの刺繍。

秋らしさを漂わせている。


柔らかいシルエットで、THE・女の子。

派手じゃないのに上品なセクシーで、ちゃんと“可愛い”。


「朱里ちゃんすごい…これ私めっちゃ可愛い!」


胸の奥が、くすぐったくなる。


着て来た私服に着替えてレジで会計を済ませる。

そしてその後陽向は、朱里に手を引かれるまま、店を移動した。


「男受けの最強はピンクカラコン!CDIA15くらい、いっちゃう?」


「こんな小さい目にそんなの入れたら宇宙人になっちゃうよ。」


「ねねね!これ新作で盛れるってバズってる水光カラコンじゃん!CDIA…おー!14.5!ショコラピンク!いけるくない!?来たー!」


箱を掲げて、朱里は満面の笑み。


次はコスメコーナー。


「明日は、スクールメイクじゃないから!」


朱里は、普段学校では出来ないようなレベルMAXのメイクで挑ませようとしていた。


「今日のメイク練習はね、MAXでいくよ」


「…ま…MAX……」


その単語だけで、陽向の背筋がひくりと伸びる。


「つけま付けよう!」


「えー!むずくない?」


「いや?案外いけるよ?むしろマスカラでまつ毛作るより楽だよ!練習しよ!」


「………なるべく……薄いのがいいな…」


自分でも驚くくらい、小さな声だった。


逃げ腰だけど、拒絶ではない。

そのわずかな揺れを、朱里は聞き逃さなかった。

陽向の挑戦しようとする前向きな姿勢を感じて、ふっと優しく笑った。


スクールメイクとは違う、MAXメイクを完成させて。

結局選んだのは、ナチュラルなつけまつ毛と、淡いピンクの水光カラコン。


別人になるためじゃない。

少しだけ勇気を足すためのアイテム。


「さ!帰って朔也にお披露目ファッションショーしよー!!」


拒否する間もなく、レジへと連行される。

胸の奥が、少しだけ騒がしかった。



────────。



「ジャンジャジャーン!」


陽向の家に帰宅するなり朱里は朔也を呼び出し、購入してきたコーデをお披露目した。


「どう!?どうよ!!最強っしょ!!」


まるで舞台の幕を切るみたいに、陽向を前へ押し出す。


柔らかい色味のトップス。

肩口がわずかに覗くデザイン。

ハイウエストで切り替えられたスカートが、バストの存在感を強調し、脚のラインをすっと際立たせている。


“やりすぎていないのに、ちゃんと可愛い”。


朱里が狙った通りの仕上がりだった。


「……………。」


その光景を前に、朔也は言葉が出ない。


見た事もないようなファッションに身を包んだ陽向を前に石化する朔也だった。


「…………お前…この格好で…まじで明日藤崎先輩と会うの?」


ようやく絞り出すように声が出る。

理由のつかない胸騒ぎが、じわじわと広がっていく。


「そうに決まってんじゃん!」


答えたのは、陽向ではなく朱里だった。

楽しそうに悪びれもなく言い放つ。


「先輩、悩殺すんだよ♡」


その一言が耳に落ちた瞬間、朔也の中で何かが弾けた。


「だめだろ!こんなん肩出して…大体スカート短か過ぎんだろ!」


「は?何言ってんの?」


陽向はきょとんと首を傾げた。


「制服のスカートと丈変わんないよ?」


本気で分かっていない顔。

だめだ…本当にこいつは何の自覚もない。


「ハイウェストだから短いように見えるだけ!脚長効果!ハイウェストのセクシーマジック♡」


朱里の軽快な言葉が、追い討ちをかけるように朔也に突き刺さる。


「その下、中になんか履くんだろーな…」


必死に理性をつなぎ止めるような声。


「そのままだとマズイだろ!.」


「もー朔也どうしちゃったの?陽向ちゃんに文句ばっかつけて、親父臭いよ?」


朱里は呆れたように笑う。


「こいつは足癖が悪いんだよ!電車だろうと道端だろうと、気にせずとこでも足おっ広げて!朱里、ひなにこの下何か履かせろよ!」


「もーうるっさいなー!親父ムーブやめろって言ってんだろー!!」


陽向もついに声を荒げた。

朔也の感情が、制御を失う。


「親父ムーブ上等だよ!!その見苦しく出てる肩のとこ、縫い付けてやろーかてめー!!」


ぎゃあぎゃあと飛び交う言葉。

互いに一歩も引かない、いつもの喧嘩。


「…………。」


そのやり取りを眺めながら、朱里は笑わなかった。

さっきまで楽しそうにしていた表情が、すっと消えている。

二人のやり取りを、黙って見つめていた。


胸の奥に、はっきりとした違和感が残る。


(……は?……なんなの……?)


これは、ただの保護者目線じゃない。

兄の心配でも、幼なじみの世話焼きでもない。

“心配”という言葉では、どうしても足りない。


女の勘が、鋭く、静かに警報を鳴らしている。


陽向を見る目。

服を見る目。

藤崎先輩の話しが出た瞬間の、あの反応。


不穏な空気を残したまま、時間だけが進んでいく。


そして──

逃げ場のない“本番”。

日曜日は、容赦なく、やって来る。



────────。



「起きろーーーーーー!!!!!!!」


日曜日。

朝七時。


まだ夢の縁に指先を引っかけていた陽向の世界は、容赦のない叫び声とともに一瞬で引き裂かれる。

安らかに包まれていた掛け布団が、またしても乱暴に一気に引き剥がされた。



「もーーーーいい加減にしてーー!!!!」



声を張り上げながらも、心臓はすでに覚醒している。

陽向は今日が何の日か、頭より先に身体が覚えていた。



そして──



「……はぁ〜〜〜〜〜〜…………。」


身支度を終え、MAX100の完璧な姿に仕上がった陽向は玄関で靴を履きながら、深ーく長ーい溜め息をついた。

胸の奥は、どこか重たい。


「辛気臭ぇな。これから藤崎先輩とデートだっつーのになんでそんな葬式みたいなオーラ漂わせてんだよ」


「だから、デートじゃないっつーの」


背後から飛んでくるいつもの雑な声に即座に返す。

反射みたいな否定だった。


「デートに挑むくらいの気合いで行けよ!」


陽向はキッ──と朔也を見上げて睨みつけた。

視線の先には、腕を組んだ朔也。


「言っておくけど、これはあくまで生徒会役員としての仕事なの。私情で浮かれてたら、そんなの先輩に対して失礼だよ。」


「んな事言ったって、本心は嬉しいだろーが」


自分に言い聞かせるような陽向の強い声と、それを認めないような朔也の強い声。



「嬉しくない。」



間髪入れずに、きっぱりと否定した。


「は?」


「全然嬉しくないし、ぶっちゃけ行きたくない。文化祭の準備期間で例え先輩と絡みが増えようと、私はリアコをする気は無いし、先輩が一生推しである事も変わらない。」


毅然とした声。

靴を履き終えた陽向は立ち上がり、スカートの皺をぱんぱんと伸ばしてバッグを肩に下げた。


逃げじゃない。

そう言い切るみたいな背中。


──あの日。


この世から排除するかのように、獣みたいに剥き出しで睨んだ自分の視線と、一瞬で凍りついた陽向の顔。



「……ごめん。」



突然、朔也の口から予想外の言葉が零れた。


事故だと言い聞かせてきた。

仕方なかったと片付けてきた。

でも本当は、ずっと分かっていた。


あれは、俺の落ち度だ。


鍵を閉めなかったこと。

警戒を怠ったこと。

そして何より。


“こいつがどれだけ臆病か”を分かっていながら、想像もし切れなかったこと。


言い訳を溜め込んで、謝るタイミングを失って、気づけば「うざい世話焼き」で誤魔化すしかなくなっていた。


「俺の警戒心がぬるかった。朱里が家来たまま玄関の鍵も開けっ放しで、あんな時間に。」


謝りたかった。

ずっと。


でも、もしこの一言で距離が決定的に変わったらと思うと、怖くて言えなかった。


「べ、別に朔也のせいじゃないよ!図々しく空気読めずに上がり込んだ自分のせいだし、完全自分で事故っただけだし!」


慌てて否定する陽向の声に、朔也の胸はちくりと痛んだ。


「むしろ私にとっては良かったんだよ、あそこで恋のハードルに気付けて。」


その言葉を聞いて、朔也は、はっきりと悟った。




この背中を、このまま送り出してしまったら、もう二度と救えない。




「ハードルなんてねぇよ」




「…え?」


朔也は、ふざけた表情を一切消して、真っ直ぐ陽向を見た。

そして、両手でその肩を掴む。

逃げ場を塞ぐためじゃない。

言葉を、心の奥まで届けるために。




「ひな、恋を怖がっちゃ駄目だ。」




その声には、焦りも、怒りもなかった。

ただ、必死さだけがあった。


「俺と朱里、俺らは俺ら。先輩は先輩だ。藤崎先輩は、ひなが怖がるような事や、嫌がるような事は絶対しない。これから先、一生だ。」


言葉にした瞬間、その言葉が自分の胸を刺すのを、朔也ははっきりと感じていた。

それでも言わずにはいられなかった。


陽向を、二次元の殻に閉じ込めたままにしたくなかった。


「……そう……かな……」


小さく零れた声。


いつもは軽口ばかり叩く幼なじみの、こんな真剣な表情。

真正面からぶつけられる言葉の熱に、陽向の心拍数は一気に跳ね上がり、動揺してしまう。


「…あの優しさとキラキラの塊王子様だぞ?」


朔也は、半ば自分を鼓舞するみたいに続けた。


「男同士にはわかるんだよ!絶対だ。俺が保証する!」


いつも自信満々の、朔也の笑顔が弾けた。


玄関に朝の光が差し込む。

陽向は、ぎゅっと拳を握りしめた。


怖い。

それでも。


「……うん……!わかった…私頑張る!」


「おう!行ってこい!」


「行ってきます!」


ドアを開けた瞬間、外の空気が流れ込む。

日曜日の朝。

まだ何も始まっていない一日。


胸の奥に残る不安と、ほんの小さな決意を抱えたまま、陽向は一歩を踏み出した。







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