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セカンドシーズン ─好きな人を、真っ直ぐに。─ 〜第一章〜高1編〜  作者: 波方 真季


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第24話 日曜日の約束


生徒会室は、役員会議特有の少しだけ息苦しい空気に包まれていた。


校舎のあちこちで部活の掛け声が上がる時間。

廊下の向こうには下校する生徒の笑い声が流れているのに、この部屋だけは、なぜか時間の進み方が違う。


「各クラスから提出された備品リストで、学校側から用意する物の取りまとめは以上で大丈夫かな。」


「「「はい。」」」


生徒会長の問いかけに、役員達は一斉に返事をした。

窓から差し込む西日が、長机の上の資料をオレンジ色に染めている。


「じゃあ、次。生徒会主導で準備する文化祭の備品買い出しについてね」


顧問が、プリントを一枚めくりながら言った。


「えー引率は例年副会長。去年は、当時副会長だった朝比奈が引率して行ったので——」


その名前に、何人かが自然と視線を向ける。

三年副会長の朝比奈凛佳は、腕を組んだまま、余裕のある笑みで軽く頷いた。


「今年は、副会長になった藤崎が担当しようか」


「はい」


生徒会長からの言葉に、俊輔はすっと背筋を伸ばして返事をする。

それだけで、場の空気が少し引き締まった。


「で、引率は副会長一人でいいんだけど、買い出しは必ず二人で行くこと。」


顧問は事務的に続ける。

生徒会長が後に続く。


「藤崎、今週行ける役員誰か一人選んで一緒に行って。校内装飾のセンスが偏らないように、なるべく女子がいいかな。」


会長の言葉が終わると、生徒会室に一瞬の静寂が落ちた。

二年生の役員が顔を見合わせ、三年生女子が何気なく髪を整える。

誰が指名されるか、全員が無意識に察していた。

会長の言葉に、朝比奈凛佳の表情がピリつく。


その空気の中で。


俊輔は、迷うことなく視線を落とした。


長机の端。

資料を膝に乗せ、少しだけ緊張した面持ちで座っている一年生。


「——星野さん。」


名前を呼ばれた瞬間、陽向の肩がぴくっと跳ねた。


「は、はいっ!?」


顔を上げると、俊輔の視線がまっすぐこちらを向いている。


「一年生だし、今後のためにもいい経験になると思う。書記として、備品管理の流れも見ておいた方がいい」


淡々とした口調。

業務としての、あまりにも正論。


それなのに。


(……え、待って待って)


胸の奥で、ざわざわとした何かが暴れ出す。


「……え、あ、えっと……」


陽向の頭の中は一瞬で真っ白になった。

心臓が、さっきまでとは別の音を立てている。


(…ガチで…二人で行くの?)


「いいんじゃない?」


不意に、朝比奈凛佳が口を挟んだ。

安心したように笑い、俊輔の腕に軽く触れながら。


「俊輔が引率なら安心だし。一年生連れてった方が、生徒会の雰囲気も伝わるでしょ」


この子なら……女子の中で唯一、何の心配も無い。


「そうですね」


顧問も頷く。


「じゃあ、今年の文化祭備品買い出しは、二年副会長・藤崎と、一年書記・星野で」


生徒会長のその一言で、決定事項になった。


「……よろしくお願いします」


陽向は、少し遅れて小さく頭を下げた。


「こちらこそ」


俊輔は穏やかに微笑む。

その笑顔が、余計に心拍数を上げる。

胸の奥で、言葉にならない動揺がざわめいた。


会議はそのまま次の議題へ進んでいく。

けれど陽向にとって、その後の話はほとんど耳に入ってこなかった。


文化祭の準備。

生徒会の仕事。

ただそれだけのはずなのに。


何かが動き出す予感だけが、やけに鮮明に、胸に残っていた。


(でも……筋トレと走り込みの追加メニュー回避だ!)


よっしゃ。


その現実的な勝利を思い出して、陽向は内心で小さくガッツポーズを作った。



役員会議は、予定通り終了した。



椅子を引く音。

資料を重ねる音。

「お疲れさまでした」という声が、あちこちで交わされる。


張りつめていた空気がほどけ、生徒会室にはざわめきが戻ってくる。

西日が、さっきよりも低い角度で窓から差し込み、床に長い影を落としていた。


陽向は、ようやく息を吐いた。

その直後だった。


「星野さん、備品の買い出し…今週いつ行けるかな」


歩み寄る俊輔の穏やかな問いかけ。

業務の延長線上の、当たり前の確認。

それなのに、陽向の手のひらには、じわりと汗が滲んだ。


「あ….いつでも!それって放課後….とかですかね?」


出だしの声が、少しだけ裏返った。


「え?あー….えっと…」


陽向の言葉に対して、俊輔は一瞬言葉を探すように視線を逸らした。

考えている時の癖だ、と陽向は知っている。


その沈黙が、やけに長く感じられる。


「…?」


陽向が首を傾げた、その瞬間。


俊輔は、ほんの少しだけ距離を詰め、周囲に聞こえないように声を落とした。


「…日曜日….とかどうかな…何か予定ある?」


「……っっっ!!!」


日曜日ーーーー!!!???


休日。

私服。

買い物。


とんでもない。

一大事だ。



それは……デートだ。



脳内で、警報が一斉に鳴り響く。


「に、にに日曜日ですか…あー…それは…えっとですねー…」


完全に動揺しているのが、自分でも分かる。

頭の中で言葉が渋滞して、何一つまとまらない。


あからさまな動揺。


陽向の様子から、俊輔は何かを察したようだった。

一瞬だけ、眉が寄る。

そして、覚悟を決めたように、もう一歩、真正面から向き直った。



君に聞きたいことが、沢山あるんだ。



「結構色々回らなきゃいけないから、放課後だと帰りが夜遅くなっちゃうかなって。出来たら、今週日曜日予定を空けて欲しい。」


真剣な表情で、陽向を真っ直ぐ見つめる俊輔。

その眼差しに、陽向は完全に心臓を鷲掴みにされた。


(何を…考えてるんだ私は……)


これはあくまで、生徒会の仕事だ。

藤崎先輩が、生徒会の仕事を真面目に全うしようとする誠意に対して……自分が私情で足を引っ張っていいわけがない。


「わかりました。日曜日、よろしくお願いします」


その言葉に、俊輔の表情がふっと緩んだ。


「ありがとう!じゃあ10時に、現地の駅で待ち合わせでいいかな?」


「はい!大丈夫です!」


生徒会の仕事とわかっていつつも……


日曜日。

藤崎先輩と。

十時に駅で待ち合わせ。


そのワードの羅列の破壊力がえげつない。


ただの備品の買い出しと言い聞かせても、日曜日と私服という単語が、容赦なく現実感を連れてくる。


こりゃ大変だ。


何より致命的なのは私服問題。

クローゼットの中を思い浮かべるだけで、気が遠くなる。

あるのは、部屋着。

部屋着っぽい服。

部屋着と言い張れる服。


外出用という名目の服ですら、「近所のコンビニまで」が限界のライン。


日曜日までに買いに行かねば。

これはもう、自力ではどうにもならない。



師匠に……ヘルプ要請だーーー!!!!



美容とファッションの神。

陽向は帰り道に、女子力改革の師匠である朔也の彼女、最強ギャルの朱里へLINEを入れた。



────────。



役員会議の翌日、俊輔は図書室へ足を運んでいた。


ガラッ──


引き戸が滑る音が、静けさに小さく引っかかる。


図書室はいつも通り、ひどく落ち着いていた。

冷房の乾いた風。

紙の匂い。

外の世界だけが勝手に動いていて、ここだけ時間がゆっくり沈んでいるみたいだった。


俊輔は、いつもの窓際の席へ向かう。

椅子を引き、腰を下ろすと、背中に木の感触が伝わった。


(──先輩!)


ふと、いつも正面にあった温もりを思い出す。

夏の日差しに透ける髪。

机に肘をついて本を読みながら、突然、楽しそうに何かを話し始める声。



来る…かな。



そんな期待が、情けないほど自然に湧いてしまう。


体調不良の連絡が入ってから、彼女は図書室から消えた。

“来ない”という事実は、ゆっくりと積み重なって、いつの間にか息の仕方まで変えてしまうくらいの重さになっていた。


ずっと、回復していないのではと心配していた。

それでも昨日の役員会議で、久しぶりに顔を合わせた彼女は、いつも通りの眩しい笑顔で、いつも通りの声で。

元気そうだった。

その姿に、心の底から安心した自分がいた。

それだけで胸が軽くなる、はずだった。


でも──

安心と同時に、どうしても拭いきれない疑問が立ち上がってしまう。


元気になっていたのなら……どうして図書室へ来ないんだろう。


曜日がすれ違っていたのか。

時間帯が違っていたのか。

偶然の重なりで、会えなかっただけなのか。


そういう可能性を、ひとつずつ握っては確かめたくて。

俊輔はふと立ち上がり、カウンター横にある貸出管理用紙へ目を向けた。


指先で追う名前の列。

そこにあるはずの文字を探してしまう自分が、ひどく滑稽で。

けれど、止められない。


星野陽向。


──夏休みの途中から、そこで途絶えていた。


(来てない………)


まるで図書室という空間が、夏休みのままで時が止まってしまっているようだった。


心臓の奥が、ざわざわと音を立てる。

体のどこかが冷えていくような感覚が、遅れて胸へ広がる。


「…はぁー…………」


息が漏れた。

それは溜め息というより、心の中の重さが形になったみたいだった。


嫌われちゃったのかな……


その言葉は、思っていたより簡単に浮かんでしまった。

そして、別の記憶が、やけに鮮明に蘇った。


それとも──


(今日、17時半に練習終わるバスケ部の友達待つ約束になってるので!先輩、気にせず先に帰ってください!)


八月の初め。

図書室の窓が夕焼け色に染まっていた日。

あまりにも自然に陽向から言われたその一言が、今になって俊輔の胸の奥で形を変える。


………彼氏………出来ちゃったのかな。


考えた瞬間、胸の奥が、ぎゅっと掴まれた。

痛い、という感覚より先に、息が浅くなる。

俊輔は思わず拳を握りしめ、爪が掌に食い込む感触で現実に繋ぎとめた。



どうして、こんなに胸が痛いんだろう。



まるで、当たり前にそこにあったものが、音もなく抜き取られたみたいに。

そこにぽっかり大きな空洞が出来て、風が吹くたびに冷えるみたいに。


それが、こんなにも寂しい。


俊輔は、祈るように図書室の入口の扉へ視線を向けた。



それでも昨日、久しぶりに会えたから。



もしかしたら、まるで何事も無かったかのように、弾けるような笑顔と明るい声で、今にも姿を現すかもしれない。




いつもみたいに、僕の心配や、不安や、緊張をよそに。


今までみたいに、そんな僕の意表をついて。




聞きたい事が、沢山あるんだ。


どうして図書室に来なかったの?

大きな病気を抱えていない?

家庭の事情が絡んでる?

何か悩みを抱えているのかな?

僕の事が、嫌いになった?



それとも……好きな人が出来たの?



この日、図書室の扉は、最後まで開かなかった。


俊輔の問いは、静けさの中に置き去りにされたまま、すべてが“日曜日”へと、持ち越されていった。






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