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氷結のシャアリィ  作者: 黒猫テラス運営部
スピンオフ・黒猫の冒険編
610/611

ナッチェはやがて世界を巡る

かつて、シャアリィもアイシャも経験した『無双病』。

己の強さに酔いしれ、他者を軽く見てしまう心の病。

ナッチェにはその兆候が全く見えない。


まるで心が死んでしまっているかのように、淡々と粛々と斥候として、短剣職としての役割をこなし、魔石を積み上げる。

だが、心配には及ばない。

黒曜石の瞳は何時も輝き、カフェテラスでは優雅にお茶を飲めるのだから。


安息日の休憩を挟んで十日間。

ゴブリン、リザードマン、コボルト、オークを狩り続け、ナッチェの目標だった魔石百個が実現した。

桜の季節はいつの間にか過ぎ、薫風が吹く五月になった。

サンルームの扉は衣類を干していない時には解放され、穏やかな風が吹き込んでくる。


「では、術式獲得をするのです」


地上四階の硝子の部屋は聖域。

春本番の暖かな日差しの下で行われる目覚めの儀式。

シャアリィとアイシャは魔石不足に備えて自身の魔石を売らずに持っている。


七十七、七十八、七十九・・・土石属性の魔石を額に当てて、魔力を吸い上げる。

ナッチェの呼吸が乱れ始め、許容臨界が近いことを知る。


「九十六・・・限界です」


スキルツリーの根本に新しい一筋のオレンジ色の光。

宙に差し伸べた掌が握られた時、ナッチェの意識が途絶えた。

シャアリィとアイシャは微笑みを交わし、自室の冷蔵庫から冷えたソーダの瓶を三本用意する。


「なにがでるかな♪」


ナッチェが獲得するのは土石属性術式、或いは種族固有スキル。


・・・


目覚めたナッチェが明かした新しい術式は地味だが、その応用性は広いもの。


『クロックコントロール』


気配遮断と同じ系統の代謝操作のスキルだ。

身体に負担は掛かるが、その作用は飛び抜けている。

クロックアップならば、移動の加速だけでなく攻撃速度も反射速度も向上する。

勿論、代謝速度を強制的に上げるのだから、心肺機能、循環機能に負荷が掛かる。

逆にクロックダウンならば、短時間での回復、隠密性の向上、但し戦闘力は極端に下がる。


惜しいのは、一撃必殺という能力は得られないこと。

シャアリィが防御専用スキルを取得出来ないように、これも因果というものだろう。


ナッチェはとても満足した笑顔で、


「黒猫は何処までいっても、やはり猫なのです」


と、無邪気に笑う。

冷たいソーダが喉に沁みたのか、少しばかり涙目で。


「では、次の課題をクリアするとしましょう」

「お金を稼ぐアルバイトをするのです」


ナッチェの発言にアイシャが驚く。


「クエストのほうが稼げるじゃないか?」

「遠回りになるけれどいいのか?」


ナッチェは自分の選択は間違っていないという穏やかな声で、


「私は冒険者でなく、ぱてぃしえーるになるのです」

「必要にして十分な力は、もう、この身体にあるのです」

「もう、誰も傷つける必要もなければ、私自身も心を痛める理由がありません」


それはナッチェにとっての決め事。

黒猫は黒猫らしく。

今は帰る場所がなくとも、自分はもう野良猫ではないという自覚。


音のないステップで、優雅にくるりと三回転。

ふわりと持ち上がるスカートの裾が、なんとも愛らしくナッチェらしい。


「英雄殿、まだ暫くご厄介になっても良いですか?」


シャアリィとアイシャは揃って、


「「当然」」


と、答える。


旅立ちの日はまだ遠い。

それでもナッチェは少しづつ前に進む。

資金を貯めて、情報を集め、自分が最初に向かうべき街を見定める。


ナッチェの夢は止まらない。




氷結のシャアリィ

黒猫の冒険編 終幕 ―――


黒猫ナッチェの冒険物語はこれにて終幕。

世の中の世知辛さに心を痛める誰かの一服の清涼剤になれば幸いです。

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